第72話 紡績の町エスタガーダ
翌日の午後、隊商は何の問題もなくエスタガーダに辿り着いた。
道中に魔物の群れ出くわすこともあったが、馬車十数台が並び50人を超える集団に襲い掛かって来るほど魔物も馬鹿じゃない。遠目に隊商を見ると一目散に逃げだしていった。
それでもグリーンウルフやマッドヴァイパーといった好戦的な魔物が襲い掛かって来ることもあったが、支える籠手の面々が危なげなく対処していた。
彼らは盾役と攻撃役で3人組を組んで隊商の周りを巡回している。盾役には剣士か拳士のどちらか一人、攻撃役として槍士・狩人・魔法使いのいずれか二人をバランスよく組み合わせていた。
グリーンウルフが6匹も襲い掛かってきたときには手伝おうかと思ったのだが、一人の剣闘士がひきつけているうちに、あっという間に二組のパーティが集まって来て魔法やら弓矢やらで敵の足を止め、取り囲んでから一気に殲滅してしまった。
常に数的有利を維持する連携の取れた戦い方は素晴らしいの一言だった。さすがは毎年のようにマルコさんの隊商の護衛を引き受けているだけはある。ウェイクリング領の領兵以上に統率の取れた戦闘集団って感じだった。
「ようやくエスタガーダに到着しましたわね」
馬車の横で歩いて警戒にあたっていた俺とアスカに、クレアが御者台に座って声をかけてきた。クレアは何度もこの町に来たことがあるみたいだ。俺も幼いころに父に連れられてこの町に来たことがあったのだが、その時には馬車と宿の中にいただけだったので風景にほとんど見覚えが無い。
町の造りはオークヴィルと似たようなものだ。街道に繋がった目抜き通りが西から東に向かって町を横断していて、その中央には広場と公共井戸の小屋がある。家屋はほぼ木造の平屋で、石造りの建物はほとんど見当たらない。
広場の周りには冒険者ギルドに商人ギルドの建物や宿屋や酒場などがあり、目抜き通り沿いには青果物店や道具屋、薬屋などの様々な商店が連なっているのもオークヴィルと似ている。まあ内陸の町はだいたい似たような形になるものなのかもしれない。
「無事に着けて良かったな。確か、エスタガーダは絹織物の生産地だったか……」
「絹織物の生産も少しは行われていますが、生糸の生産がメインですね。街中に工場があり生糸の生産を行っていますわ。エスタガーダで仕入れた生糸を、チェスターの職人街で絹に織り上げて王都で販売しているのです。アリンガム商会の扱う絹織物は品質が高いと王都でも人気なのですよ」
「シルク!! ねえねえ、クレアちゃん! エスタガーダでシルクの服って売ってるのかな? 見てみたい!」
絹織物と聞いてアスカが食いついてきた。アスカは服が好きだからなぁ。また爆買いしないか心配だ。路銀は白金貨1枚とちょっとあるし、道中の費用は全てアリンガム商会持ちだから余裕はあるんだけど、できれば無駄遣いは避けたいところだ。
「そんな高価な物を買えるわけないだろ。服はこないだ買い揃えたばっかりじゃないか」
「えー? だってシルクよシルク!? 服じゃなくてもスカーフとか帽子とかでも良いから!」
「だめだめ。無駄遣いは厳禁。旅の安全のためにアクセサリーとかなら良いけどさ」
「むー。アルのケチ!」
「どちらにしてもこの町では絹織物の製品は買えませんよ、アスカさん。それにそもそもアスカさんは絹織物の服など着られないではありませんか」
「え、なんで??」
そう言うとクレアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かに気づいたよう頷いた。
「そう言えばアスカさんは、この国の方ではなかったのでしたわね。セントルイス王国では絹織物で作った衣服を着られるのは、王族と貴族に限られます。一部の富裕層は着用を黙認されることもありますが、基本的に平民の着用は禁じられています」
「ええ……そんなホーリツがあるの? ウソでしょ!?」
「本当ですわ。他には真紅の染め物は王族にのみ許された高貴な色とされていますので、同様に禁じられています。後は……一部のイタチと狐の毛皮も貴族以外には禁じられていますね」
「まじですかー。憧れのシルクの服を着れると思ったのに……。あれ? でもクレアちゃんの服ってシルクじゃないの??」
クレアが着ているのは身体のラインがわかるぴったりとした丈の長いワンピース。その上に、ゆったりとしたローブを羽織り、つばの広い帽子をかぶっている。アスカに言われて初めて気が付いたが、この光沢のある柔らかそうな生地はたぶん絹だろう。
「わ、わたしは、准男爵である父バイロンの娘ですので、絹製品の着用は黙認されているのです。それに、アリンガム商会は王都でも指折りの商会ですので貴族の方々とも折衝することが度々あります。方々に失礼があってはいけませんので、きちんとした身なりを心がけているのですわ」
「あ、そっか。クレアちゃんはギルバードの婚約者だもんね。それなら貴族として、絹製の服ぐらい身に着けないとねー」
「うぐっ……」
そう言ってアスカはにやりと笑って、首を傾げる。クレアはなんだか悔しそうな顔をした。
「そ、そうなのですわ。私はウェイクリング家の跡継ぎの婚約者ですので、見合った衣服を身に着けることも求められますの。そうだわ、アル兄さまの衣服も揃えなければなりませんね。王都に着きましたら、絹製の礼服をあつらえましょう。今の冒険者としての装いもとってもお似合いですが、王族の方々にお会いするのに失礼があってはいけませんから」
「ええ? 平民の俺が陛下にお会いすることなんてあるわけないだろ? まさか、このあいだ言ってたのは本気だったのか?」
「そんなぁ……アル兄さま……」
クレアは悲しそうな顔をしたが、こればっかりは仕方がない。陛下に謁見することが出来るのは領地持ちの貴族か大商会を経営する一部の貴族に限られる。稀に高位の冒険者は王族に謁見する栄誉に与ることもあると聞くが、俺はたかがDランクの冒険者だからな。ウェイクリング家とも袂を分かったわけだから、貴族としてお会いすることも無いし。
ちなみに冒険者ランクは先日の魔人族の襲撃の時にEランクからDランクに上がっている。Dランクの魔物であるレッドキャップの魔石を大量に持ち込んだ事と魔人族の討伐に貢献したことが評価されたようだ。Dランクともなれば一人前の冒険者として認められるランクだ。冒険者になって一月程度しかたっていないのでまだまだ早い気もするが、一人前と目されるのは素直にうれしくもある。
「あ、でもアクセならいいのね?DEFとMNDも上げときたいから、ピンクオパールとラピスラズリのアクセを買っておきたかったの。いい?」
アスカもさすがに絹製品は諦めて、ターゲットをアクセサリーに変えたみたいだ。
「まあ、それなら。オニキスとマラカイトのアクセサリーの効果はよくわかってるからな」
「やったー!! じゃあ後で魔道具屋に行こうね!」
「ああ、ジオドリックさんと護衛を交代したらな」
アリンガム商会の使用人ジオドリックさんは、商会関係者がチェスターから出る際には護衛も務めているらしい。なんと元Bランクの冒険者なのだそうだ。今回の旅ではクレアの専属護衛兼使用人として同行し、俺と交代しながら護衛にあたることになっている。今は馬車の中で休憩中だ。
「お、お買い物をされるのですか? なら、私もご一緒させてください! 商人として目利きも得意ですから、お役に立てると思いますわ!」
「ああ、それなら一緒に行こうか。宿について身支度を整えたら、行こう」
「チッ…」
うん?? アスカいま舌打ちした? そんなにクレアと一緒が嫌だったのか?
なんか今も睨み合ってるし……。うーん、仲良く出来ないものかな、この二人……。
ご覧いただきありがとうございます。




