第71話 カスケード・ルート
「【着火】!」
移動すること丸一日。今日の野営地に着き、俺はまず焚火の準備に取り掛かった。魔物は本能的に火を恐れるから、暗くなる前に火を焚くことで少しでも安全を確保するためだ。
俺は林から集めてきた枯葉と小枝に、生活魔法で指先から種火をだして火をつける。勢いよく燃え出した枯葉の火はやがて小枝に、そして小枝の上に積み重ねていた太い枯れ枝へと移っていく。
「アルー! たくさん枯れ枝を集めて来たよー!」
「アルフレッド様、お待たせしました。」
枯れ枝を集めてきたアスカとクレアの使用人のジオドリックさんが森から出て来た。アスカはたくさんの枯れ枝を両手え抱え、ジオドリックさんはホーンラビットを肩に担いでいる。
「ありがとう、アスカ、ジオドリックさん」
「どいたまー」
「アルフレッド様、兎を仕留めました。食事の足しにいたしましょう」
「良いですね、ありがとうございます。あ、アスカ、その枝はこっちに置いて。乾かしちゃうから」
「乾かす?」
「ああ、そうだよ。【乾燥】!」
俺はアスカが持ってきた枯れ枝を受け取り、乾いた温風を当てて乾かしていく。ジオドリックさんはその横でホーンラビットを木の枝から吊るして手際良く解体していった。
「枯れ枝は乾燥させないと燃えにくいんだよ。この枝はちょっと湿ってるから乾かしておかないと」
「あーそういえばホームセンターに売ってる薪はからっからに乾いてた気がする!」
「ホーム……? ええと、湿ってても燃えることは燃えるんだけど、煙がたくさん出ちゃうんだ」
「ふーん。なんかキャンプファイアーみたいで楽しいねー」
森番だったころは魔力が足りなくてそう何度も生活魔法なんて使えなかったから、薪作りはかなり大変な作業だった。切り倒した木を手ごろな大きさに切り分けて、さらに1年以上かけて乾燥させてようやく出来上がるのだ。魔力が10倍以上に膨れ上がったおかげで、そんな苦労はしなくても簡単に薪を用意する事が出来るようになった。
「アルフレッド様、今晩は兎肉のローストにいたしましょう。そちらの竈を使用してよろしいですか?」
「ええ、もちろん。お手伝いします」
焚火の周りには風よけのためにレンガを積んで、即席の竈のようにしてある。本当は森番小屋から持ってきた薪ストーブをアスカのアイテムボックスから取り出せば調理も簡単なんだけど、さすがにあんな大物を収納できる魔法袋はそう無いだろうから取り出すのは自重した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「このまま街道を行くと明日の昼にはエスタガーダの町に着く。エスタガーダで一泊して、翌日にはウルグラン山脈に向けて出発する予定だ。山越えは北と南のルートがあるんだが、今回は北のカスケード山を超えるルートを回る」
「カスケードルート!? 南に比べて険しい山道ですし、カスケード山には盗賊も巣食うといいますぞ? 例年通り南のパックウッド山を通るルートの方が安全では?」
夕食をとった後に、俺たちは隊商の天幕で今後の予定を話すことになった。傭兵団「支える籠手」団長のサラディンさんが、ここに来てルート変更を提案したため隊商のリーダーのマルコさんが慌てている。
「そうしたいところだが今年はオークヴィルとチェスターで時間を取りすぎたから急がねばならん。多少の危険はあるがカスケードルートなら二週間は日程を短縮できる」
「そうは言っても……契約期間の事なら心配いりませんよ? チェスターではいい商売が出来ましたし、追加で日当をお支払いしますから」
「それはありがたいが、冬が来る前にはクレイトンに着きたいからな。なに、心配あるまい。今回は紅の騎士アルフレッドも同行しているんだ。魔物や盗賊など恐れるに足らんさ」
「そ、そうですな! あの魔人族を討伐したアルフレッド殿がいれば、めったな事では心配ありませんな」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! そんな期待をされても困ります。何度も言ってますが魔人族は背後から不意打ちして毒殺しただけなんですよ?」
まいったな。紅の騎士とかいう余計な二つ名が独り歩きしてるみたいだ。実態は駆け出しの冒険者だっていうのに。
「謙遜するな。100体ものレッドキャップを殲滅したそうじゃないか。それに貴族街をあれだけ破壊した魔人族を倒したんだ。隙をついて不意打ちできるだけ大したもんさ」
「ウルグラン山脈、特にカスケード山の魔物は手強いものも多いと聞きますが、アルフレッド様がいれば問題は無さそうですな!」
「まいったな……責任はとれませんよ? それに、私はあくまでもアリンガム商会の護衛なのですから……」
「有事に協力さえしてくれればかまわんさ」
「ええ! 頼りにしていますぞ、紅の騎士殿!」
ああ……なし崩し的により危険なルートになっちゃったな……。何事も無いといいんだけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……というわけでカスケード山を超えるルートで王都を目指すそうだ」
「ちょうどいいね! カスケード山は魔物のレベルがアルより高いから、加護のレベル上げ出来るよ!」
ふーん。カスケード山の魔物は手強いとは聞いたけど、今の俺よりもレベルが高いのか。だとしたらスキルレベルを上げやすいかもしれないけど……。
「でも、今レベル上げをしているスキルは【挑発】だぞ? 道中で【挑発】なんて使ったら、隊商を危険に晒してしまうんじゃないか?」
「んー、だったら、支える籠手が戦ってる魔物にだけ使う事にしたら? アルが【挑発】で引き付けたら、支える籠手の人たちも戦いやすくなるんじゃない?」
なるほど。確かにそれなら無暗に周囲の魔物を引き付けるってことにはならないし、支える籠手が戦っている相手を引き付けてサポートすることにもなるだろう。それに【挑発】をあてて引き付けた後は、守りに専念して攻撃に加わらなければいい。そうすれば俺に魔素が入ることもない。
魔物を倒した時の魔素は、魔物にトドメを刺した人に最も多く宿り、残りはその人のパーティメンバーと魔物にダメージを与えた人で分配される。俺は支える籠手のパーティメンバーじゃないから、攻撃さえしなければ魔素が俺に入ることは無いだろう。
「うん……それなら【挑発】を使っても隊商に迷惑をかける事も無いし、支える籠手のサポートも出来る。そのうえ魔物相手にスキルのレベル上げが出来るのに、無暗に魔素を得てレベルが上がる事も無い」
「あたしたちにとっても隊商の人たちにとってもプラスになる作戦……我ながら天才か!!」
「……天才かどうかは知らんが、良いアイデアではあるな。」
「いえーい!」
アスカが手を上げてきたので、応じてハイタッチする。
「じゃあ、カスケード山辺りに着くまでは隊商の護衛は支える籠手に任せて、俺たちはアリンガム商会に危害が及ばない限りは魔物が襲ってきても戦いには参加しないってことで」
「そうしよーう」
報告が終わるとアスカはタライを出していつもの如く体を拭くお湯を要求してきた。相変わらずの綺麗好きだ。俺は【静水】で少し熱めのお湯をドボドボとタライに注ぎ込んだ。アスカは俺に背を向けて服を脱ぎ、体を拭こうとした……ところで闖入者が現れた。
「ちょっと待ちなさーい!!! 何をしてらっしゃるんですか、アスカさん!!」
「ど、どうしたのよ、クレアちゃん、急に」
「どうしたのじゃありませんわ! なんでアル兄さまのテントで服を脱ごうとしてるんですか!?」
「なんでって……体を拭こうとしてたんだけど……」
「えっ……」
アリンガム商会から借りたテントに突然現れたのはクレア。大声を出しながら闖入してきたのだが、アスカの素の反応にキョトンとし、直後に急速に顔を赤らめた。
「と、とにかく、そんなこと殿方のいる場所でレディがする事ではありませんわ! アスカさん、いらっしゃい! 特別に馬車を使っていいですわ!!」
「えー? ここでいいよー? あたし淑女じゃないし……」
「いけません! 未婚の女性がアル兄さまと密室で過ごすなんて! アル兄さまにあらぬ噂が流れてしまいますわ!」
「今さらなんだけどー。もう1か月以上も同じ部屋で寝泊まりしてるんですけどー?」
「ふ、ふ、不潔です! アスカさん! アスカさんはレディなんですから! 決めました、アスカさんにはこれから馬車で寝泊まりしていただきます! ほら、行きますよ、アスカさん!」
「ちょっ、ちょっとーテントでいいんだけどー?」
「ダメです!!!」
そしてアスカは引きずられるように馬車に連行されて行った。
……うーん。クレアってあんなキャラだったっけ???
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