第67話 憎悪
何も答えないうちに背を向けて歩き出すギルバード。瓦礫が集められた元噴水広場を通り過ぎ、振り返りもせずに屋敷に入っていくのを俺たちは慌てて追いかけた。
屋敷に入るとギルバードは建物の中には入らずに、馬小屋や倉庫などがある裏庭の方に進んでいく。『少し待て』と言い残して倉庫に入ると、二本の剣を持って戻ってきた。
「アルフレッド。俺と勝負をしろ」
この裏庭は幼い頃から訓練をする時に使っていた場所だったので、何のためにここに連れてきたのかはわかっていたが……。
「何のために?」
屋敷での謁見の時も、先ほどのアリンガム商会での面会の際も、ギルバードは顔を硬く強張らせ終始うつむいていた。ここ数年の威風堂々とした、自信に満ち溢れた騎士ギルバードの姿は微塵も無かった。
「……問答は必要ない。黙って剣を取れ、冒険者アルフレッド」
そう言ってギルバードは二本の剣を地面に突き刺して、一歩下がった。一冒険者なら騎士の指示に従って剣を取れということか……?
「わかった」
何を言っても意味が無さそうだ。今のギルバードは混乱し、焦燥に身を駆られている様に見える。のんびり話が出来る状態じゃ無さそうだ。
俺は刃引きされた剣を取り、火喰いの盾をアスカから受け取る。緩めていた革鎧のベルトを締め直して向き直ると、ギルバードは既に身構えていた。魔人族と戦った時と同じく白銀の鎧に身を包み、白銀の盾を前に突き出した重厚な構えだ。
「行くぞ……」
その言葉とともに突進してくるギルバード。振り下ろされた剣は真っすぐに俺の首を狙う。俺は盾で弾きつつ剣を突き出す。こちらもギルバードの盾に弾かれた。
ギルバードは踏み込みや剣先でフェイントを重ねながら、的確に急所を狙って剣を振るう。俺はその攻撃を盾や剣で弾き、時には受け流しつつカウンターを狙うが、同様にギルバードの盾に阻まれる。互いに有効打は入らないまま、打ち合いがしばらく続いた。
「はあ、はあっ」
先に息が切れて来たのは俺の方だった。今のところはほぼ互角の打ち合いを続けているが、このままの闘い方を続けると俺に勝ち目は無さそうだ。やはり騎士として研鑽を積んでいるギルバードの実力は本物だ。比較するのは申し訳ないが、同じ剣士であるデールだったら数合ももたずに倒されているだろう。
ギルバードは、体力も力も俺を大きく上回っている。剣を受け止める手は痺れ、時には体勢を崩されてしまう。やはり剣士としてはギルバードには敵わない。だけど…
「【鉄壁】! 【盾撃】!」
「くあっ!」
反発した魔力の壁がギルバードを襲う。大きく仰け反った隙を狙い、俺は横薙ぎに剣を振るった。
ギルバードがぎりぎりで盾を差し込んだので、有効打とはならなったがギルバードは勢いを殺しきれずに地面を転がる。
「くそっ」
ギルバードは即座に立ち上がり、再び剣を構える。その顔には屈辱と憤怒がありありと浮かんでいる。
剣士としては、俺はギルバードには敵わないだろう。剣や盾の技術についてはさほど差は無いように思えるが、体力も力も俺はギルバードに劣っている。
だが、魔力と速さについては俺が大幅に上回っている。スキルの熟練度も俺の方が上だろう。
スキルも込みで加護持ちの戦闘職として戦った場合、俺の方がはるかに有利だ。俺のスキルはギルバードよりも効果が高く、消費魔力も少ない。魔力自体も俺の方がかなり高いため、スキルの打ち合いになった場合、先に魔力切れを起こしてスキルを発動できなくなるのはギルバードの方だ。
さらに致命的なのは速さの差だ。どっしりと身構えられると速さの優位性は活きにくいが、先ほどのように隙が出来た時には速攻で勝負を決めてしまえる。
「アルフレッドッ! 貴様、何のつもりだ!」
そりゃあ、ギルバードも気付くよな。さっき地面を転がってしまった時に俺が追撃をかけていたら、既に勝負が決まっていたことに。
「……この勝負の決着をつけることに何の意味があるんだ?」
魔人族との戦いで後れを取ったこと。伯爵家の跡取りとしての立場を追われかけたこと。
おそらく、それがギルバードが勝負を望む理由だろう。だが、ここで剣の優劣をつけたからと言って何の意味があるっていうんだ。
例え俺に勝ったとしても、満たされるのは剣で勝ったという小さな自尊心だけだ。何の解決にもならないだろう?
「うるさい! 黙れっ!!」
ギルバードが再び剣を振るう。俺は【鉄壁】を発動しつつ、その攻撃を封殺する。
数合、ギルバードに好きに打たせた後に、【盾撃】を発動してギルバードを弾き飛ばす。踏ん張りきれずにギルバードは再び地面をゴロゴロと転がった。
「はぁっはあっ……」
立ち上がったギルバードの目に宿るのは、屈辱や憤怒といった生易しい感情では無かった。それは、憎悪と言ってもいいほどの昏い感情に見える。
「…………」
ギルバードとは昔から仲の良い兄弟とは言えない間柄だった。異母兄弟も含めれば、あと3人の弟や妹がいるのだが、彼らとはそれなりに友好的な関係を築けていた。
だが、同腹の兄弟であるギルバードとは昔から良好な関係を築けず、避けられていた様に思う。むしろ森番となった後の方が、言葉を交わす機会が多かったように思うぐらいだ。
だが……これほどまでに昏い感情を向けられるほどの関係だっただろうか……。
「ぅおおおおおっ!!」
ギルバードの剣に強い魔力が集まっていく。これは…【騎士】のスキルか。ギルバードは最大の一撃を放ち、勝負を決めるつもりのようだ。
「…………ふぅっ!!」
それなら真っ向から受け止めて勝負を終わらせよう。
「おぉぉぉぉっ!! くらえっ! 【剛・魔力撃】!!」
「【大鉄壁】!!!」
ガアァンッ!!
強力な魔力が込められて発光するギルバードの剣を、同じく多大な魔力を注ぎ込んだ【鉄壁】で受け止める。
よほど自信があった一撃だったのだろう。ギルバードの表情に驚きが浮かぶ。
俺は即座に、あらん限りの力と殺気を込めて右薙ぎに剣を振るう…………フェイントをかけた。
「……はっ!?」
「……終わりだ、ギルバード」
とっさに盾を滑り込ませたギルバードに、構えた盾の反対側から首筋に剣をピタリと当てる。
刃引きした剣はギルバードの肌を裂くことは無いが、それでもこのまま突き刺せば首の骨を折ってしまうことも容易いだろう。
「……何を、した……」
「……さあな」
俺が発動したのは【潜入】。強い殺気を込めた剣を囮に、全ての気配を断ってそっと突き出された剣にギルバードは反応することすら出来なかった。




