第66話 ウェイクリング家
それから俺たちは二日間かけて、始まりの森で薬草や魔茸の採集、食用に出来る魔獣肉の収集に勤しんだ。
薬草類はオークヴィルの牧草地やシエラ樹海に比べると採集ポイントが少ないため効率が悪かったが、それでも50個近くは下級回復薬を備蓄をする事ができた。
猪型魔獣のマッドボアや兎型魔獣のホーンラビット、鹿型魔獣のワイルドスタッグなどの食用肉は数体ずつ確保できた。パンや麦などは少ししか残ってないのでやや不安は残るが、食事はアリンガム商会側で用意してくれるそうなので飢える事は無いだろう。
「ごめんねー、食料も薬草も使い込んじゃって……」
「ん……まぁ、しょうがないさ。スラムの人たちも困ってたみたいだしな。それに依頼のおかげで食事の心配は無さそうだし。」
「うん! ちょうど良かったよね! 食材の確保も野営の準備も出来なくて、チェスターから動くに動けなかったもんねー」
「ああ。まさに渡りに船の依頼だったな」
俺たちは約束通りの正午に再びアリンガム商会に向かう。二日前までは瓦礫の撤去のために冒険者タグを見せれば城門を通してくれたが、撤去作業がほぼ済んだため通行が制限されるようになったみたいで、冒険者ギルド発行の依頼票を見せて城門をくぐり貴族街に入った。
通りのあちこちで職人たちが建物の補修を行い、そこかしこで釘を打つ小気味いい音が鳴り響いている。目抜き通りの終着点の魔人族との死闘を繰り広げた元噴水広場には、貴族街全体から集められた瓦礫が山のように積み重なっていた。だが瓦礫が一か所に集まったことで、貴族街全体はすっきりと片付いた印象を受ける。
「少しずつだけど貴族街の復興も進んでいるみたいだな」
「うん。早く元どおりになるといいね」
アリンガム商会の店に入ると、メイド服を着た女性が応接室に通してくれた。隊商と傭兵団のリーダーはすでに到着しているとのことだ。
「アルフレッド様が到着されました」
「通してくれ」
メイドさんがドアをノックすると商会長の声が聞こえた。約束の時間前ではあるが、どうやら顔合わせするメンバーはもう揃っているみたいだ。
「失礼します。お待たせしまし……た……」
応接室に入るとそこには思いがけない人達が待っていた。
「アルフレッド。待っていたぞ」
「父上……母様も……」
そこにいたのは父アイザック・ウェイクリング伯爵と母ダイアナ・ウェイクリング伯爵夫人、そしてギルバード、クレアと商会長だった。顔を合わせた瞬間、母が足をもつれさせながら駆け寄って来て、俺をきつく抱きしめた。
「アルフレッド……!」
母は大粒の涙をポロポロと流し、俺の胸に顔をうずめる。
「母様……」
「あぁ、アルフレッド。貴方を見放した私を……まだ母と呼んでくれるのですね。私達を恨んでいるでしょう……? ごめんなさい……アルフレッド……!」
「そんな……母様。恨んでなどおりません……。またこうして、お会いできて……嬉しいです……」
「ああ、アルフレッド!!」
滂沱の涙を流し、泣き崩れる母。俺はしばらくの間、母を抱きしめて背中をさすり続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
母が落ち着きを取り戻すのを待ち、俺たちはソファに腰掛けた。応接室には1人がけのソファが追加されていて、3人がけのソファ2つとともにソファテーブルを囲むように配置されていた。
上座に置かれた1人がけのソファに父が座り、向かい合った3人がけのソファの片方には母とギルバード、クレアが座り、もう片方には商会長、俺、アスカの順で腰掛ける。
父達は初対面のアスカに、それぞれがあらためて自己紹介をしてくれた。アスカはさすがに緊張したようで、上ずった声で挨拶を返している。
「公式の場ではなく、腰を落ち着けてアルフレッドとアスカ殿と話をしたくてな。バイロンに頼んで、隊商との顔合わせの前に割り込ませてもらったのだ」
「私はアルフレッドと一言も言葉を交わせませんでしたから……。ごめんなさいね、アルフレッド、アスカさん」
「そんな! 頭を上げてください!」
「父上、母様。私もチェスターを離れる前にお話が出来てよかったです」
俺の言葉に、父と母は顔を曇らせる。
「……バイロンから話は聞いた。王都で用を済ませた後は、折り返してチェスターに戻る隊商とともに戻って来させるようにとバイロンには頼んでいたのだが……」
「そういう事だったのですか」
なるほど。俺たちの当面の目的地である王都までの護衛任務なんて、随分とタイミングのいい依頼だと思ってはいたが……。クレアの護衛が必要なことは事実なのだろうが、俺たちが指名されたのは安全に旅が出来るようにと父が手を回していたからだったみたいだ。いくら顔見知りとは言え、低ランクの冒険者に貴族が護衛を依頼することなんて普通は無いだろうからな。
「……アルフレッド。アスカさんと一緒にアストゥリア帝国に向かうと聞きました。もしかしたら、その後は魔法都市エウレカに永住するかもしれないと……」
「本当にウェイクリング家に戻ってくるつもりはないのか?」
「……ええ。最低でもアスカを故郷に送り届けるまではチェスターに戻ることはありません。それに……先日もお話ししたように、ウェイクリング家に戻ることも……ありません。」
そう言うと、父と母は落胆に顔をゆがませた。反面、ギルバードはどこかホッとしたような表情を見せている。俺がウェイクリング家に戻ってくるとしたら、跡継ぎの座から追われるわけだから、ギルバードの立場からすると思うところもあるだろう。
「そうですか……。やはり私たちのことを……」
「母様、そんなことは決してありません。神龍ルクス様に与えられた加護に従い、生を全うすることは人の務めです。私に【森番】の加護が授けられた以上、ウェイクリング家から離れなくてはならなかったのは、当然の事でしょう」
この世界の生きとし生ける者は神に求めらた【加護】を全うすることが求められている。領主の長子であるからと言って、いや領主の長子だからこそ、そこから逃れるわけにはいかないのだから。
「私はウェイクリング家と袂を分かった、一平民のアルフレッドとして、与えられた新たな【加護】で果たすべきことを探してまいります」
神に求めらた【加護】は、彼女を故郷に送り届けること。今この場で父や母に本当の事情を話す事が出来ないのは心苦しいが、【加護】を果たした暁にはきっと事情を話せる時が来るだろう。
「……そうですか。やはり決意は固いのですね……」
「新たな加護が与えられるという奇跡が起きているのだからな……。その運命を見極める必要はあるだろうな……」
そう言って父は深いため息をついた。だが父も母も踏ん切りがついたようで、幾分かすっきりとした表情になった。
「……いつかきっと、チェスターに帰ってくるのですよ? アルフレッド」
「アスカ殿を送り届けた後に、彼の地で暮らすことを決めているわけではないのだろう? ウェイクリング領はいつでもアスカ殿とお前を歓迎しよう。……いつでも戻って来い、アルフレッド」
「はい……ありがとうございます。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、バイロン商会長に隊商のリーダーであるマルコさんと、傭兵団の団長サラディンさんを紹介された。二人ともどこか見覚えがあると思ったら、魔人族の騒ぎの後にオークヴィルに行った時に商人ギルドで顔を合わせていたらしい。
「アルフレッド殿もお人が悪い。あの時は魔人族を倒した張本人とは、一言も仰らなかったではないですか」
「お前が街中で噂になっている紅の騎士か。アリンガム商会の専属護衛とは聞いているが、何かあった時には協力を求めることになるだろう。頼りにしているぞ」
「ええ、こちらこそ。お世話になります」
聞いていた通り隊商全体の護衛や夜間の見張りなどには参加しなくていいそうだ。俺たちはクレアやアリンガム商会の護衛に専念し、万が一、盗賊団や魔獣の群れなどに襲われた際には遊撃として撃退に協力すればいいとのこと。俺たちは旅のルートと護衛の連携について確認し、顔合わせは終了した。
翌日の早朝に隊商は出発するとのことで、夜明け前にアリンガム商会前に来ることになる。寝坊することが無いように、俺たちは早めに宿に戻ることにした。
そしてアリンガム商会を出て城門に向かう途中、俺はふいに白銀の鎧を着た男に声をかけられた。
「アルフレッド。少し、付き合え」
そう声をかけてきたのは、先ほどはほとんど言葉を口にしなかったギルバードだった。
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