第60話 アルフレッド
「……というわけです。何が起こったのかは、私にもわかりません」
説明を求められた俺は、以前にオークヴィル代官のレスリー先生に話した通りの説明をした。ある日、転移陣に行ったら真っ白な光に包まれ、気付いたら【剣闘士】の加護を授かっていたのだと。
当然のことだがアスカの事は触れていない。【盗賊】を修得している事もだ。
「信じられん……。そんな事が起こりうるのか?」
「聞いたことは無いが……稀に上位の加護に昇格を果たす者もいる。これもその一例なのではないか?」
「しかし……【森番】が昇格を果たした前例など聞いたことも無い」
「だがそれ以外に考えられまい。アルフレッド殿の戦いぶりは、それ以外には説明できん」
大広間に集まった人たちが口々に推論を述べる。神に与えられた加護が変わるという、常識外れな事態を簡単には受け入れられないようだ。
それはそうだろう。俺だって自分の加護が変わるなんてことを想像すらしたことが無かったのだ。【森番】から【盗賊】へ、【盗賊】から【剣闘士】へと2回も加護が変わったので、さすがにもう慣れたが。
「……アルフレッド。おそらく其方が【剣闘士】の加護を与えられたのは、この度の魔人族の襲撃からこの地を守れという神の思し召しであろう。そう思わんか、司教殿?」
「ええ。そうに違いありません。神龍ルクス様のご慈悲により、この地は救われたのです!」
父と司教は都合よく捉えてくれたようだ。俺の加護が変わったのは、神の思し召しか……。その神は神龍ルクスではなく、俺の隣にいるアスカなんだけど。
「さて、アルフレッド。なぜ其方に戦いの力が備わっているかは、よくわかった。次は此度の戦の報酬についてだ」
父の言葉に騒ついていた大広間ご静かになる。
「ギルバードの救援、並びに魔人族の討伐、大義であった。報酬として金貨5枚を与えよう」
「ありがとうございます。」
金貨5枚か。下級回復薬1000本分の大金だ。いっぱしの職人の年収の二人分にも相当する。
アスカの手にかかれば2週間もかからずに稼げてしまうのだけど。ああ、でもそんな大量の下級回復薬を買い取ってもらえるとも限らないか。オークヴィルで荒稼ぎ出来たのは、火喰い狼のおかげで下級回復薬が品薄だったからだしな。
「さて、お集まりの諸君。私から皆にアルフレッドに関する報告がある」
父が大広間に集まった街の有力者たちを見回してそう言った。
「報告は2点。1つ目はオークヴィル代官のレスリーからの報告だ。皆もここ数週間、オークヴィルからの交易品が滞っていた事は耳にしているだろう?」
有力者たちは首を縦に振る。父はそれを見て、話を続ける。
「その原因はシエラ樹海にCランクの魔物が出現し、周辺に魔物どもが数多く現れるようになったからだったそうだ。そのCランクの魔物を討伐した者の名が、冒険者アルフレッドだ」
「Cランクの魔物を!?」
「Cランクと言えば単体で村一つを滅ぼすという災害級の魔物ではないか!」
「騎士団の小隊が派遣されるほどの魔物だぞ!」
「レスリー殿! それは間違い無いのか!?」
「はい。アルフレッド様は数名の冒険者を率いて、Cランクの賞金首である火喰い狼の討伐を果たしました。そのおかげでオークヴィルは生産活動を再開することができ、支援物資をいち早くお届けする事が出来ました」
クレアが潤んだ目でこちらを見ていたので、俺は大きく頷いた。クレアは森番となり、苦しんでいた俺をよく知っている。【剣闘士】となれたことを心から喜んでくれているのだろう。俺は本当に良い友人に恵まれたな。
「二つ目の報告は冒険者ギルドからだ。今日、アルフレッドは100個もの魔石を持ち込んだ。その大半は魔人族が使役した魔物、レッドキャップだったそうだ。諸君も聞き及んでいるだろう? 此度の戦で街中を駆け回り魔物を殲滅したという紅の剣士の噂を」
再び、大広間が歓声と驚きの声に包まれた。ちょっと大げさな報告だな……。確かに100個以上の魔石を持ち込んだけど、その4分の1は他の魔物なのに。
「アルフレッドよ。此度の戦で現れたレッドキャップの魔石を冒険者が持ち込んだ場合、買取価格を上乗せするようギルドに指示してある。まだ報酬は受け取っていないのだろう? 期待するといい」
「はい」
「とは言っても、もうその様な端金など気にする必要は無くなるがな」
そう言って父は不敵な笑みを浮かべた。
端金? 今回持ち込んだ魔石の買取価格は最低でも金貨3,4枚にはなるはずだ。討伐報酬が上乗せされるなら、さきほど話のあった、魔人族の討伐とギルバード救出の報酬と同じ程度になるのではないだろうか。合わせれば金貨10枚にも及ぶ大金だ。とても端金と言えるような金額じゃないはずだけど…。
「其方は剣士の加護を得て、チェスターとオークヴィルを救うという多大な戦績をあげた。今や森番となり、ウェイクリング家を去ったアルフレッドはもういない」
言葉を区切って大広間の面々を見回し、再度俺を見つめる。そして大きく息を吸ったのちに、言葉をつづけた。
「ウェイクリング領主アイザック・ウェイクリングの名において宣言する! 今こそ、アルフレッドのウェイクリング家除名を撤回しよう! 我らが伯爵家に長子として戻って来るがよい、アルフレッド! いや、我が息子アルフレッド・ウェイクリングよ!!」
「…………!!!」
三度、大広間に驚きの喚声が巻き起こる。街の有力者たちも、脇に並んでいた使用人たちも諸手を挙げて、手を打ち鳴らしてくれている。
まさかの父の言葉に俺も声が出ない。ギルバードも絶句して、呆然と父の顔を見つめている。母とクレアは目に大粒の涙をたたえて俺を見ていた。
そうか……母も、クレアも喜んでくれているのか……。ふと、右腕を触れられて隣を見ると、アスカが微笑んでいた。
「おめでとう、アル。家に戻れるんだね」
ああ、ありがとう、アスカ。君のおかげで、あの森を抜け出せた。そして、このウェイクリング家の屋敷に戻ることも出来た。もう会う事も無いと思っていた父や母に会うことも出来た。
やがて拍手が収まり、皆の目線が俺に集まった。父の言葉への返答を求められているのだろう。俺は立て膝に跪き、父に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、ウェイクリング伯爵閣下」
頭を上げ、口元を引き締めて伯爵を見上げる。騎士を目指す者として、しっかりと決意を示さないとな。
「ですが、私はウェイクリング家に戻ることは出来ません」
「なっ!」
「なんだとっ!?」
一同が驚愕の声を上げる。俺の横にいる、アスカですらだ。
なんで驚いてるんだよ、アスカ? 何度も言ったじゃないか。アスカをニホンに送り届けるまで、一緒に旅をするって。
「どういう事だ、アルフレッド。なぜ、戻れないと言うのだ……。まさか、5年前にウェイクリング家を除籍したことに遺恨を抱いているとでも言うのか? だが……それは……」
伯爵が呆然とした表情で俺を見て、言葉を詰まらせている。
「それは違います。私は、唐突に与えられた加護の真意を問うべく、王都クレイトンの大聖堂を目指すつもりなのです。新たな加護が与えられた奇跡が、この街を救うためだけとは思えないのです。神の真意を確かめるためにも、その栄誉を受けることは出来ません」
大嘘だ。いや、神をアスカと読み替えればギリギリ嘘ではないかもしれない……。いや、無理があるか。
まぁ、しょうがない。説得性を持たせるためには、こう言っておく他ないだろ。全ては神の思し召し。方便ってやつだ。
「だ、だが、そうだとしても、クレイトンに行った後に戻ってくればいいではないか……」
「いえ……」
俺はゴクリと唾を飲み込む。俺はウェイクリング家の騎士になる事を目指していた過去と、これで決別するんだ。
「私は、とうにウェイクリング家を離れた身です。今は冒険者アルフレッド。ただのアルフレッドです」




