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騎士とJK  作者: ヨウ
第二章 城下町チェスター
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第59話 領主の屋敷

 胴体部分の両側にウェイクリング家の紋章をつけた馬車がチェスターの目抜き通りをゆっくりと進んでいく。貴族街で復興作業に勤しむ人々は馬車を見るなり手を止めて、道の両脇に避けて首を垂れる。火災と破壊の爪痕が残る街並みを俺が冷めた目で眺めていると、アスカが心配そうな顔で話しかけてきた。


「アル、どうしたの? 気分でも悪いの?」


「……なんでもないよ」


 そう答えるとアスカはため息をついて俺の手を握った。


「なーにがなんでもないよ。どっからどう見ても、不機嫌そうな顔してるよ?」


「……不機嫌か。そうかもしれないな。」


 5年もの間、近づくことすらできなかった生まれ育った領主の屋敷。もう会うこともないだろうと思っていた両親。そこに向かっているというのに気分はどんどん曇っていく。


「家に帰るの久しぶりなんでしょ? 家族に会うのが嫌なの?」


「……いや、なんていうか……複雑な気持ちなんだ。」


 当たり前のように饗される豪華な食事。煌びやかな金糸刺繍があしらわれた肌触りの良い絹の衣。ふかふかで清潔な寝具。


 麒麟児だ、神童だと持てはやされ、自分の輝ける未来を疑う事すらなかった日々。神に祝福され、幸福に満ちた今日。当たり前のように続くと思っていた明日。


 だが森番の加護を授かったその日からすべてが変わった。


 食べる事すらままならず、身にまとうのはごわごわとした羊毛や麻布の粗末な服。藁を敷き詰め、麻布をかけただけの簡素なベッド。街に来れば後ろ指をさされて嘲笑され、森に戻れば誰からも忘れ去られる恐怖に怯える。自分の運命に絶望し、ただ無為に過ごした日々。


 全てを諦めて、忘れることでなんとか心の平静を保っていたが、こうして貴族街と生まれ育った屋敷を眺めると、当時の絶望と苦悩がよみがえってくる。チェスターの人々に、ウェイクリング家に、そして父と母に棄てられた(トラウマ)は俺の心に深く刻まれ、未だ血を流し続けていたみたいだ。


「そんなに嫌なら、会わなくてもいいんじゃない?」


「……嫌……か。なんていうか、自分の気持ちがわからないんだ」


 森に追い出された直後はウェイクリング家を恨みもした。父や母はなぜ実の息子をこうも簡単に切り捨てられるのかと。なぜ初めからいなかったかのように扱えるのかと。


 領主である父の選択は致し方なかったのだと、時が経った今なら理解できる。授かった加護に沿わない生き方をする者は落伍者であり、神の恩寵に唾を吐く者。まさか領主である父がそれを放棄し、息子を特別扱いして庇護するわけにはいかないのだから。


 そしてウェイクリング家を守るためには、長子である俺を家に居続けさせることも出来ない。森にこもり家にいる事が出来ない者は、切り捨てるしかなかったのだ。跡継ぎを育て、家を存続させることは当主として最も優先すべき責務なのだから。


 戦いに秀でた加護を授かったのなら兵士や冒険者、傭兵になる。商いに秀でた加護なら商人になるし、生産に秀でた加護なら農家や職人になる。【森番】の加護を授かったのなら森番になるしかないのだ。


「頭ではわかってるんだけどな。しょうがなかったんだって。それでも棄てられた身としては、いい気分になるわけがないよな」


「……だったら行くのやめようよ。嫌な思いをしてまで、会う必要なんてないじゃん」


「……この出頭命令は、領主から冒険者ギルドへの正式な依頼でもあるみたいだしな。指示に従わなければ、冒険者として活動する事が出来なくなるかもしれない。旅をするなら冒険者としての身分や報酬はあった方がいい。行かないわけにはいかないだろ」


「別にいいよ、冒険者なんてしなくてもお金は稼げるし。なんなら、ほかの街に行って冒険者登録をし直してもいいじゃない」


「まあ、それは、そうなんだけどさ。ここから逃げ出すには荒事を避けられないし、領主や貴族の命令に背いて敵対したくないしな」


「確かに……ねえ」


「それに、ギルバードに協力して魔人族を討伐したんだからさ。悪いことをしたわけじゃなくて、むしろ街の防衛にかなり貢献しただろ? 報酬ぐらいもらっとかないとな」


「……うん。わかった」


 アスカは心配そうな顔で俺の目を覗き込みながら、ため息をついて頷いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 馬車を降りた俺たちは屋敷の大広間に通され、ここで待っているようにと告げられた。この大広間は、5年前に俺が【森番】の加護を与えられた場所だ。幾人かの見知った顔の使用人が端に立っている以外は、誰もいない。


 しばらく所在なく広間の真ん中で待っていると、上手にある両開きの扉が開き、続々と人が入ってきた。輝く白銀の鎧をつけた兵士長、見るからに高価そうな衣装に身を包んだ役所の重鎮たち、アリンガム商会の商会長など、チェスターの代表者たちが次々に現れる。レスリー先生の姿もあった。


 皆は二手に分かれ、俺たちを挟むように整列する。ざわめく大広間で俺は現れた人たちの無遠慮な視線にさらされる。まるで思いがけない加護を授かってしまった、あの成人の儀を執り行った日をやり直しているみたいで、気分が悪くなってくる。


「静粛に!」


 扉の傍にいた文官が、大きな声を出す。大広間に集まった人達は一斉に、上手の扉に向かって首を垂れる。もちろん俺とアスカもそれに倣い、深々と頭を下げた。


 そしてギルバードとクレア、最後に領主である父アイザック・ウェイクリングと母が現れた。4人は大広間の奥の一段高いところに立ち、集まった人達を見下ろしている。


「皆、顔を上げてくれ」


 そう言って口を開いたのは父だった。俺は頭を上げて父に目を向ける。5年前に比べると、ずいぶん白髪が多くなった気がする。父もすぐ後ろに立つ母も、まじまじと俺を見つめていた。


「……冒険者アルフレッドよ。我が息子ギルバードを救ってくれたこと、感謝する」


「有難うございます。ギルバード様が無事で何よりでした」


「……うむ」


 久々の父との短いやり取りの後、大広間に沈黙が下りる。少しの間を置き、父が再び口を開いた。


「……其方がギルバードとともに魔人族(ダークエルフ)と戦い、見事に止めを刺したところを見ていた者がおる。相違ないか?」


「……はい。」


 大広間に『おお』とか『むう』などと控えめな感嘆の声が広がる。中には訝しげな眼を向けている者もいる。


「ギルバード。間違いないか?」


「はい。私が魔人族(ダークエルフ)と交戦した際、救援に現れたのが、そこにいるアルフレッドでした」


「そうか……」


 父が大きく首を縦に振る。


「して……アルフレッド。なぜ其方はギルバードをも下した魔人族(ダークエルフ)を倒すことが出来たのだ。其方は【森番】の加護を授かったために、戦う力には恵まれなかったはずだ」


 大広間に集まった人々が一斉に俺の方を向く。ギルバードは苦虫を潰したような顔をして俯いている。


「それは……私が【剣闘士】(グラディエーター)の加護を新たに授かったからです」


 数瞬の沈黙の後、伯爵家の大広間がどよめきに包まれた。皆が『まさか…』『信じられん』などと口々につぶやいている。


「なるほど、レスリーの報告の通りか。……では、アルフレッドよ。司教殿に其方の加護を確かめてもらいたいのだが?」


「……かまいません」


 すると列の中から紫色の法衣に身に纏った司教が姿を現した。そして俺の前に立ち、両手で持った水晶を掲げる。すると、水晶が紅い輝きを放った。


「ま、間違いありません。アルフレッド殿の加護は【剣闘士】(グラディエーター)です!」


 震える司教の声に、大広間が驚嘆の声に包まれた。




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