第58話 紅の剣士
「アリンガム商会はチェスター最大手の豪商で、当主は代々准男爵に叙されている。ウェイクリング家とも昔から深い関係がある家柄なんだ」
「へぇー。クレアちゃんは貴族だったんだねー」
「准男爵は名誉爵位だから、普通ならその親類は貴族とは見なされないんだけどな。クレアはウェイクリング家に嫁ぐ事が決まっているから、便宜上貴族扱いはされてるけどね」
「へぇー。ギルバードと結婚するからってことよね?」
「あぁ、そうだな。第一夫人は家格が見合う貴族から貰い受けるから、クレアは第二夫人になるな」
「えぇー!? 第二夫人!? なにそれ! 一夫多妻ってやつ!?」
「ああ。ギルバードもクレアももう結婚してもおかしくない年齢なんだけど、第一夫人の縁談がなかなか決まらないみたいで、結婚が先伸ばしになってるみたいだな」
結婚がまだ先になりそうだからと、【商人】の加護を持つクレアはアリンガム商会で仕事をしている。近隣の町や村から特産品を買い集めたり、傘下の職人達を取り仕切ったりと精力的に動き回っているらしい。
「そっかぁ。クレアちゃんも大変だねぇ。でもこんな状況だし、テントを手に入れるのは無理なんじゃないかなぁ」
「そうだな……。テントは諦めるか……」
旅慣れないアスカの事を考えると、雨風から身を守り、身体を休める事が出来るテントは手に入れておきたかったんだけどな……。この状況じゃどうにもならない。
「じゃあ、冒険者ギルドに魔石を換金しに行こう。クレアとエドガーには旅に出る前にちゃんと挨拶をしたいから、後でまた来させてくれ」
「はーい」
今日、会えなかったら手紙でもしたためて、明日の朝にはチェスターを出発しよう。この街にいても残念ながら旅の準備は整えられそうに無いし。食料は十分にあるし、なんとかなるだろう。
アスカが大量に食糧を買い付けたから残金はあと少ししかない。レッドキャップの魔石やオークヴィルとの往復で手に入れた魔物の素材がたくさんあるから、売却して当面の資金を用意しておかないとな。
俺たちは門を出て、街の中央を通る目抜き通りの中ほどにある冒険者ギルドに向かう。石造りの堅牢な建物はすぐに見つかった。
建物の中に入ると仕事を終えた多くの冒険者達が受付に並んでいた。ほとんどの冒険者達は手に木の札を持ち、受付で換金をしているようだ。
貴族街の復興作業をこなしてきたのだろう。あの木の札はたぶん報酬との引き換え証かな。そんなことをぼーっと考えていたら、換金を終えた冒険者から声をかけられた。
「ああっ! お前! 紅の剣士じゃねえか!」
「ほんとだっ! 兄ちゃん、こないだは危ない所を助けてくれてありがとうな!」
「そっちの姉ちゃんも回復魔法かけてくれて助かったぜ!」
「ほんとだ紅の剣士だ!!」
「良かった無事だったか! あんたは命の恩人だ!」
「紅の剣士がいるぞ!!!」
俺たちはあっという間に冒険者達に取り囲まれた。彼らは口々に俺たちに礼を言っている。
「紅の剣士? なんだよそれ……?」
俺の事なのか!? なんだよその恥ずかしい名前は……。
「あんたの二つ名だよ! あんたのその紅い盾、燃えるような剣からついたんだ!」
「街中のウワサだぜ!? 街中を駆け回ってレッドキャップを殲滅した、紅いの装備を纏った謎の戦士!」
二つ名!? やめてくれよ……そんな自意識過剰な青少年がつけるような名前……。それにしても、いつの間にそんなウワサが出回ってたんだ……。
「ぷっ……くっ……くく……」
俺の横でアスカが口を両手で抑えて身もだえている。うるさい。俺がつけたんじゃない。
「キャアーッ!! あの人が紅の剣士様なの!?」
「紅の剣士様!! 握手してください!!!」
俺は引き攣った半笑いで求めるがままに握手に応じる。
「おい、あんた! ギルバード様といっしょに魔人族を倒したってホントか!?」
「あ、ああ……。事実だ……」
「おおおお!!!
「すげえぇぇぇ!!」
倒したというか……不意打ちの上に毒殺したんだけど……。レッドキャップを倒して回ったのは事実なんだけどさ。
「すまない、通してくれないか? 素材の売却をしたいんだ」
「どうぞどうぞ!!」
「おーい! 道を開けろ! 紅の剣士が通るぞ!」
集まった冒険者達が一斉に道を開ける。並んでいた人たちも順番を譲ってくれたみたいだ。何人も並んでいたみたいだったのに、申し訳ないな……。
俺は開けてくれた隙間を通って受付に行く。むさ苦しい――少しは女性もいるけど――冒険者達が両側に並んだ花道を通るのはかなり気恥ずかしい。アスカは相変わらず後ろでニヤニヤ笑ってるし。
「アルフレッド様、お待ちしておりました」
受け付けの女性が背筋をピシッと伸ばして、45度ほどの角度に深々と頭を下げる。貴族を前にした時や神前の儀式の時の様な、丁寧な最敬礼だ。
「……そんな畏まった対応はやめてもらえませんか? 俺はただの冒険者ですよ?」
「そんな、とんでもない! ウェイクリング家のご長男様に、ご無礼があってはなりませんので!」
ああ……アリンガム商店に行った時点で予想はついていたが、もう俺の身元がバレ始めているみたいだ。後ろの冒険者達も受付の声が聞こえたのだろう。『領主の息子!?』『ギルバード様の兄上!?』とざわざわし始めている。
「わ、わかりました……。とりあえず、魔物素材を引き取ってもらいたいのですが……」
俺が目を向けると、アスカがようやくニヤニヤ笑いを止めて魔物素材を取り出した。オークヴィルの行き来で手に入れたマッドボアやホーンラビット、ワイルドスタッグの角や牙、毛皮、珍しいところでは、マッドヴァイパーの皮と毒袋付きの牙などを次々と取り出す。最後にどさっと大量の魔石をカウンターに乗せると周囲から歓声が巻き起こる。
「いくつか他の魔物の魔石も混じっていますが、ほとんどが先日の魔物、レッドキャップの魔石です」
「すごい……数ですね……!! これだけの数の魔物をあの夜に?」
俺は受付の女性の問いに頷く。レッドキャップの魔石が77個。その他の魔石が20個以上はある。100個以上の魔石がカウンターに積まれている絵はなかなかに壮観だ。
「……これだけの数ですので鑑定には今しばらくお時間をいただきます。よろしいでしょうか?」
「ええ、かまいません。いつ頃に取りにくればいいですか?」
「その前に、アルフレッド様にお話ししなければならないことがございます」
「え、なんでしょうか…?」
すごく嫌な予感がするな。俺は恐る恐る受付の女性に話の続きを促す。
「騎士ギルバード様を救出した褒賞の件で、領主様の御屋敷に出頭するようにとの命令がアルフレッド様に出ております」
……やっぱりそうなったか。ギルバードを助けた時点でこの展開は避けられないよな……。森番の役目を放棄して旅に出るわけだし、出来ればバレないうちに素通りしたかったんだけど……。
「……わかりました。いつ、伺えば良いでしょうか?」
「実はアルフレッド様が当ギルドにお越しになった時点で、領主様の元に使いの者を出しております。もう少ししたら報せがあるかと……」
ずいぶん手際が良いな……と思ったところで、外から馬の嘶きが聞こえた。扉の方からガチャガチャと音が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。現れたのは二人の領兵だった。
「アルフレッド様、先日は大変失礼いたしました!」
二人の領兵が俺の前に来たかと思うと、握った拳を胸に当て、軽く頭を下げて敬礼をした。ああこの人たちは、ギルバードを連れて行ったときに引き渡した守衛だ。
「領主様より、アルフレッド様をお連れするようにとの指示が出ております! 恐れ入りますが、我々にご同行ください!」
参ったな……たぶん、父やギルバードから呼ばれているのだろう。なんの心の準備も出来てないよ。
「今すぐですか?」
「申し訳ありません! すぐに、とのことです!」
俺は思わず深いため息をついた。アスカを見ると肩をすくめて、こくんと頷いた。
「仕方ないですね……。ご一緒します。」
俺たちは領兵たちに付いてギルドを出て、前に止めてあった馬車に乗り込んだ。




