第56話 だいじな物
「アスカさん、アルフレッドさん、これを受け取ってもらえませんか?」
早めの昼食を食べ終わった後に、ジェシーの母のマーゴが差し出したのは大小様々な工具だった。鉋、金槌、鋸、ノミ、キリ。他にも金床に鋏、金ヤスリ、砥石など。それぞれ形の異なるものが数種類ずつあった。
「これは……鍛冶道具か? よく使い込まれてるな」
長年使い込まれたであろう古びた道具だが、丁寧に手入れされ大事にされていた事がわかる品だ。炉があって鍛冶師がいれば、まだまだ現役で使える物だろう。
「亡くなった夫が愛用していた道具なんです」
「大事な形見じゃないですか! そんなもの貰えないですよ」
「いえ。道具は使ってこそです。残念ながら私たちには使いこなせないのです。私は【調理師】ですし、娘は【盗賊】ですので…」
「アランとリタがいるでしょう。成人して【鍛冶師】の加護を授かることができるかもしれない」
「アランとリタは、亡くなった妹の子供なんです。両親ともに央人でしたから、【鍛冶師】の加護を授かる事はないでしょう」
「……そうだったのですか。ですが、俺だって使いこなせないのは変わらないし……」
アランとリタは、ジェシーの弟と妹だ。【鍛冶師】の加護は土人族の血を引く者にしか与えられない種族限定の加護だ。片親が土人族なら稀に【鍛冶師】になる事もあると聞くが、両親ともに央人族となると確かに可能性は無いだろう。
「アルフレッドさんは剣士でいらっしゃるのでしょう? 武器や防具の整備には、お使いいただけるのではないですか?」
「それは……そうですが……」
火喰い狼素材の武具はかなり耐久性が高そうではあるが、手入れが不要なわけじゃない。使い込めば刃こぼれもするし、切れ味も鈍るだろう。ちゃんとした金ヤスリや砥石なんかがあれば、確かに手入れには困らない。
「いいじゃない。貰っとこうよ。でも、こんなに良い道具をタダで貰うって訳にはいかないわね。だから、代わりに……」
そう言ってアスカは10キロの小麦が入った袋を3つと解体された一匹分のマッドボアの肉、塩の袋を魔法袋(偽)から取り出した。
「これと交換ね!」
「そ、そんな! こんなにたくさんの食糧をいただく訳には……!!」
「それはあたしのセリフよ。ちょろっと魔法を使ったぐらいで、こんな立派な道具をもらえないって」
魔法じゃ無くて回復薬だけどな。まあ、材料は数株の薬草と毒草、魔茸に毒茸に静水だけだ。使い古した物とはいえ、この鍛冶道具の方が価値があるのは確かだろう。
「ですが……アスカさんに治してもらえなければ私は命を落としていたでしょう。そうなれば幼いこの子達は路頭に迷う事になっていたのです……。私たちの命の恩人にせめてものお礼を差し上げたいのに、こんなにたくさんの食糧をいただくわけには……!」
「あたしたちがそれじゃ釣り合いが取れないって言ってるんだから良いじゃない。それにこれを受け取らないと、それこそ路頭に迷っちゃうでしょ? いま、チェスターは食料品の値段がすごく高騰してるの。子供たちを食べさせなきゃいけないんでしょ?」
「食料品が……値上がり……?」
マーゴさんがジェシーに目を向けると、ジェシーはゆっくり頷く。マーゴさんはあの日から寝込んでいたわけだから、今のチェスターの状況を知らなかったのだろう。マーゴさんの表情に戸惑いと躊躇いが浮かぶ。
「マーゴさん、受け取って? あたしたちだって大事な形見の品を貰うんだし、釣り合いの取れる物を受け取ってもらえないと困っちゃう」
アスカがそう言うとマーゴさんは、瞳に大粒の涙をたたえ、何度も何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……ありがとうございます! このご恩は忘れません! ああ、ルクス様! 感謝します! アスカさん達に巡り合わせて下さったおかげで、私たちは生かされました! ありがとうございます!」
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なおも頭を下げ続けるマーゴさんを宥め、俺たちは小屋を辞した。マーゴさんとジェシー姉弟たちは俺たちの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「本来、製薬道具はジェシーのお母さんを助けるサブクエストでゲットできる、だいじな物だったんだ」
アスカの話によるとWOTでの流れはこうだったらしい。
魔人族襲撃の後に、スラムに行くと盗賊に襲われてしまう。盗賊ことジェシーはゴブリンに襲われて傷ついた母親を救うために、不本意ながらスリや窃盗をしていた。母親を救うためには下級回復薬と解毒薬が必要だが、魔人族に襲われた直後のチェスターでは品薄で価格も高騰していたため手に入れられなかった。薬屋に尋ねると薬が名産のオークヴィルに行けば手に入るのではないかと言われる。
ジェシーの代わりにオークヴィルの薬屋に赴くと、チェスターに回復薬を納品したばかりで在庫がないと言われてしまう。材料をたくさん持って来れば、特別に作ってくれるとのこと。牧草地とシエラ樹海で材料を集めて薬屋に持ち込むと薬づくりを手伝うことになる。手伝っていると薬づくりの才能があると言われ、中古の製薬道具を譲り受けることになる。やっとの事で下級回復薬と解毒薬を手に入れ、スラムに戻って盗賊の母親を治療。すると助けた母親はお礼にと鍛冶道具を譲ってくれたのだった。めでたしめでたし。
……長いな!!
「まーRPGのサブクエストなんてだいたいこういうもんよね。めんどいっつーの」
「うん。確かに、めんどいな」
「でも、この世界なら同じ手順じゃなくても製薬道具を手に入れられるかもと思って、オークヴィルで交渉したってわけよー」
「……なるほどね。おかげで【調剤】スキルを手に入れられて、下級回復薬でお金稼ぎも出来たってわけか」
それに、本来なら魔人族との戦いの前に下級回復薬を手に入れることは出来なかったわけだ。そうなると薬草と傷薬ぐらいしか使えなかったはずで、いくらアスカが回復魔法みたいにアイテムを使ったとしても魔人族との戦いに勝利することは難しかったかもしれないな。
「イベントとかストーリーの流れはWOTと同じみたいだけど、まったく同じことが起きるわけじゃないみたい。あたしたちの行動次第で流れは変わるみたいね。」
そう言えば本来なら、チェスター急襲の際に出てくる魔物はレッドキャップではなくゴブリンだったはずだしな。早めに製薬道具を入手できたってのも、本来の流れとは違うわけだし。
でも今回は流れが異なっていたおかげで上手くいったのかもしれない。出てくる魔物がレッドキャップだったおかげでレベルが大幅に上がって、曲がりなりにも魔人族という強敵と渡り合うことも出来た。それに下級回復薬っていう命綱もあったからこそ、なんとか戦えたわけだしな。
「うん、それはあるかもしれないよね。チェスターで魔人族に勝つことなんてWOTでは出来なかったし」
あんなのを勝利とはとても言えないけどな。死んだふりをして不意打ちをした上に卑怯な搦め手を使った、ただの人殺しだし。アスカとともに生き延びてギルバードも救う事が出来たんだから、後味は悪くても良しとするけどさ。
「でねー、今回のサブイベントでこんな事ができるようになったんだよー」
そう言ってアスカは、アイテムボックスから白く輝く金属の塊を取り出した。一辺が6,7センチぐらいの立方体で、アスカから受け取ったところ革水筒と同じくらいの重さだった。1キロぐらいかな?
「……なにこれ?」
「ミスリルインゴットだよ」
「………………ミスリル!?」
ミスリルとは聖銀とか霊銀などと呼ばれ、鋼よりも硬く、しかも軽いと言われる高価かつ希少な金属だ。魔素との相性も良く、武具に使用した場合はスキルの効果を倍増させると言われている。そのミスリルのインゴットをなぜ?
「【解体】のスキルを使って、手に入れたんだ!」
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■ログ
「骨董品の鍛冶道具」を入手した。
「武具解体」を取得した。
「白銀の鎧」を解体した。
「ミスリル合金インゴット×18」を入手した。
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「ええと……もしかして、さっきもらった鍛冶道具で?」
「うん!鍛冶道具は【解体】スキルを覚えられるだいじな物だったんだよね」
「……なるほど。……それが目的だったわけか」
ずいぶんアスカが親切だなと思ってたら、そういう事か。いや、アスカは基本的に優しいし親切な子だけどね。多少、打算的なところはあるけど。
「えぇー? 人助けって言ったじゃん! 別にこれは急いで手に入れなきゃいけないスキルってわけじゃなかったし!」
「はいはい」
とは言え、またアスカが面白いスキルを手に入れたな。鎧を解体して、なんでインゴットになるのかは謎だけど、アスカのスキルのことなんだから今さらだな。
ん……? でも、これ……。
「この白銀の鎧って、もしかしてギルバードのか?」
「………………てへっ」
あはは……。あの時のギルバードの装備を解体したのか……。領主の息子の装備を奪った上に材料に変えてしまうなんて……。さすが、アスカだ……。




