第54話 イベント
翌朝、俺たちは隊商とともにオークヴィルを発った。隊商の長い馬車の列と共に川沿いの街道を行く。
先頭に護衛の傭兵部隊の馬車、続いてレスリー先生の馬車、隊商の荷馬車数台が続き、殿は先頭と同じく傭兵部隊の馬車。総勢50人を超える大所帯だ。
ちなみにレスリー先生の荷馬車にはセシリーさんも同乗している。チェスターの商人ギルドへの支援物資の引き渡しのためだそうだ。
俺とアスカは傭兵部隊のさらに先を歩き、【索敵】で周囲の魔物の気配を探っては討伐して回っている。マッドボアやワイルドスタッグ、ホーンラビットなどのお馴染みの魔物を次々と討伐していく。マッドヴァイパーや野生のワイルドバイソンといった、この辺りではちょっと珍しい魔物も討伐する事が出来た。
魔物達もこれだけ大所帯になるとあまり近づいては来ないけど、魔物が近くにいると警戒のために隊商の進行速度が遅くなってしまう。ただでさえ大量の物資を運んでいる隊商の移動速度は遅いのだ。今日中にチェスターに着くためには、余計な足止めをさせたくないから見敵必殺の勢いだ。
俺たちは隊商の先頭を歩く傭兵たちを置いてけぼりにして、先行しては魔物を討伐して帰ってくる。毎回手ぶらで帰ってくる俺たちを見て、魔物を追い払っていると思っているみたいだ。
獲物は当然だけどアスカのアイテムボックスに収納して、多量の肉と魔物素材を持ち帰ってるんだけどね。大量に買い付けた麦と合わせれば1年分ぐらいの食料になるんじゃないだろうか。
そんなこんなで、食糧調達……もとい護衛をしながら隊商をチェスターに案内した。それなりのペースで移動できたので、日が落ちる少し前には城下町に辿り着くことができた。
隊商の代表者を連れて貴族街に行くレスリー先生とセシリーさんを見送り、俺たちは一昨日の夜に泊まった宿屋に向かった。できればもう少しいい宿に泊まりたかったけど、この状況下ではまともに営業が出来ているとは思えないしな。街の端で野営をしている隊商の商人たちに比べれば、屋根があるだけマシだろう。
前回と同じ部屋に通されたのだが、一泊料金が大銅貨4枚に値下がりしていた。食料品が高騰しているため、隣の酒場の食事が付けられなくなったからだそうだ。
多量の食料品だけでなく、出来上がった食事もアイテムボックスに保管してあるから別に食事が無くても困りはしない。大して美味しくもない貧相な食事だし、むしろ素泊まりの方が良いくらいだ。
俺たちはアイテムボックスから串焼きやスープ、平焼きのパンなどを出して、夕食を楽しんだ。山道や平原を走り回って魔物を討伐してまわったから、それなりに疲れていたみたいだ。今日も持参のベッドを取り出すと、俺たちはすぐに眠り込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日は、スラムに行くよ」
翌朝、唐突にアスカがそう言った。アスカが変なことを言い出すのはいつものことなので俺も慣れたものだ。でもなんでまたスラム?
「テントを手に入れるんじゃなかったのか?」
「それも大事なんだけどねー。こなしとかなきゃいけないイベントがあるんだ」
イベント? また魔人族でも出てくるのか?
「ううん。もっと平和なイベント。人助けだよー」
そう言ってアスカは街の東側に向かってずんずん歩いて行った。
チェスターは北側にオンタリオ海を臨み、西側は悠々と流れるローレンス川に面している。海に臨む北側は高い城壁に囲まれた貴族街があり、西側には職人街、中央と東側には目抜き通りを中心とした商店街と平民の居住区が広がっている。そして町の東端がスラム街だ。
木造の集合住宅が密集し、すえた匂いが漂う薄暗い路地を、アスカは意にも介さず進んでいく。普通の年頃の女の子はこんなところ、近寄るのも嫌がるものなんだけどな……。
しばらく歩くと密集していた家屋が途切れ、広場のようになっているところに出た。広場と言っても公園のように整地された場所ではなく、瓦礫が所々に転がっているただの空き地だ。
広場には数十人の人が地べたに座っていた。皆一様に薄汚れたぼろぼろの衣服を身にまとっている。中には老人や女性、子供たちの姿も見えた。
彼らは俺たちに訝し気な目線を送るか、あるいは睨みつけている。確かに、かわいらしいローブを羽織った年頃の少女と、武装した冒険者はここでは酷く浮いている。二人とも身なりには気を遣い、清潔にしているしな。
ウェイクリング領は比較的に豊かな地域ではあるが、一定の貧困層は存在する。彼らの多くは魔物や戦争に住む場所を追われてチェスターにたどり着いた難民だ。学や技を持つものは街で仕事を得ることもできるだろうが、加護や教育に恵まれなかったものはどうしても行き場を失くしてしまう。
そういった者たちがチェスターの街はずれに住み着き、スラム街を形成しているのだ。無秩序に住居が建てられるために道は細く入り組み、建物も混み入っている。
そのため数年に一度は大火事が起き、多くの犠牲者を出してしまう。恐らくこの空き地も、建物が老朽化して崩れ落ちたか、焼け落ちて出来たのだろう。
そして、仕事を得られず貧困にあえぐスラムの住民たちは、悪事や犯罪を頻繁に起こす。彼らからすれば、武装しているとは言え二人組の俺たちなんて良いカモにしか見えないだろう。
まったく……なんだってアスカはこんなところに来たんだ。俺は【索敵】を発動し、周囲の様子をうかがう。すると建物の陰からこっそりと俺たちの様子をうかがっている少年に気づいた。
索敵しないと気づけないということは潜入スキルでも使っているのだろう。やれやれ……これはたぶん【盗賊】の加護持ちの本物の盗賊だな……。
俺が気づかないフリをしていると、そろりそろりと俺とアスカの背後から歩み寄ってくる。残念ながらLv.10に至った俺の【索敵】は、そう簡単にはごまかせない。たぶん狙いはアスカが斜め掛けに背負っている魔法袋(偽)だろう。
俺たちの数メートル後ろまで少年が歩み寄ったところで、俺はふっと余所見をしたフリをして隙を見せる。少年はまんまと釣られて一気にアスカの背後に駆け寄った。あと数センチで魔法袋の紐をナイフで断ち切れる……と思っただろう少年の横っ腹に、俺は火喰いの円盾を叩き込んだ。
少年はまるでマッドボアに激突されたかのように跳ね飛んだ。さすがに【盾撃】は使っていないが、貧相な体つきの少年にはとても耐えられるものじゃなかっただろう。うつ伏せに倒れた少年は逃げ出そうともがいているが、足に力が入らないようで立ち上がれないでいる。
俺は周囲への牽制もかねてスラリと火喰いの剣を抜き放ち、辺りを見回す。どよめきが起こるものの加勢をする者はいないようだ。
さて、この少年はどうするかな……領兵につきだしてもいいけど、今はそれどころじゃないだろうしな。何かを取られたわけでは無いし、このまま放置かな……。
そう思っていたら、その少年が薄緑色の光に包まれた。アスカの方を見るとメニューウィンドウを浮かび上がらせている。薬草でも使ったようだ。
「え、なに……これ。回復魔法? ……って、ひぃぃっ!」
衝撃が癒えて立ち上がった少年に火喰いの剣を突き付ける。何もできやしないだろうけど、警戒は念入りに、ね。
「アル! もういいってば」
アスカが咎めるように頬を膨らませて俺を見上げる。あ、今日は逃がしてあげるんだ? ダリオやカミル、しまいにはギルバードまで、身ぐるみ剥がしたアスカにしては優しいな。
「この子に会いにここに来たんだから! ね、あなたジェシーでしょ?」
あれ、知り合い?ってそんなわけないか。
というかジェシー?? ああ、少年かと思ったら少女だったのか。男物のボロを着てるから気づかなかったけど、よく見たら可愛らしい顔つきをしているし、胸も申し訳程度に膨らんでるな。
「へ……? なんでウチの名前を……?」
俺に怯えて顔をこわばらせながらも、不思議そうな顔でアスカを見つめる少女。アスカはそんな少女ジェシーに、ローブのポケットから小瓶を取り出して見せた。
「ふふっ。これなーんだ?」
するとジェシーは吃驚と興奮が入り混じった表情で、叫んだ。
「下級回復薬!!?」
なるほど。これが例のイベントってやつか。




