第51話 搦め手
「ぐっ……うぉおお!!!」
銀髪の男は鋼鉄のダガーを胸から突き出させたままに身を捩り、背後に向けて魔力球を放つ。【爆炎】が至近距離で破裂し、俺と銀髪の男は前後に弾け飛ぶ。
「きゃあっ!」
「ぐおっ!」
「がはぁっっ!!」
アスカを殺すために強大な魔力を集中させていたようだが、不意打ちを受けてその大半は霧散していたのだろう。爆発は今までになく小規模だった。それでも、ボロボロの身体をなんとか動かしていた俺と、胸にダガーを突き刺された銀髪の男にとっては十分な威力だ。
身体を動かそうとするだけで、全身に激しい痛みが走る。骨という骨がバラバラになっているんじゃないかと思うぐらいだ。俺は歯を食いしばって立ち上がり、同じくよろよろと立ち上がった銀髪の男と睨み合う。
「き、貴様……確かに……事切れていたはずだ……!」
「……【潜入】のスキルを使ったんだよ……。気配を消した俺を、お前が死んだと勘違いしただけだ」
アスカが使ってくれた下級回復薬はギリギリのところで俺を救ってくれた。その直後に【爆炎】食らいつつもなんとか耐えることができた俺は、ヤツの油断を誘う為に【潜入】を使って死を偽装したのだ。
「【潜入】だと……ぐふっ……貴様は剣士の加護だったはずだ……」
「……俺の加護は、ちょっとばかり特殊でね……」
「ぐっ……その女の力か……」
「ご明察」
横目でアスカを睨みつける銀髪の男。鋼鉄のダガーはまだ胸に突き刺さったままだ。
不意打ちなんて騎士らしからぬ手段だが、相手は遥かに格上なんだし、仕方がないだろう。
「……ごふっ……だが……詰めを誤ったようだな」
血の塊を吐き出しつつ、銀髪の男がニヤリと凄絶な笑みを浮かべる。
「ぐうっ……うぉぉお!」
銀髪の男は背後に手を回し、呻き声を上げながらダガーを抜き取ると、胸に当てた手に魔力を集め始めた。
「う、うそ……だろ……」
「ぐふっ……【治癒】」
青緑色の光を放ち、銀髪の男の胸の傷が塞がっていく。
「くそっ! 回復魔法か……」
魔法を止めたいところだが思うように身体が動いてくれない。脚を引きずるようにして近寄るが、そうこうする間に銀髪の男は傷の治癒を終えてしまった。
「ふん……やはり回復魔法はまだ上手く使いこなせんな。魔力が尽きてしまったか」
「……魔法使いじゃ……なかったのかよ。なんで【治癒】が使えるんだ……」
「特別な力を授かっているのは貴様だけじゃない。完治には程遠いが、半死半生の貴様らを殺すには十分だ」
「くそ……急所に突き刺したはずなのに……」
「ふっ……エルフ族と央人は身体の構造が違うからな。危ないところだったよ。貴様の無知に救われたな」
そう言うと銀髪の男は火喰いの剣を俺に向け、ゆっくりと歩み寄る。
「まさか、ここまで追い詰められるとは思わなかった。誇るがいい。神の騎士よ」
火喰いの剣を高々と振り上げる銀髪の男。くそっ……間に合わなかったか……。すまん……アスカ。俺はここまでみたいだ……。
「死ね」
袈裟斬りに振り下ろされた剣が俺を切り裂く……と覚悟を決めた瞬間、銀髪の男は動きを止めた。
「ぐ……あ? ……あん……あ……?」
銀髪の男の手が震え、火喰いの剣が滑り落ちる。それと同時にヤツは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。良かった……ギリギリ間に合ったみたいだ。
「……ようやく効いてくれたか。危ないところだったよ」
俺は緩慢な動作で火喰いの剣を拾い上げ、仰向けに倒れた銀髪の男を見下ろす。
「……あ……うおああい……あ、あえあ……」
「動かない……何故だ……ってところか? 麻痺毒だよ。アスカが作った特製の痺れ薬がダガーに塗ってあったんだ」
「……お……おんあおぉ……いぅあぇ……」
「そんな物が効くわけ無い? Cクラスの魔石を使った特製の痺れ薬でもか?」
元々の俺とアスカの作戦は、騎士にあるまじき搦め手だったのだ。シエラ樹海で採った痺れ茸と聖域で摘んだ毒草、さらに火喰い狼の魔石で効果を高めた特製の痺れ薬をダガーに塗る。そしてギルバードと戦う魔人族を不意打ちして手傷を負わせる。
アスカによると、特製の痺れ薬は巨大な竜すら麻痺させる事が出来る逸品らしい。そのわりには効くまでに随分と時間がかかったけど。
「い……いぉうおぉ……」
「卑怯者? そうだな。俺もそう思うよ」
こういう搦め手は、騎士を目指していた時には忌避していた戦闘方法だ。だがアスカを守り、生き残るためには手段は選ぶべきじゃない。そもそも騎士じゃないしな。
「すまない。せめて苦しむ事が無いよう、一瞬で殺してやるよ」
火喰いの剣を両手で握り、銀髪の男の頭上に降り上げる。
「……う……ルううさあ……」
俺は躊躇無く剣を振り下ろし、銀髪の男の首を刎ねた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アル……アル! アルゥ!!」
「ぐふぅ!!」
銀髪の男が確かに息絶えたことを確認し、振り返るとアスカが両手を広げて抱き着いてきた。俺はその勢いに耐えきれず、押し倒されてしまう。
「痛い! 痛いって、アスカ!」
「アル! アルのバカ!! 危なくなったら逃げるって約束してたじゃない!! こんなになるまで戦って!! アルが死んじゃうかと思ったじゃない!!」
アスカがぼろぼろと涙を流して叫ぶ。全身が土ぼこりで汚れ、服が焼け焦げ、鼻水と涙をたらして俺を抱きしめる。良かった……なんとか揃って生き延びることが出来た……。
「逃げ出す隙なんて無かったんだ……。心配かけて、すまなかった」
俺の胸でぐすぐすと泣き続けるアスカの頭を撫でる。絶対に勝てない相手とは聞いていたけど、これほどまでとは思わなかったんだ…。
途中までなんとかなりそうだと思っていたけど、本気を出した銀髪の男はまさに圧倒的だった。生き残っているのが不思議なくらいだ。
「ぐすっ……あたしも、あんなに強いなんて思ってなかったの……。WOTでは、ここまで強くなくて……アイテムをじゃぶじゃぶ使えば、なんとか耐えられるぐらいだったから……」
「……そうだったのか。やっぱり、アスカが知っている物語とは、少し違うみたいだな」
「うん……出て来た魔物も、ゴブリンじゃ無かったし……。あたしの言うことが間違ってて……アルを危険な目に合わせちゃって……ごめんなさい……」
「ごめんって……それを言うなら俺の方だよ。アスカをこんな危険な戦場に巻き込んじゃって……」
元はと言えば俺が魔人族と戦う事を望んだんだ。魔人族を追い払わないと、ギルバードが死んでしまうって聞いて……って、そういえば!!
「ギルバードは!? うっくっ……!」
急に体を動かしたために、全身に痛みが走る。
「ちょっ、ちょっと無理に動いちゃダメよ! ちょっと待って、いま治してあげるから……」
そう言ってアスカは身体を離し、下級回復薬を使って俺の傷を治してくれた。全身がバラバラになってしまいそうなぐらいだった激痛がだんだんと治まっていく。同時にあちこち焼け焦げていた肌も、元通りになっていった。
「ありがとう。それで……ギルバードは……」
俺とアスカは未だ地面に倒れ伏したままのギルバードに歩み寄る。酷い火傷を負っているし、腕も脚もあり得ない方向に曲がっているけど、胸は動いているし呼吸もしてる。
「……良かった。生きてはいるみたいだ。あ、アスカ、頼めるか?」
「うん。下級回復薬っと……」
アスカがメニューウィンドウをトントンとつつき【治癒】もどきを発動する。ギルバードの全身を青緑の光が包み、さっきの俺と同様に傷や火傷が治っていく。
骨折ですら一瞬で治してしまうのだから凄いものだ。アスカのアイテムボックスは本当に奇跡みたいだ。
「さて、ギルバードをどうするかな……」
さすがにここに放置するわけにはいかないしな……。傷は癒したけど、ギルバードは目を覚まさない。魔力を枯渇するまで振り絞って、死ぬ寸前まで痛めつけられたんだから仕方ないか。
レッドキャップに寝込みを襲われたら無事じゃ済まないし……って、そう言えば辺りに魔物の気配が無いな。俺は【索敵】を使って、広範囲の様子を伺うが、やはり魔物はいない。
「レッドキャップが……いなくなったみたいだ」
「そうなんだ……。じゃあ、もうここは安全ってこと?」
レッドキャップはいつの間にか姿を消したみたいだ。たくさんのレッドキャップを殲滅し、魔人族も倒した。辺りに敵の気配もない。もう、安全って思っていいだろう。
「ああ。アスカ。ギルバードも無事に救えたし、俺たちは生き残った」
「うん!」
「危ない所だったし、ずるい手も使ったけど……俺たちの勝ちだ!」
「いやったー!!」
アスカがまた抱き着いてくる。下級回復薬で治してもらったから、今度は倒れない。俺とアスカは互いを強く抱きしめあう。
「……アルが無事で良かった」
「ああ…アスカも。」
俺たちは抱きしめあいながら、見つめあう。
こういう時にする事は、決まってるよな?
俺とアスカは、微笑みあって、目をつぶり唇を重ねあった。




