第49話 消耗戦
「【火球】!」
「くっ!! 【大鉄壁】!」
ギルバードは銀髪の男が放った魔法を真正面でなんとか受け止めた。
「【爆…」
「させるかっ!」
「チッ!」
俺は銀髪の男に駆け寄り、刺突を放つ。刃の先端が届いたかと思ったが、すんでのところで躱されてしまった。
銀髪の男は俺達との間に十分な距離を保ちつつ、矢継ぎ早に魔法を放っている。その距離を詰めつつ、届くか届かないかギリギリのところから放った刺突だ。正直言って当たるとは思っていない。魔法の発動を邪魔する事が出来れば、それで十分だ。
「【火球】!!」
「おっと!!」
今度は俺に向かって魔法が飛んできた。俺は横っ飛びして、迫り来る炎の塊をギリギリで躱す。
さっきまで俺がいた所を巨大な炎が通り過ぎ、背後に火柱が上がる。辺りの建物は石造りだから、焼け焦げるか崩れる程度で済んでいるが、ここが職人街だったら大火事になっていただろう。
「ふん……うまく躱すものだ」
「そりゃ、どうも」
今のところ、戦いは上手く進んでいる。放たれる魔法が【火球】なら、不意を突かれない限りは躱す事が出来る。ギルバードも、俺のように躱すことこそ出来ないが、防ぎきることは出来ている。
そして放たれる魔法が【爆炎】だった時は、【大鉄壁】で防ぎきる。まき散らされる炎と爆発の衝撃は、さすがに躱しきれるものじゃないからな。
ギルバードに向かって【爆炎】が放たれそうだった場合は、駆け寄って剣を振るうか、火喰いの投げナイフを投擲して魔法の発動を阻止する。
どうやら【爆炎】は、発動するのに少し溜めが必要なようだ。【火球】の方は、銀髪の男がロッドを向けた直後に炎の塊が射出されるので、魔法発動の阻止なんてとても狙えない。だが、【爆炎】は数秒の間を置いてから魔力球を飛ばしてくるのだ。
魔法の事は詳しくないのでわからないが、詠唱や魔力の集中に時間がかかるのだろう。ほんの数秒であっても、守りを固めるか、牽制をするかであればなんとか間に合う。もう戦い始めて数分は経ったと思うが、俺とギルバードは傷つくことなく、魔人族の猛攻に耐える事が出来ていた。
「ふむ……【鉄壁】を使っていたところを見ると剣士の加護のようだが……その身のこなしは斥候を思わせるな……」
「素早さには自信があってね。あんたの詠唱ほどは早くは無さそうだけどな」
「フン……どの口が言っているのか。先ほどから貴様に邪魔をされてばかりではないか。私も詠唱速度には自信があったのだがな」
「あんたの爆発の魔法は厄介だからな。そう簡単に撃たせるわけにはいかないさ」
銀髪の男と俺は、ニヤリと笑いあう。相手が手を止めてくれるのなら好都合だ。元からこの男に勝つつもりなんて無いし、救援が来るまで時間を稼げればいいのだから。
「おおぉっ!」
「待てっ! ギルバード!!」
時間稼ぎの目論見は味方であるはずのギルバードに崩されてしまう。銀髪の男に駈け寄り、白銀の剣を振るうギルバード。その力強さと鋭さがあれば、並の相手なら軽く両断していただろう。
だが、この男には通じない。いとも簡単にギルバードの薙ぎ払いは避けられ、近距離から【火球】を放たれる。剣を全力で振り切ったギルバードは成すすべもない。
「くそっ! 【鉄壁】!!」
俺はギルバードと銀髪の男の間に割り込んで、魔力の盾を展開する。【火球】を受け止める事は出来たが、無理な姿勢からスキルを発動したため致命的な隙が生じてしまう。
「【爆炎】!」
スキル発動後の身体のこわばりが解けた時には、放たれた赤い魔力球は目の前まで迫っていた。
ドォンッ!!
「ぐぁっ!!」
「がはっ!!!」
なんとか火喰いの円盾を差し込むことは出来たため致命傷には至らなかったが、俺とギルバードは衝撃に弾き飛ばされてしまう。
「【火球】!」
「くっ…【鉄壁】!」
追撃に放たれた炎塊をなんとか受け止めたが、その隙に間合いを大きく開けられてしまった。この距離は魔法使いの間合いだ。
せっかく少しづつ間合いを詰めて、なんとか牽制が届く中距離まで近づいたと言うのに、また振り出しに戻ってしまった。この距離じゃあ、遠距離から魔法を撃ち続けられて、いいように削られてしまう。
「ギルバード! 守りを固めろと言っただろう! 死にたいのか!?」
「くそっ!!」
ギルバードはようやく立ち上がり、肩で息をしながら白銀の盾を構える。俺も【爆炎】で、少なくないダメージを負ってしまった。回復薬をあおりたいところだが、あの銀髪の男はそんな隙を与えてくれそうにない。
「ふふ……その男を見捨てれば一撃ぐらいは入れられたかもしれんのにな。喰らうがいい! 【火球】!」
銀髪の男は炎塊を乱打する。避けようとしたところで、躱した場所に向かって【火球】を撃ち込まれてしまうだろう。
それに俺が避けたら、たぶん今の疲弊したギルバードでは対処しきれないだろう。俺は致し方なく【鉄壁】を発動して、身を固める。
銀髪の男は構わずに炎を打ち込んでくる。一方的に攻撃され、どんどん魔力を削られていく。ぎりぎりと歯を食いしばり、なんとか耐え抜くと不意に炎の攻撃が止んだ。
「剣士にしては魔力が高いようだが、ずいぶん消耗してしまったようだな。そちらのギルバード君は、あと何回ぐらい盾を張れるかな?」
銀髪の男が言う通り、俺の魔力は既に半分を切っている。出来るだけ魔力を消費しないように節約していたのに、ここに来てごっそり削られてしまった。
ギルバードに至っては、【火球】を防ぐのにも魔力を多く注いだ【大鉄壁】を使っている。俺よりも消費が激しいうえに、元々の魔力も俺よりも低いだろうから、なおさらだ。
まずいな……。このままじゃ、ジリ貧だ……。せっかく中距離で上手く立ち回っていたと言うのに、ギルバードの考え無しな特攻のせいで台無しになってしまった。
「しかし、貴様らは何のためにそうまでして粘っているのだ? まさか救援でも来ると思っているのか? この街の兵士は、魔物どもに追われ貴様らを助けに来るような余裕は無いぞ?」
……そう、なんだよな。アスカは、魔人族の猛攻に耐えきれば、救援が駆け付けて難を逃れることが出来ると言っていた。
しかし、それはあくまでもアスカの物語での話だ。レッドキャップの襲撃で壊滅状態にある貴族街で、果たして救援が期待できるのだろうか。
そもそも、この街を襲うのはゴブリンだったはずなのだ。ゴブリンの上位種であるレッドキャップが相手なのだから、この街の兵士たちはアスカの物語よりも追い詰められているんじゃないか?
……よくよく考えてみれば、いったい誰が助けに来てくれると言うんだ?
「それとも、そこに隠れている魔力もほとんど感じられない女が、貴様の切り札だと言うのか?」
あ…。アスカの事もバレていたのか。これは……ますますマズいな……。




