第48話 炎術師
この噴水広場は領主の屋敷に面している。おそらく屋敷を防衛する激しい戦闘が繰り広げられたのだろう。ギルバードの足元には数人の兵士と、数体のレッドキャップの死体が横たわっていた。
「降りてこい薄汚い魔人族め! このゴブリン共と同様に我が剣の錆にしてくれよう!」
ギルバードが屋根の上から噴水広場を見下ろす魔人族の男に向かって叫ぶ。ギルバードの声とともに、スキルを発動したような魔力の流れを感じる。たぶん【挑発】のスキルを発動しているのだろう。
だが魔人族の男は何の反応も見せない。長い銀髪をなびかせ、紅い瞳でギルバードを見下ろしている。
「どうした! 私が怖いか? このギルバード・ウェイクリングがじきじきに相手をしてやると言っているのだぞ!!」
すると銀髪の男は、ニヤリと顔をゆがめた。何事かを呟いたように見えたが、ここからでは聞こえない。
銀髪の男はゆっくりと右手をかざしてギルバードに向ける。次の瞬間に銀髪の男の手から、身の丈ほどもある巨大な炎の塊が放たれた。炎の塊は噴水の真ん中に立っていた塔をなぎ倒して、あっという間にギルバードに迫る。
「くっ…【大鉄壁】!」
白銀の盾から展開した魔力の壁で炎の塊を受け止めるギルバード。衝突した炎の塊は、魔力の壁に沿って半球状に燃え広がり、やがて霧散した。
ギルバードは驚愕の表情で銀髪の男を見る。何気ない動作から放たれた魔法が、あまりに強大であったためだろう。
それもそのはずだ。あの炎の塊は火喰い狼のブレスにも匹敵するほどの火力があったように見える。あんな攻撃を挨拶代わりとでも言うかのように簡単に放ってみせたのだから。
銀髪の男は屋根の上から飛び降りてふわりと着地した。そして、まるで真夜中の散歩を楽しむかのように悠然とギルバードに歩み寄り、身体を包む灰色のローブの中から先端に紅い魔石をつけた短杖を取り出す。
「ふん……。貴様がギルバードか。私の炎を受け止めるとは、なかなかやるじゃないか。とは言え我々の障害になるほどとは、とても思えんが……」
ギルバードは白銀の片手剣と盾をかかげて身構える。その表情からは焦りの色が隠せていない。
「あの程度の魔法なら、何度放ったところで無駄だ。全て受け止めて見せる」
「ふふん。あの程度なら……か。ではこの程度ならどうかな?」
銀髪の男がロッドをギルバードに向ける。ギルバードは『させるか!』と言わんばかりに剣を振りかぶり、銀髪男に向かって突進した。間合いを詰めて近距離戦に持ち込むのは、魔法使いとの戦いの定石だ。
しかし銀髪の男は、距離を詰めるギルバードを嘲笑うかのように飛び退る。動きの速さでも、かなりの差があるようだ。
「【爆炎】!」
銀髪の男の杖の先から赤い球状の塊が放たれる。その魔力球はギルバードの足元付近に着弾すると爆発を起こした。
とっさに【鉄壁】で防御したギルバードだが、吹き出した炎と爆発の衝撃に踏みとどまることができずに跳ね飛ばされた。すぐに立ち上がって身構えるが、表情は苦痛に歪んでいる。
「この程度の魔法も、受け止めきれないようだな」
「くっ……調子にのるな!」
ギルバードは再び銀髪の男に向かって突撃する。しかし先ほどと同様に素早い動きで距離を取られてしまう。再び放たれた【爆炎】の魔力球は、【大鉄壁】の発動が間に合い正面から受け止められたようだが、やはり爆発の衝撃に堪えきれず弾き飛ばされる。
「【火球】」
「くっ……!」
銀髪の一度目には受け止められた炎の塊を放つ。ギルバードは【大鉄壁】で【火球】を防ぎきるが、その直後に【爆炎】が放たれる。
「おぉぉっ! 【大鉄壁】!!」
もうこれ以上は見ていられない。俺は、銀髪の男とギルバードの間に身体を割り込ませた。
火喰いの円盾から展開した紅い魔力の壁が、火属性の攻撃に抵抗する。炎の全てを防ぎきれるわけでは無いし、爆発の衝撃も防げない。だが魔法の威力を減衰することは出来たようで、弾かれずに堪えることが出来た。
「ほう……私の【爆炎】を防ぎきるか。少しは楽しめそうだな」
銀髪の男が冷笑を浮かべる。完全に見下されているようだが、この反応も無理はない。アスカの言う通り、現時点でこいつは遥かに格上だ。守りきる事だけに専念しろと言われたのも頷ける。
「き、貴様……アルフレッド!?なぜお前が!?」
俺の後ろでギルバードが叫ぶ。
「……ギルバード、今はのんびり話をしている場合じゃない。目の前の相手に集中しろ」
「なっ……ウェイクリング家から除籍された、平民風情が何を言う! 騎士の戦いに首を突っ込むな!」
「……言ってる場合か! 殺されるぞ、ギルバード! こいつの相手は俺がする。お前は隙を見て助けを呼びに行け!」
「【騎士】の俺に敵を前にして逃げろだと!? 【森番】の貴様に何が出来ると言うのだ!!」
「見ていなかったのか? お前が防げなかった魔法を防いで見せただろ?」
「そ、それは……」
まあ特殊魔物素材の防具のおかげだけどな。動きを見る限り、ギルバードは今の俺よりも強い。突進の力強さも【鉄壁】頑強さも、俺よりも上だろう。俺に分があるのは速さぐらいかな。
「ふふっ。逃すと思うのか? さっきからコソコソと覗いていたようだが、そんな隙を私が見せたかな?」
「やはり気づいてたか……」
ギルバードと戦っている時に、隙をついて強襲しようと様子を窺っていたが、そんなチャンスは全く無かった。こいつはギルバードだけでなく、俺が隠れていた場所も視野に収められる様な位置どりを続けていたのだ。
「当たり前だ。あれで隠れているつもりだったのか? 隠れるつもりならもっと早く気配を殺しておくべきだったな。あれだけ魔物共と大立ち回りをしておいて、急に気配を消したところで気づかないわけがないだろう」
「……そう言うことか」
なるほど。言われてみればその通りだ。レッドキャップがどんどん殺されていっているのに、気づかれないわけは無い。
でもアスカがゴブリンを一定数倒さないと、魔人族は姿を現さないと言ってたからな……。それにこの街にはクレアもいるんだ。万が一の事が起こらない様に、魔物どもは殲滅しておかなきゃいけなかったのだから、仕方がない。
ちなみにアスカはまだ物陰に隠れている。危ない時には飛び出して回復をしてもらうことになっているが、さすがにこの男を相手に姿を見せるのは危険すぎる。
「何をごちゃごちゃと話している! お前の相手はこの私だ! さっさとかかって来い!」
そう叫んで、ギルバードが割り込んできた。くそっ、なんなんだコイツは。せっかく助けに来たってのに、何を意固地になってるんだ。
「逃げろと言っているだろう、ギルバード! コイツの狙いはお前なんだぞ!」
「……なん……だって?」
俺がそう言うと、ギルバードは困惑した表情を見せる。
「……貴様、何を知っている?」
銀髪の男はすっと目を座らせ、俺をじっと睨みつけてそう言った。なるほど、図星か。アスカの予想は当たっているみたいだ。魔人族共は何らかの方法で、本当に未来を予想できるのかも知れないな。
「屋根の上から何かを探しているみたいだったからな。カマをかけてみただけだ」
「ふむ……。しかし、貴様はそこのギルバードとかいう男とよく似ているな。何者だ?」
「……名乗るほどの者じゃ無い」
まあ、これは事実だ。今や俺は一平民の冒険者だからな。
「……貴様も剣士の力を与えられているようだし……血縁者というところかな。どちらにせよ、あのお方の障害になりうる者は排除するだけだ。ここで死んでもらうさ」
銀髪の男は殺気を膨らませる。さっきまでが遊びだったと思わせるほどの圧倒的な迫力だ。これは……まずいな。
「ギルバード! 頼む、逃げてくれ!」
「うるさいっ! 逃げるものか! お前に守られるなど……お前に! お前だけには!!」
そう叫ぶとギルバードは、バカの一つ覚えのように銀髪の男に向かって突進する。
バカ野郎! 何度もやられているのに、その手が通じないことがわからないのか!
さきほどの再現を見ているかのように銀髪の男は飛び退り、右腕に魔力を集中させる。
させるかっ!
俺は盾から火喰いの投げナイフを取り出して、投擲する。ダメージなど与えられなくていい。魔法の発動を牽制する事さえ出来れば!
銀髪の男は舌打ちしながら魔法の発動を止め、炎を纏って飛来するナイフを躱す。同時にふわりと跳躍し、ギルバードから距離をとった。
「ギルバード! 逃げないならそれでいい! こいつは俺達より格上だ! せめて隙をさらさず、身を守るんだ!」
「クソッ……」
なんだって言うんだ。ギルバードにいつもの酷薄なまでの冷静さがまるで無い。何をムキになっているんだ……。
「殺されないように自分の身を守り切れ! 救援がくるまで耐え抜くぞ!!」
「…………ああ。」
ギルバードが悔しそうな表情で俺を見る。出来れば撤退してもらいたかったのだが仕方ない。なんとか銀髪の男の攻撃を凌ぎ切り、ギルバートを守り抜いてみせる……。




