第494話 エピローグ④
「うっわー。騒がしいねー」
「これぞ鉱山町って感じだな」
始まりの森から南西に数千キロ。深い深い海の底に築かれた海底都市。ジブラルタ王国の王都ジオ・マルフィは、威勢の良い坑夫達と坑夫の金に群がる娼婦や商人達で今日も大いに賑わっていた。都市開発が始まって十年ほど経つが、まだまだ活況に沸いているようだ。
「ひさしぶり! 二人とも!」
「いらっしゃいませ。アルフレッドさん、アスカさん」
人混みを抜けて辿り着いた探索者ギルドでは、ローズとアナスタージアが待っていた。
「おお、女王自らお出迎えとは。恐縮です」
「ひさしぶりー。ローズ、アナさん」
「って、アスカはホントに変わらないわね!?」
「ふふーん。若さと美ぼーを保つのは妻の務めってね」
「若さはいいとして……美貌?」
「あによ? 何か文句でもあんの?」
「……若ク美シイ妻ヲモテテ幸セダナァ」
「でしょ?」
アスカは美しいってよりは可愛いというか……アッ、イエ、何デモアリマセン。
「それよりさ、ずいぶん人が増えたんだね?」
「ええ、アルフレッドさんとアスカさんのおかげです」
「いえいえ。アリスとエルサの貢献が大きいでしょう。それに、協力するのは当然です。元はと言えば俺のせいなんですから」
龍王ルクスに襲われて崩壊した王都マルフィは、ウェイクリング王家とアリンガム家の支援もあり、順調に復興が進んでいた。
だが、復興を遂げたとしても、元のような権勢を取り戻すことは難しい。その理由は単純。海底迷宮が新たな魔物を生み出さなくなったからだ。
海底迷宮は水龍インベルの魔晶石と龍脈から溢れる魔力を利用し、魔物を生み出し続ける迷宮だった。生み出された魔物は擬体であるため、倒すと肉体は消失してしまうが、具現化した一部の素材や魔石を落とす。
深く潜れば潜るほどに魔物は強くなるが、逆に言えば低層には弱い魔物しか出現しない。強さによって明確に棲み分けがなされた安全な狩場。まさに『尽きることのない魔石の宝庫』だったのだ。
だが、アスカを蘇らせ、龍王ルクスを真に討伐するため、俺はこの迷宮から水龍インベルの魔晶石を持ち出した。倒した魔物は二度と生み出されることは無くなり、魔石の宝庫は永遠に失われてしまった。
海底迷宮の恩恵で栄えていたジブラルタ王家は、良くても地方の豪族ほどの力しか取り戻せないだろうと思われた。
「アルのせいじゃないわ!」
「そうですね。我々人族は如何なる犠牲を払っても、神龍ルクスを倒さなければならなかったのですから」
「……そう言ってもらえると、救われます」
そんな経緯もあり、アナスタージアとローズの力になりたかった俺は、龍殺しのメンバーに協力を求めた。
新たに生み出されることが無くなったとはいえ、海底迷宮には凶悪な魔物がまだまだ跋扈していた。そいつらを一掃し、手に入れた魔石や素材をマルフィの復興財源として無償で提供することにしたのだ。
そして、迷宮の魔物を殲滅していたある日、アリスが海底迷宮に金剛石・白銀・霊魂石・精霊石といった希少な鉱物が眠っていることに気がついた。特に50層以降の人の足が踏み入っていない階層では、宝の山と言っていいほどの資源があった。おそらくは水龍インベルや龍脈の魔力で元々あった地下資源が長い時間をかけて変質したのだろう。
深層の魔物の殲滅を終えた俺達はエルサや神人族の協力を得て、海底迷宮への転移陣を復活させた。さらに、土人族の力も借りて採掘と整備を開始。海底迷宮に人の住める環境を整えたのだ。
「でも、ほんと見違えたよね。ちょっと前までここが世界最大の迷宮だったなんて思えないよ」
そう。ここは、ジブラルタ王家が遷都した新都市、王都ジオ・マルフィ。海底迷宮の跡地に築かれた海底都市なのだ。
「そうですね。おかげさまで、ジオ・マルフィと海人族の未来は明るいです」
本格的な資源の採掘が始まってから、まだ数年しか経っていない。今後、ますます栄えていくことだろう。
「ええ。健闘を祈ります。ローズも、しっかりな」
「もちろんよ! アナお姉さまのことはワタシに任せて!」
「姉としては、自分の幸せを優先して欲しいものですけれど」
そう言ってアナスタージアがちらりと俺の顔を覗き込む。
あれから10年経って、ローズはもう25だ。言わんとしていることはわかる。でも、そういうのは、ローズがその気になったらね。今のところは、まだまだ姉さん大好きっ子みたいだし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……あら。アスカにアルじゃない」
「やあ、エルサ。元気そうだな」
「もー。手紙くらい返してよねー」
「ふふ、ごめんなさいね」
央人と長命種は、時間の感覚が決定的に異なる。エルサやジェシカは放っておいたら、いつまで経っても便りの一つも寄越さないし顔を見せにも来ないのだ。
「なんだか貫禄が出て来たわねアル。髭なんか生やしちゃって」
「もう何年も前から生やしてるけどな。エルサは相変わらず美しいな」
「うふふ、お上手ね。アスカの前でいいのかしら?」
「ま、今さらねー」
もうアスカと20年以上も一緒にいるのだ。惚れた、妬いた、腫れたなんてのはとっくに通り過ぎたよ。
「それにしても……まさかエウレカがこんな有様になっているとは思わなかったよ」
「もはや魔法都市エウレカは見る影もないね」
「素晴らしいでしょう?」
荒涼とした大地に囲まれた廃墟が連なるかつての姿はもうどこにもない。廃墟群は鬱蒼と茂る森林にすっぽりと包まれていた。
「たった20年でこんなに緑化が進むとはな」
「ようやく砂海の方にも手を加えられるようになってきたわ。いつかシルヴィア大森林に負けないぐらい、森と水、命に満ちたアストゥリアを取り戻して見せるわ」
「さすがに俺が生きている間には無理そうだが……」
ちらりとアスカの目を覗き込む。艶やかな黒髪の可愛らしい少女はアンバーの瞳をそっと伏せ、穏やかに微笑んだ。
「楽しみだねー」
「ええ、そうね。アスカとジェシカにも手伝ってもらうわよ」
草木の生えない白と灰色の砂の海『死の谷』を森に……か。叶うならば、俺も見てみたいものだ。
「あ、もしかして」
「来たみたいね」
森の奥から緑が生い茂る大地を鳴らす脚音が聞こえて来た。驚くほどの速さで此方に近づいている。うおっ、森が独りでに割れて道を作ってる!? ……さすがは幻獣種だな。
「ヒヒーーンッ!!」
「わっと、あはは! 久しぶりだね、エース! えっ、もしかして、そちらはダンナさん!?」
なんとエースの後ろには、もう一頭の幻獣がいた。エースよりも一回り小さいが、真っ直ぐな長い角が生えた立派な一角獣だ。
「おー、いつの間に。良かったな、エース」
首筋を撫でるとエースが嬉しそうに、顔を擦り付けて来た。はは、相変わらず、ここを撫でられるのが好きなんだな。
「やっ、ちょっと、やめなさいエース! もうっ!」
次いで、エースはエルサの股座に鼻先を突っ込む。うん、相変わらずだなエース。
「ふむ、まだ未開通か」
「やめろって」
お前も相変わらずだなアスカ。
「ね、エルサ。緑化の方はいったんイヴァンナにでも任せてさ。しばらく始まりの森で一緒に暮らさない?」
「え? んー、それもいいかもしれないわね」
「んふふ。ユーゴーも、クレアも、セシリーも、歓迎するってよ」
「おいおい。何だよ急に」
また唐突に変なことを言い出したな。しかも皆の了解をもらってる?
「楽しみだね」
そう言って、アスカは出会った頃とまるで変わらない悪戯な笑みを浮かべて、上目遣いに俺の目を覗き込んだ。
いや、ほんと、俺はいつまで経ってもアスカに振り回されっぱなしだな……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「う……ううん……」
「あ、起きたの、アル?」
「ああ……アスカ……」
「ん、ここにいるよ。顔、拭くね」
「ありが……とう」
明るく柔らかな光が射しこむ部屋の大きなベッドで、俺は目を覚ました。
瞼は重く、視界はぼやけている。体も重く、あまり動かない。
「うん。綺麗になった。今日もかっこいいよ、アル」
「ああ」
「楽しい夢、見てたの? ずっと、微笑ってたよー」
「そう、か。若い、ころの、夢を……」
「そっか、若いころかぁ。若いアスカちゃんはどうだった? かわいかった?」
「アスカは、ずっと、かわいい」
「んふふ。だよねー。アルもずっと、かっこいいよ。年をとっても、髪もお髭も白くなっても、しわだらけになっても、ずっとかっこいいよ、アル」
「そう、か」
アスカが俺の顔をそっと撫でる。ぼやけた視界に白魚のような手が映る。いつまでも変わらず若々しく美しい指先が、光に照らされ輝くようだ。
「……そろそろ、みたいだ」
龍脈の調律者の力でわかっている。俺の中から少しずつ漏れ出していって、もう僅かばかりしか残っていない。
「うん、そうだね。お疲れさま、アル」
「すまない……」
「大丈夫だよ。あたしは産んであげられなかったけど、たくさん子供を残してくれたからね。寂しくないよ。それに、アルの代わりにクリスがあたしのこと守ってくれるしね」
クリストファー・アストゥリア・ウェイクリング
【聖騎士】の加護を授かった頼りになる息子だ。なによりも半神人のあいつは長い時間をアスカと共にいてくれるだろう。
そうだな。俺がいなくなっても妻達や子供達がいる。俺は安心して逝けるよ。
「エルサとジェシカを見送ったら、あたしも星に還るから。待っててね」
「ずいぶん、先に、なりそうだな」
「んふふ。それは二人次第かな。二人にも長生きして欲しいでしょ?」
「そう、だな」
ああ、また眠くなってきたな。
「龍脈に乗って会いに行くよ。一緒に星を巡って、またWOTに戻ってくるの」
始まりの森の柔らかい光が、心地いい。
「また、あたしのこと守ってね。あたしの騎士」
アスカの柔らかな手が暖かい。
ああ……いい気分だ。
「もちろん。絶対に君を、護り抜くと、誓うよ……」
俺は、そう言って、ゆっくりと目を閉じた。
THE END
ご愛読、ありがとうございました!
次回作も執筆中です
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