第492話 エピローグ②
ヘルマンさんから預かった武具を届けにクレイトンの王城を訪れた俺は、あれよあれよという間に王の執務室に連行された。どうやらエドマンドさんの依頼は俺達を呼び出す口実だったようだ。
「久しぶりだな、義弟殿」
「ご無沙汰しております、陛下」
「テレーゼの婚礼以来になるか。元気そうだな」
「恐縮です。陛下も御壮健で何よりです」
義弟ねえ……。
何の因果か、俺はカーティス・セントルイス陛下の姻戚になってしまった。以前、婚約を迫られていた第二王女のテレーゼ殿下が、ユーゴーの義兄であるゼノ・レグラム王の息子に嫁いだからだ。
ユーゴーを娶ったため、その義兄であるゼノの息子は義理の甥、その妻のテレーゼ殿下は義理の姪となった。カーティス陛下はその父だから、俺の義理の兄なんだそうだ。陛下曰く。
赤の他人同然の遠い姻戚関係ではあるが、陛下は殊更に『義弟』という言葉を使う。自分で言うのもなんだが『龍殺しの英雄』との親しさを喧伝したいのだろう。アスカ、というか飛鳥急便とも良い関係を築きたいだろうしね。
「ふむ……では旧アストゥリア帝国の方はどうだ?」
「少しずつ緑化が進んでいます。遺産発掘の方はあまり成果が無いようですが」
一通りの挨拶の後、話題は世界の情勢の聴取へと移る。近隣諸国のことは把握していても、さすがに別大陸にある旧帝国のことまでは詳しくないようだ。
「そうか。魔法袋は出回るようなったが……選帝侯家が遺した知識は失われてしまったか。残念だ。サローナの方は?」
「温暖化が進み、苔や茸の類が生えるようになりましたね」
「まだ人が住むには耐えんか」
答えた内容に、嘘はない。だが、真実を伝えているわけでもない。
アザゼルがかけた幻影が解け、サローナ大陸の氷雪や凍土もまた溶けて行った。凍りついていた河川にも冷たい雪解け水が流れるようになり、苔や茸の類が生え、低木や草花も生い茂るようになった。十年も経てば背の高い樹木も育つのではないかと思う。少数ではあるが魔人族や土人族が移り住み、寒冷地に強い家畜の飼育を試し、希少金属の採掘も始めている。
旧アストゥリア帝国の方では、エルサを中心とした発掘隊によって選帝侯家が秘匿していた多くの知識や技術が復活している。魔法袋に龍脈の腕輪、新たに結界柱や吸魔陣なんてものも作られるようになった。
とはいえ、神人族には未だ国家と言えるような統治機構は無く、村や町単位の緩い連帯がある程度だ。魔人族に至っては、絶滅の危惧すらある種族だ。そんな地に央人の国家権力が入り込んだら、あっという間に資源や技術を奪ってしまいそうなので、詳らかには語らないことにしている。
「そういえば、孫には会ったか?」
「ええ、つい先日。輝く竜石のような御子でした。健やかに御育ちですよ」
孫とは前述のテレーゼ王太子妃の子息のことだ。ぴょっこりと獣耳が生えているが、どちらかというと見た目は央人寄り。ゼノはさっそく愛娘のルールーと婚約させたいと抜かしていたが、当然黙殺している。ざけんな。娘はやらん。
「孫に誕生祝を贈りたい。頼まれてくれるか」
「もちろんです」
テレーゼ殿下の婚姻をきっかけにセントルイス王家とレグラム王家は蜜月関係を深めている。同じく蜜月関係にあるウェイクリング王家とジブラルタ王家への牽制という側面もあるのだろう。
龍王と守護龍が滅び、時が経つにつれて真の歴史が流布されていった。同時に神龍ルクスを祀る聖ルクス教は、世界中で排斥された。そもそも聖ルクス教は、復活を目論む龍王ルクスが生んだ宗教なのだから、否定され排斥されるのも当然の流れと言える。
問題は、種族間の争いを否定していた聖ルクス教の教えもまた失われたことだ。大国間の決定的な衝突を抑止していた教えが失われ、それぞれの種族を見守っていた守護龍もいなくなった。
そんな中、龍王ルクスによる中枢都市の破壊を免れたセントルイス王国は、いち早く復興を遂げて存在感を増している。そして、直接的な被害を受けなかったウェイクリング王国もまた、セントルイス王国に匹敵する国力を持つに至った。
反面、その他の種族の国家は中枢都市を破壊されて国力を失った。
遊牧民の自治区であり国家としては認められていなかった土人族、種族内で覇権争いをしていた獣人族はもともと国力に乏しい。海底迷宮を中心とした集権国家を築いていた海人族のジブラルタ王国は、もはや地方の一勢力程度の力しかない。魔法都市を失った神人族にいたっては、国家自体が滅んでしまった。いずれの国家も少しずつ復興は進んでいるものの、央人族の国家に対抗する力は無い。
そのため、俺達『龍殺し』のメンバーは、セントルイス王家とウェイクリング王家とは一定の距離を取り、他種族の復興や国力の回復に協力することにした。エルサは旧アストゥリアで、アリスとジェシカは鉱山都市ランメルで、そしてローズは海底国家マルフィで活躍し、俺とアスカはその支援に努めている。
俺を跡継ぎにしようとした父上や、婿入りさせようとしたカーティス陛下には申し訳ないけど、こればかりはね。俺とアスカが味方についたら、央人国家の一強体制になってしまいかねない。
俺達は世界を救った英雄としての影響力を持つとともに、一軍を相手取れる実力を有している。今回のような荷運び程度ならいいけど、両家に肩入れしすぎるのは控えるべきなんだ。
「ご歓談中、失礼いたします。ヘンリー卿がいらっしゃいました」
うっ……やはり来たか。
「いいぞ、入れ」
「失礼します! おっ、いたな、アルフレッド!」
「ど、どうも」
おっと、セシリーさんにシンシアさん、アスカまで一緒にいる。うーん、これは外堀埋まったか?
「アルフレッド! 決闘だ!!」
まだ、覚悟決まってないんですけど。せめてユーゴーとクレアに相談してからにして欲しかった……。
って、うん? 決闘?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふん。まさか受けるとは思わなかったな」
「貴方が申し込んだんでしょうが」
場所を王家騎士団の訓練場に移して、拳聖ヘンリーさんと向かい合う。
「だが、いいのか? お前は戦闘の加護を失ったんだろ?」
「ええ、戦闘の加護は失いました。ですが、もともと持っていた【森番】の加護はありますから、戦えなくもないですよ」
とはいっても【森番】にステータス補正は無い。今の俺には、旅立って【盗賊】の加護を鍛え始めたころのステータスしかないのだ。対して、ヘンリーさんの方はいつの間にか【拳闘士】の加護を修得している。普通に戦ったら勝てるわけがない。
「そちらも何の条件も付けないでいいんですか? これじゃ、ただの模擬戦じゃないですか」
「当り前だ。いつまでもウダウダ言ってるお前に喝を入れてやるだけだ。大事な娘を決闘の対価にするわけがないだろ」
「…………すみません」
「いや、お前の立場も理解している。セントルイス王国貴族になったウチと縁を持つのを避けたいんだろ?」
もともと、ヘンリーさんと妻のシンシアさんは、王都クレイトンのギルドマスターとして上級貴族並みの権限を持っていた。そして、先の神滅戦と復興への貢献を評価され、世襲の伯爵に叙爵されている。
「それは……」
でも、そうなんだよな、実際。
さすがにね。セシリーさんの気持ちには、俺だって気付いてるよ。あの清楚で有能で美しいセシリーさんが、なぜ今も独り身なのかも。婚期を逸するなんて言われても、名だたる貴族との婚約を断り続けているのがなぜなのかも、わかってるよ。
でも、テレーゼ殿下との婚姻を断っておいて、セントルイス王国の貴族と縁を結ぶわけにもいかない。セシリーさんは、そんな俺の立場を慮っている。だからこそ、俺にも、アスカやクレアにも本心を打ち明けないのだ。
「しょうがねえから、可愛い娘の背中を押してやる。試させてもらうぞ、アルフレッド!」
「いや、ちょっ」
「はじめっ!!」
審判役を買って出たエドマンドさんが決闘の開始を宣言した。
ああ、もう、しょうがないな!
「【爪撃】!」
「【転移】!」
「甘いっ!」
開始早々に距離を詰め、仕掛けて来たヘンリーさんの背後に転移し、木剣を振り下ろす……が振り返ったヘンリーさんに易々と防がれる。うーん、我ながら貧弱だ。
ヘンリーさんは気合に内丹、心眼まで発動しているみたいだ。こっちの手の内もバレてるし、不意打ちは出来そうにない。
「ふっ、はっ、らぁっ!!【剛脚】!」
「っと」
まあ、俺の方も死線を潜り抜けてきた経験がある。いくら相手が俺よりも早く、強くても、間合いを見切って適切な距離を取り、攻撃をいなせば問題ない。
海底迷宮最奥の勇者モドキや龍人形態のルクスは、尋常な相手じゃなかったもんなぁ。あれに慣れた俺に、大抵の相手の攻撃は当たらない。いざとなれば短距離転移で戦域から離脱することも出来るしね。
「ちっ、逃げ回ってばっかじゃ、勝負はつかねえぞ!!」
「そうですね。じゃあ、こっちから行きます。避けないと死にますよ」
ヘンリーさんは気合と内丹で体力と魔力を回復させながら戦っている。逃げ回ってばかりじゃ、延々と時間ばかりが過ぎてしまう。
「魔刃!」
俺はいったん短距離転移で空に浮いてから魔力を纏わせた木剣を振るう。
「うおぉっ!!? なんだそりゃぁっ」
いわゆる飛ぶ斬撃。聖騎士の【飛剣】、暗黒騎士の【影刃】に似てるかな。前者は白光、後者は惣闇の斬撃だが、俺のは碧い魔力の斬撃だ。
「魔盾」
「ぶっ!!?」
続けてヘンリーさんの顔の高さに、頭と同じくらいの大きさの魔力結界を展開する。斬撃を避けて横っ飛びしていたヘンリーさんは避けられずに顔面衝突してひっくり返った。
「とどめです。咆哮!」
両手を突き出し龍の咢をかたどって、圧縮した魔力を一気に放出する。言葉の通り、龍の咆哮を模した技だ。アスカはカメハメハ?だとか騒いでたけど、技名は単純なのが一番。神の断片に直接命令しているわけだしね。
「うおおぉぉぉっ!!!?」
ヘンリーさんは慌てて転がり、からくも咆哮から逃れる。だけど……
「はい、終わりです」
転がった先に転移して、碧い魔力光を放つ木剣を首元にそっと添える。
「は、はは、まいった。さすがは『万能』……加護を失ってスキルは使えないんじゃなかったのかよ」
「いえ、これスキルじゃありませんよ。魔力を直接操作したんです。【龍脈の調律者】の権能で」
本来、俺の乏しい魔力じゃ、こんな技は連発できない。龍脈の裂け目にある転移陣から魔素を掬い取り、肉体に過剰貯留した魔力を使っている。よほど枯渇している場所でもなければ魔素は世界中に漂ってはいるから、龍脈の裂け目でなくても時間をかければ吸収することも操ることも出来る。
「相変わらず、常識外れなヤツだ」
「……否定できませんね」
アスカのJKと同じく、世界に俺一人だけの加護。いわゆる反則だ。
「うっし、これなら任せられる」
そう言ってヘンリーさんは跳ねるように起き上がった。
「セシリー!」
「は、はいっ、お父様」
離れて決闘を観戦していたセシリーさんとシンシアさんがやってくる。
「……セシリー、お前を追放する! 以降、我がエクルストン伯爵家の敷居を跨ぐことは許さん!」
「えっ……お、お父様、何を……お、お母様?」
「聞こえた通りよ、セシリー。当主のヘンリーの決定は絶対よ」
「そ、そんな、わ……私が何をしたというのですか」
困惑し、今にも泣きだしそうなセシリーさんに、ヘンリーさんとシンシアさんが優しく微笑みかける。
「セシリー、どこへなりとも行くがいい」
「そうね……始まりの森なんてどうかしら?」
「え…………あ、そ、それは……」
ヘンリーさんの意図がわかったのか、セシリーさんの顔が真っ赤に染まる。
ああ、これは、やられた。ウダウダ言ってるとか、覚悟が足りないとか言われるのも当然だな。ここまで御膳立てされないと動かないなんて、我ながら情けない。
チラリとアスカに目を向ける。アスカは深く溜息をついてから苦笑いし、ゆっくりと頷いた。
うーん、これはあまり見せたくない技なんだけど、しょうがない。何も用意して無かったからな。
俺は体内に貯め置いた魔力を絞り出し、周囲の魔素をかき集めて圧縮し物質化していく。出来上がったのは一輪の薔薇を模った碧い魔晶石。
「セシリーさん、いや、セシリー。俺と結婚してくれ」
俺はセシリーの前で片膝をつき、世界に一つだけの花を差し出した。
登場人物:
カーティス・フォン・セントルイス:セントルイス国王。娘のテレーゼをアルフレッドに嫁がせ、アスカをマーカス王子の側室に迎え入れようと画策していたが失敗。『龍殺し』を繋ぎとめようと必死。
テレーゼ・レグラム:レグラム王太子妃。王女として英才教育を受け、王の決めた相手に嫁ぐものと考えていたため、アルフレッドとの破談は別にショックでもない。獣人に嫁ぐのには驚いたものの、もふもふの夫を気に入っている。
ヘンリー・エクルストン:セシリーの父、エクルストン伯爵家当主。旧エクルストン侯爵領の一部を与えられセントルイス王国の伯爵となる。王都冒険者ギルドマスターは兼務。
シンシア・エクルストン:セシリーの母、エクルストン伯爵夫人。王都商人ギルドマスター兼務。
エドマンド・イーグルトン:王家騎士団長。ミカエル騎士団大隊長からマーカス王太子親衛隊長に抜擢され、さらに神滅戦での活躍を評価され王家騎士団長に出世した。
セシリー・ウェイクリング:両親ともに獣人と央人のハーフで、本人も央人寄りな見た目。茶髪・切れ長の瞳の猫系獣人。オークヴィルの商人ギルドの受付兼副ギルドマスターを務めていたが、ジブラルタ王国の襲撃による壊滅後にクレアの補佐に就任。クレアが代官を辞したため、両親のもとに身を寄せていた。




