第491話 エピローグ①
「パパー! クレアママが呼んでるよー!」
「おーわかった。すぐ行くよ」
俺は抱き着いて来た可愛い娘を抱き上げる。頭の上にぴょこんと立った耳を撫でると、娘はくすぐったそうに身を捩った。
「ルールー、こっちに。アルフレッドの仕事を邪魔してはならない」
「むー」
「はは、ごめんな、ルー。じゃあ、ユーゴー、行って来る」
「ああ、気を付けて」
ふくれっ面をする愛娘をユーゴーに預け、後ろ髪を引かれつつクレアの執務室へと向かう。
「クレア、お待たせ。仕事か?」
「あ、アル兄さま。つい先ほどヘルマン武具店から依頼がありました。クレイトンの王家騎士団に荷運びをお願いしたいとのことです」
「ああ、わかった。それにしても……いつまで『兄さま』なんて呼び続けるんだ?」
「ふふっ、ずっと、ですよ。アル兄さまを、アル兄さまとお呼びするのは私だけの特権ですから」
クレアが首を傾げて微笑む。どうやら呼び方を変えるつもりは無いらしい。まあ、今さら『あなた』とか言われてもむず痒いか。クレアとの付き合いはもう15年以上になるんだし。
「じゃあ、行ってくるよ。クレア、くれぐれも無理はするなよ。もう一人の身体じゃないんだからな?」
「大丈夫ですわ。ユーゴーとジオドリックも、それにルーもいてくれますし」
「うん。じゃあ、行って来る。帰りは遅くなると思うから、先に休んでおくんだぞ」
「ふふ、わかりました。行ってらっしゃいませ」
俺は大きくなった愛らしいお腹を撫で、クレアの頬にキスをしてから執務室を出た。
「アスカ―、出かけるぞー」
「はーい。すぐ行くー! ちょっと待っててー」
向かいの調剤室のドアから声をかけると、アスカの元気な声が返ってきた。『何事も形から入る』と言って白衣に身を包んで調剤をしていたアスカが、ばたばたと机の上に広げた薬草やら魔物素材やらを片付けていく。
俺も準備をしないとな。鎧やらアクセサリ類はアスカの【装備】で身に着けられるからいいけど、旅装には着替えておかないと。
まずはオークヴィルに行って、ヘルマンさんのところで商品の受け取り。その後にクレイトンの王城に納品だ。行く前に転移陣で魔力を補給しておかないとな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
直接ヘルマン武具店に転移できるのだが、チェスター以外の町には外から歩いて入ることにしている。領主の反感を買うかもしれないし、入市税を取っているところなんかもあるしな。
「やぁ、エドガー」
「おお、アルじゃないか。レスリー先生のところか?」
「いや、ヘルマンさんのとこ。というか、レスリー男爵、だろ?」
「ああ、ついな。アルと一緒に物書きを教わったクセで……」
「気さくな方だから気にはされないと思うけどさ。公的な場では気をつけろよ」
「わかってるさ」
あれから5年。オークヴィルは劇的な復興を遂げた。以前より一回り以上も町は大きくなり、人口も5千人を超えたという。
ジブラルタ王国から割譲された鉱山が活況を呼び復興の原動力となったそうだ。アリンガム伯爵家が全面的に支援したことも理由の一つに挙げられるだろう。
だが、何よりも大きいのはクレアとレスリー先生による安定した統治だ。現在、身重になったクレアは代官を辞し、後を引き継いだレスリー先生が男爵に叙され統治に当たっている。
ちなみに、エドガーも男爵家の騎士に任じられている。もっと偉ぶってもいい立場だろうに、いまだに門衛に立つなんて現場好きなエドガーらしい。
「じゃあ、またな、エドガー」
「おう。アスカちゃんも、また」
「じゃあねー」
オークヴィルの目抜き通りを歩き、ヘルマン武具店へ向かう。途中、通りかかった山鳥亭から良い匂いが漂って来た。
「んーいい匂い。ねえ、アル。お昼にクリームシチュー食べて行かない?」
「ん、それもいいな。マーゴさんとジェシーともずいぶん会ってないしな」
新生山鳥亭は今日も賑わっている。『龍殺し』御用達の店ってことで、冒険者たちに人気なんだとか。きっと、ニコラスさんとキンバリーさんも草葉の陰で喜んでくれていることだろう。
「ジェシーはダーシャ達と長期クエストに行ってるみたいだからいないと思うけどねー」
「ああ、エマの弟子になったんだっけ? ってことは、デールもいないのか。残念だな」
デール達『火喰い狼』は今やオークヴィルにとどまらず、ウェイクリング王国随一の冒険者パーティにのし上がった。パーティランクも堂々のAだ。3人とも加護の昇格を果たし、デールは【騎士】に、ダーシャは【弓術士】、エマは【暗殺者】になっている。
なんてことを話しているうちに目的地のヘルマン武具店に着いた。
「こんちはー、飛鳥急便でーす。荷物の引き取りに来ましたー」
「おお、アルフレッドに嬢ちゃん! わりいな、呼び出して」
「いいえ。それで、王家騎士団への荷運びだとか?」
「ああ、エドマンド殿に頼まれてた火竜の鎧が仕上がってな。急ぎってわけでもないんだが、アルフレッド達に輸送を依頼して欲しいって連絡が来たんだ」
「ああ、なるほど。そういえばエドマンドさんとも久しぶりだな。何か用なのかな?」
「どうせ、また拳聖が絡んでるんじゃねえか?」
「げっ……じゃあ、この依頼は無かったことに……」
「いつまでも待たせるからこうなるんでしょ」
依頼を断ろうかと思ったら、アスカが横から口をはさんできた。
「セシリーだってもう22なんだよ? この世界だと行き遅れもいいとこなんだから」
「いや、そうは言うけど……いくらなんでも4人目って……」
「何を今さら。3人も4人も変わらないじゃん」
5年前のアスカなら考えられない物言いだ。ますます綺麗になったセシリーさんを娶るのは、まあ、やぶさかではないんだけどさ。
「う、うーん……本人が望んでるならともかく」
「セシリーはあたしに遠慮してるだけに決まってるでしょ。あの子は前からアルのこと気に入ってるじゃん。それともなに? 向こうから言い出してくれないとプロポーズの一つも出来ないわけ? だっさ」
「うぐぅ……」
「まあまあ。アルが嬢ちゃん一筋なのは前からだろ」
「そ、それは、その、嬉しいけど……」
頬を赤く染めて口ごもるアスカ。うん、こういうとこ、やっぱり可愛いな。
「とにかく! あたしはセシリーなら何の文句もないから! いい加減に覚悟決めること!」
そう言い放って、アスカはぷいっとそっぽを向いた。うん、やっぱり可愛い。
「はいはい、ごちそうさん。あ、荷物はこっちだ」
地下の作業場に通されると、そこにはずらりと鎧櫃が並んでいた。それをアスカが片っ端から【アイテムボックス】に突っ込んでいく。
「相変わらずとんでもないスキルだな」
「ですね」
アスカの【アイテムボックス】の収納力、そして俺の【転移】の機動力。これが飛鳥急便の売りだからな。
世界中の何処にでも、どんなに大量な荷物でも、一瞬で運ぶことが出来る。こんなことが出来る商会なんてどこにもない。同じことをするには大量の転移石と相当な人手が必要になるから、真似しようとも思わないだろう。
飛鳥急便は強力な輸送力を活かして、貴族や大商会相手に商売をしている。おかげで我が家は上級貴族並みの財力があるんじゃないかな。
と言っても領地があるわけでも、爵位があるわけでもない。始まりの森の小屋をちょっとした屋敷に建て替えたぐらいで、慎ましやかに暮らしているけど。




