第490話 龍殺し
【龍脈の調律者】の加護を得た際に、龍脈を漂う三柱の守護龍の魂の存在に気が付いた。『誓いを守る限り龍の魂は不滅』という言葉は、龍王ルクスのことだけを指していたわけではなかったのだ。
俺は守護龍を復活させるために世界中を飛びまわった。残存する魔晶石を各地の龍の間から持ち出し、【魔素崩壊】で爆発四散した守護龍達の魂を龍脈から掬い上げ、撚り合わせた魔素を束ねて魔晶石を創り、守護龍の魂を魔晶石に繋げ、依り代として竜を【創生】し……。
骨を折った甲斐あって、六柱の守護龍が数千年ぶりに復活した。
――おのぉれぇぇぇぇっ
――ヒト如きが、我を、我を謀ったのかぁっ
「守護龍達の声に耳を傾けていればよかったんだ。『不滅』の権能を失ったのは、お前の選択の結果だ」
守護龍と俺達はアスカの再誕とルクスとの最終決戦に向けて、幾つもの選択肢を想定していた。
最も望ましい選択肢は、ルクスが敗北を受け入れて『人族の守護』を誓うこと。ルクスの数千年に及ぶ妄執を考えると、絶対に起こり得ないとも思っていたけど。
より現実的な次善の想定は、ルクスを大地に封印すること。封印した後に、俺達はルクスを葬る方法を模索し、守護龍達はルクスに人族の守護を誓うよう説得することとしていた。
もちろん、封印の失敗も想定していた。その場合は、即座にルクスを屠る。封印よりも遥かに早くルクスが復活してしまうことにはなるが、俺が生きている間に復活してくれれば再び封印に挑む機会が得られるとも考えていた。
そして、最も望ましくなかった想定。それが、追い詰められた龍王ルクスが守護龍を従えてしまうことだった。
守護龍達は龍の王であるルクスの命令に逆らえない。龍の王たるルクスが龍とその眷属を従わせる権能を持っているからだ。
だが、たとえルクスに命令されたとしても守護龍は、人族に爪と牙を立てることはない。人族の守護は、より上位の存在である女神への誓いだからだ。
龍王を圧倒するほどの加護を持つとはいえ、相手は人族だ。よって、守護龍が俺を害することはない。
ならば、ルクスはどうするか。
間違いなく与えた加護を奪えと命令するだろう。
数万年におよぶ歴史の中で、守護龍は歴代の勇者達に加護や祝福を与え、時に与えた加護や祝福を奪いもしてきた。自らが与えた加護を奪う分には、人を害したことにはならない。
だが、俺の加護は守護龍に与えられたものではなく女神から授かったものだ。女神が与えた加護を奪うことは、彼らの誓いである『人族の守護』に反する。
誓いを破った守護龍は、不滅の権能を失うことになる。そうなったら躊躇なく守護龍達を滅ぼして欲しい。『龍族の守護』の誓いを果たせなかった龍王もまた、不滅の権能を失うだろう。
それが守護龍達の想定。加護を失うことになる俺にとっては可能な限り避けたい選択だった。
自分の我が儘を押し通して守護龍の犠牲にすら目を瞑るのだから、代償は甘んじて受け入れなければならないが……やはりままならない。
――よくもぉぉォッ
――我ガ眷族をォぉっ
「守護龍達は人族を害するお前を、見ていられなかったんだ。だから、ともに滅ぶことを選んだ」
とはいえ……アスカを蘇らせなければ、ルクスが復活することもなかった。守護龍達が滅ぶことも無かったのだ。
龍王は永遠に次元の狭間に閉じ込められ、守護龍は永遠に人と共に生きる。人族にとっては、どう考えてもその方が望ましい。
逆にアスカを蘇らせると、世界を再び危険に晒すことになる。状況によっては、守護龍の命を奪うことになる。それがわかっていながら、それでも俺達は……いや、俺はアスカを蘇らせることを選択した。
ニホンに帰るその日まで、絶対に護り抜く。それが俺の、女神への誓いだから。勝手を貫かせてもらう。
「守護龍亡き今、お前はもはや王ではない。ああ、不死でもなくなったから、龍でもないか。さあ次はお前だ、堕ちた竜ルクス」
――許さヌッ
――許さぬゾおぉぉォッ
ルクスが俺達の頭上に浮かび上がっていく。両脚と両腕を切り落とされ、牙も砕かれたルクスにできることは一つしかない。
上空に浮かんだ堕龍ルクスの口腔に、碧い魔力光が集まっていく。どうやら神の断片を支配する権限までは失われていないようだ。
「ど、どうするの、アル。今度こそ逃げた方がいいんじゃ……」
「確かにアレを放たれたら、どうにもできないな」
今の俺には加護のステータス補正がないため、ルクスの咆哮を防ぐほどの出力でスキルを発動することは出来ない。そもそもスキルも失っているから【鉄壁】も【光の盾】も使えない。残念ながら、ギルバードの【鉄壁】もローズの【光の盾】でも、あれは防げないだろう。
つまりアレを放たれたら最後。俺達に防ぐ手段は無い。アスカの言う通り、逃げるしかない状況ではあるけれど……。
「大丈夫だ、アスカ。終わらせて来る」
この展開は想定通り。
そのためにルクスを煽って咆哮を放ってくるよう仕向けたんだ。全力で逃げられて仕切り直されたら、面倒なことになるところだった。
「【転移】」
俺はルクスの背後に躍り出て龍殺しの剣を掴んだ。
『噛み喰らえ』と発動句を唱えたまま背に突き刺さっていた龍殺しの剣は、ルクスの魔力を吸いこみ続けていた。俺が防いだ咆哮の魔力。一斉攻撃で傷つき、漏れ出た魔力。再生に消費されるはずだった魔力。
ルクスの無尽蔵の魔力を吸いこんだ龍殺しの剣は、燃え上がる炎のような碧い魔力光を漲らせていた。
――なにぃっ
「飲み込め――――龍殺しの剣!」
碧い魔力光が剣身に吸い込まれ、全てを焼き尽くす真紅の剣へと変貌を遂げた。これほどの魔力が溜まっていれば十分だ。加護とスキルが無くても、貧弱なステータスでも事足りる。
――や、ヤめっ……
「くらえぇっっ!!」
深々と突き刺さっていた龍殺しの剣を押し込みつつ、剣に宿る魔力を解き放つ。
――うガああアアァァァァァァッッッッ
真紅の炎は一瞬にしてルクスを内側から蹂躙し、全てを灰燼へと変えていく。堕龍ルクスが断末魔の叫び声を上げた。
「うおっと、【転移】」
危うく自分にまで延焼しそうだったので、ヒビ割れた転移陣の上に退避。見上げると、ルクスだったものが燃え尽きて塵と化し、龍殺しの剣がクルクルと回転しながら落ちてきた。
吸い込んだ魔力を全て吐き出したため、剣身は碧色に戻っている。俺は柄を掴んで受け止め、ぶんっと一振りした後に龍殺しの剣を高く掲げた。
数瞬の沈黙の後、わぁっと歓声が沸き上がった。
誰もが満面の笑みを浮かべ、歓喜の声を上げている。両手を突き上げ、抱きしめ合い、涙腺を緩ませる。
そんな輪の中から、よろよろと歩み出る姿があった。アスカだ。その表情は未だ呆然としている。目の前の現実を受け止められないようだ。二転三転し、なおかつ目まぐるしく変わる展開に、頭と感情が追いつかないのだろう。
「…………おかえり、アスカ」
やっと……やっとだ。やっと全てが終わった。
アスカからもらった加護は失ったけど、昇格した森番の加護は残っている。なによりも……アスカがいる。
ぶわっと。アスカの琥珀色の瞳から涙が零れ落ちる。ああ、俺も我慢してたのに。
「た、ただいま!!」
弾かれるように駆け寄って。
抱きしめて互いの体温を確かめ合って。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を寄せ合って。
唇を重ねた。
ご覧いただき、ありがとうございます。
これにて『Afterwards』は終了、次章『Epilogue』に続きます。
あと少しだけ、お付き合いください。




