第488話 傲慢
アルフレッド視点です
ルクスを拘束していた【束縛】が解かれていく。噴き出した碧い魔力光が渦巻き、四肢と翼が断たれているはずのルクスがふわりと浮かび上がった。
ちっ……失敗、か。
このまま大地に封印し、その間にルクスを葬る手段を探そうと思っていたが……そう都合よくはいかないか。これが最も望ましい方法だったんだけどな……。
――ふははは
――我が眷族を蘇らせたのは失敗だったな
「そう、みたいだな……」
俺は守護龍の【創生】のために、膨大な魔力を龍脈の底から引き出した。そのため龍脈を流れる神の断片――魔素の流量は、一時的にではあるものの著しく低下していたのだ。
先ほど発動した【封印】は、六つの転移陣を繋ぐ世界規模の魔法陣を用いて、ルクスを龍脈の奥底に閉じ込める術式だ。龍脈を流れる魔素が枯渇していたら、ルクスを封じる力が弱くなるのも道理ということか。
失敗したな……。守護龍を復活させるべきではなかったか。
だが、守護龍を復活させないと、そもそも魔法陣を使うことは出来なかった。そうなると女神の現身であるアスカを蘇らせることも出来なかった。
ルクスを大地に封印することが出来なくなると予めわかっていたとしても、守護龍を復活させないという選択肢は無かった。ままならないものだ。
ああ、でも守護龍は不滅の権能を持っている。そのうち勝手に蘇っただろう。それを待つという手もあったのか。
あくまで、魔素の枯渇は一時的なもの。アザゼルが守護龍の魔晶石を暴発させたことで、クレイトン周辺にばら撒かれた魔素が、大地に溶けて龍脈に流れこむはずだからだ。
数年も経てば、龍脈を流れる魔素は元通りになる。龍脈を漂っていた守護龍達の魂も、何年か、何十年か先には力を取り戻して現世していただろう。
いや……何年先、何十年先になるかもわからない守護龍の復活を気長に待つことなんて、俺には出来なかったかな。やはり、ままならない。
「仕方ない……。封じることが出来ないなら滅するのみだ。今は死んでもらうぞ、ルクス」
――加護を幾重にも重ねる貴様の力は強大だ
――業腹だが龍の王たる我をも凌駕している
「ああ、そうだな。守護龍から授かった加護の力を以て一時の死を与えよう」
――否
――ここで死を迎えるのは貴様だ
――借り物の力で増長する愚かな人の子よ
「なんだと……?」
――神をも畏れぬその傲慢に裁きを
その瞬間、ルクスの周りに渦巻いていた碧い魔力光が周囲一帯に拡散した。そして魔力光の粒子が、ルクスを取り囲むように浮遊する守護龍達に絡みついていく。
――龍王ルクスの名に於いて命ずる
――我が眷族よ
――我が下に平伏せ
絡みついた碧い魔力光が守護龍達の身体に染み入っていく。
――ぬうっ
――王よ、止めるのだ
――我ら龍族は人の子を守護し導くもの
――女神への誓いを思い出すがいい
守護龍達が苦し気に身を捩る。だが、その瞳は濁り、碧く染まっていく。
――黙れ
――我が誓いは眷族の守護
――人の守護は我が領分ではない
「グルオォォッッッ!!!」
守護龍達が地に降りて、平伏すように首を垂れる。
これが『龍の王』の権能。龍の守護、それはすなわち、龍を従えることに通じる。
ああ、なんてことだ。やはり、こうなってしまったか。
「これって……守護龍が敵にまわったってこと……?」
「そう、なるわね」
アリスとエルサ、ローズがアスカを背に庇うように前に出た。ユーゴーとジェシカは俺の横に並び得物を構える。エースと駆け付けてくれた皆は、アスカを取り囲む陣形を取っている。
『龍王と守護龍』対『龍殺しと人族の戦士』か。複数同時の【接続】があれば、連携は問題ない。龍殺しのメンバーは全員が最上位加護を修得し、レベルも人の限界値に達している。戦士達も各人族の達人が集まっている。
被害は免れないだろうが、十分戦える。さあ、果たして……。
――我が眷族よ
――驕る人の子に裁きを
平伏していた龍達が俺達と……いや、俺と相対する。その瞳は妖しげに光る碧に染め上げられており、濁りは既に無い。
「すまない……」
俺がそう呟くと、守護龍達は強い輝きを放ち出した。
「ぅぐぅっ……!!」
嵐の様な魔力の波動が放たれ、強烈な圧迫感に襲われる。
頭が……割れるようだ……!! これは……龍の間と……同じ。
荒々しく、確固として、そこに在る意思。魔力の波動を媒介して放たれる守護龍達の強烈な想いが脳裏を駆け巡る。
――奪え
碧い血と魔力が漏れ出るルクスの口が、裂けるようにニタリと歪み、砕けた牙の根本が胡乱な光を宿す。
【【 火 】】
【【 水 】】
【【 風 】】
【【 地 】】
【【 光 】】
【【 闇 】】
【【 龍王 】】
【【 世界 】】
【【 央人 】】
【【 土人 】】
【【 魔人 】】
【【 獣人 】】
【【 神人 】】
【【 海人 】】
【【 救済 】】
【【 力 】】
【【 加護 】】
「ああ、わかって……いる。わかっているよ」
いくつもの断片的な想いが脳裏に浮かんでは消えていく。鳴り響き、駆け抜けて、反響する想い。激しい痛みが繰り返し頭を穿つ。臓腑が収縮し胃液が逆流する。
【【【【【【 剥奪 】】】】】】
「うぐあああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
身体の内側を素手で弄られるような悪寒と激痛に襲われ、堪え切れずに叫び声が漏れ出る。脚から、腕から、頭から、胆から。内側から突き破るように何かが漏れ出て行く。
俺は膝をつき、痙攣する身体を必死に抑え込む。それでも、とめどなく流れ出る冷汗と涙を止めることが出来ない。おそらく涎を垂れ流す間抜けな姿をさらしていることだろう。
「なっ、アル、アルっ!? 万能薬……って、何もないんだった! み、みんな、アルがっ! ローズ、光魔法を!! ちょっと、ローズ!?」
「ぐ、ぐぅぅっ……」
「ひ、光が漏れて……こ、これって……まさか!」
ああ、くそ、キツイな。
守護龍から初めて祝福を授かった時も激しい悪寒と頭痛に襲われたが、その比じゃない。それはそうか……六柱の守護龍から一斉に奪われているのだから。
「あ、あ、あぁ……アルの、アルの加護が、アルのスキルが……」
だんだんと痛みが引いていき、悪寒も薄れていく。同時に身体からごっそりと力が失われてしまったことがわかる。
何者をも打ち破れると確信できる力強さが。どんな衝撃にでも耐えられる靭さが。身体の奥底から溢れ出る魔力が。全て感じられない。ああ、なんて、なんて頼りないんだ。
アスカから初めて加護を与えられた時のことを思い出す。全身に力が漲り、身体が羽のように軽く感じられ、駆け巡る魔力に打ち震えたあの日のことを。
これは、その逆。
俺は、全ての戦闘の加護を失った。




