第487話 大地の封印
エルサ視点です
紅蓮の大翼を広げた龍
無数の水晶群を背負った巨躯の龍
前腕と一体化した翼を羽ばたかせる翡翠の龍
巨大な海蛇を思わせる紺碧の龍
三対六枚の翼を持つ白亜の龍
同じく三対六枚の翼の漆黒の龍
六柱の守護龍様が【龍脈の調律者】であるアルの呼びかけに応じて其の御姿を顕した。
地龍ラピス・風龍ヴェントス・天龍サンクタスの3柱は、アザゼルが魔晶石を【魔素崩壊】に利用したことで消滅していた。だが【不滅】の権能を持つ龍が死ぬことはない。その魂は大地に溶けて龍脈を漂っていたそうだ。そして、各地に魔晶石が残されていた火龍イグニス・水龍インベル・冥龍ニグラードとともに、アルが特有スキル【創生】で蘇らせたらしい。
それにしても、嗚呼なんて美しい。先日も祝福を授かるために謁える栄誉に浴したけれど、この荘厳にして絢爛たる存在感……圧倒されるわね。
「……守護龍、なの?」
アスカが頭上を見上げて、唸るように呟いた。
――左様
――女神の現身よ
――先ずは再誕を言祝ごう
――我らは人の子を守護する者
――女神の使徒の名のもとに
――王を封じるものなり
守護龍達から魔力波動が放たれ、龍の言の葉が頭の中に響く。その言葉とともに転移陣を取り囲むように浮遊していた龍達が輝きだした。
火龍は燃え上がる炎を思わせる光を。
地龍は煌めく金色の光を。
風龍は柔らかな若草色に。
水龍は耀う水面のような蒼色に。
無数の閃光を身に纏う天龍。
包み込むような惣闇色の光を纏う冥龍。
守護龍達の魔力が混然一体となり、極彩色の光の粒子が転移陣の一帯を漂う。それに共鳴するように、淡く光を放っていた転移陣が燦然と輝きを放ちだした。
――おのれぇぇっ
――我をぉぉ再び地に封じようというのかぁぁっ
龍王ルクスから怒気をはらんだ魔力波動が放たれる。その膨大な魔力は恐怖を覚えるほど……だけど四肢を寸断されて伏している状態じゃあね。まるで稚児が喚いている様だわ。
「あっ、も、もしかして、アザゼル達みたいに封印を……」
「そうよ。かつての勇者、本物の龍の従者と同じように、守護龍様の力を借りてルクスを大地に封印するの」
「で、でも、それだと……ルクスはいつか封印を解いてしまう……」
そう。アスカの懸念の通りになるだろう。
かつて勇者達は守護龍の助力を得て龍王ルクスを大地に封じ込めた。だが、千年、二千年と時が流れるにつれて、封印は緩んでいった。そして、ルクスは枷の隙間から人を操り、歴史の裏で暗躍。魔人族を利用して封印を解かせたのだ。
もし、魔人族が封印を解かなかったとしても、その場合は他の人族を利用しただろう。利用できなかったとしても、あと何百年かすれば封印は自然に解けてしまっただろう。
つまり、私達が施そうとしている大地の封印は、やがて解けてしまう。アスカが自らの命と引き換えに閉じ込めた、次元の狭間の封獄とは違って。
「そうね。数千年は先になるでしょうけれど、いつかルクスは大地の封印から抜け出すでしょうね」
「そんなの……ただの先送りじゃん! あたしのアイテムボックスならルクスは永遠に出てこれないんだよ! お願い、エルサ。ルクスを倒して!」
「嫌よ」
私はキッパリとアスカの願いを拒否した。
今のルクスならアルでなくとも倒すことはできる。あの、背中に刺さったままの龍殺しの剣に目がけて極大魔法を打ち込めばいい。
でも、やらない。してあげない。
「貴方の命と引き換えにルクスを永遠に追放する。それが正しい選択なのでしょうね。人族にとっては」
「ならっ……」
「でも、ダメよ。私たちにとっては正しい選択じゃないもの。アスカと引き換えの未来なんていらないわ」
アスカの艶やかで真っ直ぐな黒髪を撫でる。アスカは今にも泣き出しそうな顔で私を見上げた。
「私達はもう決めたの。皆、そう決意してここにいるの」
何百年、何千年かけて私達と私達の子孫でルクスの復活に備えればいい。アスカの知識と私達の技術を語り継いで、磨き上げていけば、きっとルクスを滅ぼす方法を見つけることだって出来る。
アスカが私達に授けた加護を鍛える方法。『六式』や『多重詠唱』といった技術。それらを広く公開する。
人族の力は劇的に底上げされるでしょう。そして永い時をかけて、その知と技を磨き上げ続ければ、きっとルクスにも届くはず。
それが、最も望ましい選択。
「素直になりなさい、アスカ」
そっと抱きしめる。震える肩を優しく包む。
「貴方一人が背負わなくていいの。私達みんなで背負うべきなのよ」
「でも、でもっ」
「貴方は生きていいの。いいえ、私達が貴方に生きていて欲しいのよ」
「ひっ……ひぐっ……うぅ」
女神も酷いことをするわね。たとえ自身の現身だったとしても、たった一人に世界を背負う覚悟をさせるなんて。アスカは異世界の記憶を持つだけの、普通の女の子なのよ?
「さあ、貴方の騎士に言いなさい。貴方の本当の願いを」
そう言ってアスカの背中を押してあげる。
守護龍達と【接続】している私達のリーダーの方へと。
「くずっ……ア、アル」
ごめんね、アスカ。痛かったよね。苦しかったよね。辛かったよね。
女神の現身だからなんだっていうのよ。貴方は一人の女の子として、生きたいと願い、愛されたい望んでいいの。
「……だ、助けて」
「まかせろ」
アルが龍王ルクスをも超える絶大な魔力と覇気を身に纏う。
「【龍脈の調律者】アルフレッド・ウェイクリングの名において命じる! 守護龍よ、全ての力をミッドガルドの転移陣へ!」
転移陣の極彩色の輝きがさらに強まっていく。
「いくぞ……【封印】」
アルが第七位階闇魔法【呪詛】の一つ【封印】を唱え、転移陣に手をついた。転移陣は惣闇色に染まり、ルクスの身体から溢れ出た碧い魔力光が吸い込まれていく。
――おのれぇぇっ
――許さヌっ
――許さぬゾ人ごとキがぁァっ
ルクスが転移陣の上で身悶え、惣闇色の束縛の鎖がギシギシと軋んだ。魔力波動が荒れ狂う海のように乱れ、龍の言の葉に脳裏を激しく揺さぶられる。
「きゃぁっ」
「うぅっ」
「ぐっ、諦めろルクス! 大地の、底で、大人しくしていろっ!」
――認めヌッ
――我ハ龍の王ッ
――全てヲ支配すルもノ
ルクスが束縛から逃れようと藻掻き、溢れ出る碧い魔力光の嵐のように渦巻く。
「しつ、こいぞ、ルクスッ」
ピキッ
その時だった。転移陣に大きなヒビ割れが走る。
「なっ……」
ルクスの膨大な魔力を吸い込み過ぎて、内圧を抑えきれなくなったかのようにヒビが広がっていく。
――グははハッ
――女神の力ヲ使い過ぎたよウだな
「なに……? はっ、そうか、守護龍の復活か!」
アルが表情に焦りを浮かべ、唇を噛む。
――コの程度の戒め
――我を縛るには足りぬ
パキンッ
「しまっ……!!」
その瞬間、ミッドガルドの転移陣に蜘蛛の巣のようにヒビが走り、惣闇色の鎖が砕け散った。




