第486話 一気呵成
クレア視点です
「アギャァッ」
アル兄さまに咆哮を簡単に防がれたのを見て不利を悟ったのでしょう。ルクスはすぐさま身を翻し、碧い翼を広げて逃げ出しました。
さすがに、この反応は予想外です。傲慢かつ尊大と聞いていた龍王ルクスが、文字通り尻尾を巻いて逃走を図るとは思いませんでした。
「逃がすかよ。『六重励起』」
ですが、アル兄さまに動揺はなかったようです。
「【転移】」
アル兄さまのお姿が消えたかと思うと、龍王ルクスの背の上に現れました。そして、龍王ルクスの背の上で縦横無尽に剣を振るい、翼を次々と断ち切っていきます。
「グギャアァァァッ!!」
旧聖都に耳をつんざくような叫び声が響きました。その声はまるで獣のよう。神と崇められていた存在とは思えません。
「【神威の剣】!」
アル兄さまは龍王ルクスの背に碧く輝く剣を深々と突き立てると、ふわりと飛び上がって宙返りし……
「【剛脚】!」
豪快に蹴り飛ばしました。龍王ルクスは凄まじい勢いで転移陣の上に墜落し、ぴくぴくと痙攣しています。
「【七重・束縛】」
いつの間にか地上に転移したアル兄さまが、片手をかざしてグッと握り締めました。
その瞬間、転移陣の舞台から蛇のようにうねる惣闇色の触手が現れ、龍王ルクスに纏わりつきました。触手が次から次と現れては絡みつき、龍王ルクスを締め付けます。
この魔法は見覚えがありました。そう、エルゼム闘技場に現れた魔王が使っていた闇魔法です。
幻影を操る魔法とのことでしたが……とてもそうは思えません。絡み合った触手は、まるで黒鉄製の頑丈な鎖ように見えます。
それにしても、アル兄さまの力は圧倒的ですわね。『王都クレイトンの神滅戦』では、『龍殺し』全員が半死半生となった薄氷の勝利だったと聞いていたのですが……。
「【全接続】」
アル兄さまが龍脈を通して加護を繋げるという特有スキルを使われたようです。転移陣を取り囲んでいた戦士達が一歩前に進み出ました。
「総員、攻撃開始!」
「おうっ!」
アル兄さまが真紅の聖剣を振り下ろして号令すると、待ち構えていた後衛の戦士達が次々と魔法やスキルを発動しました。
「【ピアッシングアロー】!」
「爆ぜろ―――劫火ノ大剣!」
「【岩槌】!」
「【チャージショット】!」
「【紫電】!」
先駆けは我がオークヴィルの冒険者パーティ『火喰い狼』のダーシャ嬢。続いてA級決闘士のルトガー卿、クレイトン王家親衛隊のジェシー様とビッグス様。最後にアナスタージア王女が追撃を加えます。
「ゥグラァァァッ!!」
何物をも拒むはずの龍鱗を、剛弓が貫き、燃え盛る炎と降り注ぐ雷が焼き焦がし、巨岩が圧し潰しました。龍王ルクスは再び獣のような叫び声を上げています。
続けて近接戦闘の加護を持つ戦士達が龍王ルクスに詰め寄りました。
「っらあぁっ!!」
「ニャニャッ!!」
「【盾撃】!」
『火喰い狼』のデールさんとエマ嬢が龍王の腕を深々と斬り裂き、オークヴィル守護隊長のエドガーさんの突貫で牙がへし折れました。
「【盾撃】!」
「【爪撃】!」
「【牙突】!」
『支える籠手』のサラディンさんが大盾が角を砕き、グレンダさんとジェフさんの追撃で、半ばまで切れていた両腕が断たれました。
「【剛拳】!」
「【魔力撃】!」
さらに拳聖ヘンリー様がもう一本残っていた角を砕き、いつの間にか前衛に加わっていたルトガー卿が後ろ脚を豪快に斬り飛ばしました。
「グギャァァッッ!!」
アル兄さまの闇魔法に縛られて身動き一つも取れず、一方的に攻撃された龍王ルクスはもはや泣き叫ぶことしか出来ないようです。本当に、アル兄さまの【接続】というスキルは凄まじいですわね。
残念ながら、戦士の加護を持たない私はこの繋がりには加われません。代わりに私を護衛してくれていた執事を向かわせます。
「行きなさい、ジオドリック」
「承知しました」
アリス様が強化したという漆黒の短刀を逆手に持ち、ジオドリックが駆けて行きます。
「刻め―――暗殺者の刃」
目にもとまらぬ速さで龍王ルクスに詰め寄ったジオドリックは、惣闇色の魔力光を放つ短刀を振るい、残った片脚を斬り落としました。
あの短刀は元々ジオドリックがアル兄さまに譲ったものだそうです。冥龍ニグラードの祝福を受けて聖武具となったのだとか。凄い切れ味ですわね。
「な、なにが……なにが起こってんの……これ……」
「口寄せした魔物で【接続】の練度も磨き上げたらしいよ。たくさんの人と繋がってもそこそこ強化できるようになったんだってさ。まぁ、アルフレッドにとってのそこそこだけどね」
ローズ様の隣で、アスカさんが唖然としています。
龍王ルクスは翼と四肢を断たれ、牙と角を折られ、鱗を砕かれ、全身が焼け爛れています。もはや満身創痍と言っていいでしょう。私も、まさかここまで一方的な戦いになるとは思っていませんでした。
アル兄さまだけは自信たっぷりでしたけれど……。
――おのれぇぇっ
――人ごときがぁぁっ
龍王ルクスの怨嗟の思念が頭の中に響きました。悍ましいほどの恨みと憎しみの思念に寒気を感じますが……もはや身動き一つ取れない龍王ルクスに恐怖を覚えることはありません。
「無様だな、ルクス」
アル兄さまが聖剣を肩に担ぎ、倒れ伏す龍王ルクスの方へと近寄っていきました。
――何故だぁぁっ
――何故、癒えぬぅぅっ
「お前の背に刺さっている龍殺しの剣を核に【封印】をかけさせてもらった。もともとの『龍の否定』の特性との相乗効果で、お前の再生能力を抑え込んでるのさ」
アル兄さまが龍王ルクスを見下ろしながらそう言いました。
――許さぬ
――許さぬぞぉぉっ
「アルっ! 何をしてるの! 早くトドメをさして!!」
アスカさんがローズ様の腕から降りて、焦った様子で叫びました。
「何をしてくるかわからない! 早く!」
アル兄さまはゆっくりと首を左右に振りました。
「倒したらルクスの力は、また結晶化してしまう。そうしたらまたアイテムボックスに収納するつもりなんだろう? 同じ過ちは犯さないよ、アスカ」
その顔は悔いるような悲しみに満ち、その声は幼子を諭すように優しげでした。
「だって、だって、そうしないとルクスは何度でもーー」
「大丈夫だ。この大地に封じればいい」
そう言ってアル兄さまは、龍王ルクスが這いつくばっている転移陣に手をつきました。
「『八重励起』」
私の加護は【商人】です。戦士の加護を持つ方々とは違って、私には魔力や覇気の多寡は感じ取れません。戦闘の訓練をしたこともないため気配や佇まいで、実力を見極めるといったことも出来ません。
ですが、今のアル兄さまが筆舌尽くしがたい強さを備えているのはわかります。アル兄さまのお姿が、虹色の輝きを放っているのですから。あれはアル兄さまのお身体から溢れ出た魔力の煌めきなのでしょう。
「【龍脈の調律者】アルフレッド・ウェイクリングの名において命じる! 出でよ、守護龍!」
アル兄さまの詠唱に伴い、転移陣が碧色の輝きを放ち始めました。そして、その光は柱のように噴き上がり、六方向に伸びていきます。
「きゃぁっ!?」
次の瞬間、眩い光が世界を満たし、視界一面が碧に染まりました。その光が段々と落ち着いて、おそるおそる目を開くと……
転移陣の周りに六柱の巨大な龍が浮かんでいました。




