第485話 多重励起と多重詠唱
ローズ視点です
アスカだ!
アスカだ! アスカだ! アスカが帰って来た!!
いなくなってしまったあの日と同じ姿で、ミッドガルドの転移陣の上にアスカが現れた。アスカは、突然のことに驚いているみたいで、瞳を瞬かせて唖然としている。
「……バカッ! なんてことすんのよ! どんな、どんな思いで、消えたと思ってるの!!」
でも、すぐに状況を理解したのか、アスカはアルに向かって怒鳴りはじめた。
うん。アスカが怒るのもわかるよ。
自分を消してまで龍王ルクスをイジゲンに封じ込めようとしたんだもんね。なのに、そんな想いを無視して、喚び戻しちゃったんだもんね。
んふふ、でもさアスカ。嬉しさ隠せてないよ?
目を潤ませちゃってさ。愛しのアルに会えて嬉しくてたまらないって、顔してるじゃん。素直に『会えて嬉しい』って言えばいいのに。
「……絶対に君を護り抜くと誓っただろう?」
「でもっ、あたしがっ! あたしが消えなきゃ世界がっ!!」
ミシッ――――
あらら。思っていたより早かったな。
龍の言の葉が聞こえて、空間の裂け目が大きく開いていった。ケトルの注ぎ口から噴き出る蒸気みたいに、その裂け目から碧い魔力光の粒子――神授鉱の欠片が噴き出している。
「あ、あ、あぁ……」
腰が抜けたみたいに、アスカがぺたりと座り込んだ。
でも、ごめんアスカ。そこにいると邪魔だし危ないから、ちょっと場所を移そうか。
「はいはい、向こうに避難しててね、アスカ」
立ち上がれないアスカを横抱きにして、転移陣から離れる。
「ロ、ローズ? なんで、なんで、アルを止めてくれなかったの」
アスカがワタシの胸を叩きながら泣き叫んだ。
ああ、非力だな……アスカは。何度も何度も胸を叩かれてるのに全く痛くない。
加護の恩恵が無くて、ちっとも強くなれなくて。なのに誰よりも頼もしかった女の子。
ワタシ達はアスカに頼りすぎてたんだね。こんなに非力な子に、世界の命運を背負わせちゃってたんだ。
「止めるわけないじゃん」
その間にも、転移陣の中央付近の空中に神授鉱の欠片が集まって結晶化していく。四方八方に枝分かれして巨大化していく六角水晶の塊は、まるで大きな毬栗みたい。
「だって、だって……ルクスが、ルクスがっ!」
「うん。やっぱり復活しちゃうよね」
毬栗はもう私の背丈ほどの大きさになった。孕む魔力は相変わらずとんでもない。ピリピリと肌を突き刺すような敵意が放たれている。
――――愚かなり
――――女神の眷族よ
龍の言の葉が脳裏に響く。
アスカを復活させたから、イジゲンとこの世界の通路が繋がった。アスカ一人を復活させるために、世界を犠牲にしたようなものだもん。
ルクスの言う通りだよ。本当に愚かだ。
一人で抱え込んで勝手に消えていったアスカも。全く気づけなかったワタシ達も。本当に愚かだ。
――――出でよ、竜の王
転移陣の遥か上空に、竜王が忽然と姿を現わす。竜王は、するすると空へと昇っていった毬栗に齧り付き、ごくりと飲み込んだ。
その瞬間、三対六枚の羽を持つ竜王の背中が膨れ上がり、翼が生えていく。そして体皮の色が、灰から青に、青から碧へと変わっていった。
「ルクス……」
腕の中でアスカが小刻みに震えている。
アスカが大量の回復薬を作って、魔石やら精霊石やらをたくさん用意して、万全の体制を整えたうえで、綱渡りの激戦を経て、やっとのことで下した相手だもんね。
何の準備も出来ていないまま戦ったら、勝てるはずがない。そう思っちゃうのも無理はないよ。
「あ、あぁ……」
生えそろった六対十二枚の翼が、燦然と碧い輝きを放ちだす。そして翼を大きく広げ、口腔に碧い魔力光が集まっていく。
ふーん、地上には降りずに、上空からブレス攻撃か。アルの剣を警戒してるんだろうね。
「み、みんな! 逃げてぇ!!」
転移陣のまわりにいる見知った人達に向かってアスカが金切声を上げた。
でも、誰一人としてアスカの声には耳を貸さず、武器を握り締めてルクスを睨みつけている。
「大丈夫だよ、アスカ!」
「大丈夫って、何言ってるの!? アル! 転移で逃げよう!」
アスカを落ち着かせようと、努めて明るく声をかけてみたけど、むしろ焦らせてしまったみたい。
「ワタシ達も何の考えも無しに、アスカを喚んだんじゃないの! あ、そうだ、アスカのアレでさ、アルのステータスを見てみなさい!」
「え、あ、【ステータス】?」
目の前に半透明の石板が現れる。
「【大魔導士】? あ、アルが上級職に……?」
お、すごい! 全ステータスが8100か。やっぱりアルは最強だね!
「勇者シリーズもジョブメニューもなしに、いったいどうやって……。いや、でも、これでも、アイテムなしにルクスに勝てるわけない!」
「だから、大丈夫だって。貴方の騎士を信じなさい!」
海底迷宮の深層にたった一人で乗り込んで、EXランクのとんでもない魔物相手に熟練度稼ぎしちゃうんだから。アスカのためならなんでもやっちゃうのよ? 貴方の騎士は。
「『四重励起』」
ぽつり、とアルがつぶやいた。
アルの魔力が、覇気が、威圧感が膨れ上がる。空からワタシ達を見下ろしている龍の王に匹敵するぐらいに。
「えっ……? 大魔導士に、聖者に、死霊魔術師、精霊弓士……四つの加護が、れ、励起してる……?」
説明セリフありがとう。
あ、ほんとだ。励起している時はこうやって表示されてたんだ?
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アルフレッド
■ステータス
Lv : 99
JOB: 大魔導士・聖者・死霊魔術師・精霊弓士
VIT: 11178
STR: 5670+550
INT: 27540+550
DEF: 10854+550
MND: 27702+550
AGL: 14256+550
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というか凄い数値ね。文字通り桁が違う。
「あ、あは、あはは……」
あ、アスカが壊れた。
わかるよ気持ちは。ワタシも海底迷宮の100階層でアルが戦っているところを見た時は、目を疑ったもん。数字にしてみると、よりびっくりだね。
「【五重・光の大盾】」
転移陣と周りの人達をすっぽりと覆うように、優しい光を放つ巨大な魔力盾がワタシ達の頭上に展開される。第五階梯光魔法【光の盾】の【五重詠唱】だ。
ゴオッ!!
龍王ルクスが咆哮を放つ。強烈な魔力の奔流が、アルが展開した魔力盾に衝突する。
「う……そ……」
アスカが絞り出すように、つぶやいた。
魔力盾はつゆほども揺るがない。ルクスの放った咆哮が、碧い魔力の粒子となって爆発四散していく。
やがて、溜め込んだ魔力を吐き出しきったのか、魔力の奔流は尻すぼみに消えていった。
「噛み喰らえ――――龍殺しの剣」
アルフレッドは鞘から剣を抜き、発動句を唱えた。漂っていた碧い光の残滓が、龍殺しの剣に吸い込まれていく。
「ね、大丈夫って言ったでしょ?」
アスカはぽかんと口を開け、ただ茫然と空を見上げていた。




