第47話 レベルアップ
貴族街に入った俺はまず【索敵】で周囲の様子を窺う。よし、近くにはレッドキャップ共はいないみたいだ。俺は周囲の様子を窺ってから通用口を出て、門のすぐ側にある小屋に入った。
「ここは?」
「ちょっと探し物があってね……あった、これだ」
床に設置されているレバーが俺の探していた物だ。俺はレバーにかけてあった安全装置がわりの鎖を剣で断ち切り、レバーを左から右に動かすとガチャンと音がした。機構が正常に動作したようで、小屋のすぐ近くで何かが崩れるような物音と、地鳴りのような重い響きが聞こえてきた。
「えっ?何をしたの、アル?」
「通用口を通れなくしたんだよ。見ればわかる」
俺たちは小屋を出て、巨大な門の側にある通用口に戻る。破壊されたドアから覗く階段と地下道は、完全に水没していた。
「……なにこれ?」
「地下道の底が陥没して、門の外の掘にたまった水が流れ込む仕掛けなんだ。これで通用口も通れなくなるから、魔物どもも簡単には城下町に行くことは出来なくなる」
「へえ……こんなギミックがあったのね」
「……これで、俺たちの逃げ道も無くなったんだけどな」
「ふふっ。逃げる気なんてないくせに」
いや、可能ならギルバードを助け出して、とっとと逃げたいけどな。
でも、百匹以上はいると言うレッドキャップがここを通って城下町に向かってしまう事だけは避けたい。城下町にも数十体ものレッドキャップが現れたが、おそらくあいつらはこの通用口を通って城壁の外に出たのだろう。
それだけでも少なくない被害者が出ていたのだ。この通り道を放置するわけにはいかない。アスカを巻き込むような形になって申し訳ないけど……。
「そんなのお互い様でしょ?」
そう言ってアスカが笑う。……ふふっ、強いなアスカは。本当は怖いだろうに。
「……そうだな。じゃあ、この場を離れよう。さっきの物音を聞いてレッドキャップ共が押し寄せてくるかもしれない」
「うん! 予定通り、隠れながら各個撃破ね!」
「ああ。貴族街なら、身を隠す場所も、抜け道もよく知ってる。魔物どもを掻きまわしてやろう」
俺たちは領主であるウェイクリング家の屋敷に繋がる目抜き通りを離れて脇道に入った。周囲のあちこちに数体のレッドキャップの小集団が点在している。まずはこいつらを殲滅しないとな。
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その後、俺たちは脇道や路地裏を通りながらレッドキャップの小集団を討伐していった。レッドキャップ達はだいたい4,5体で小集団を組んでいるようで、そのぐらいの数ならさほど手こずることも無く殲滅することが出来た。
【潜入】スキルで路地裏から忍び寄り、奇襲で1,2体を屠る。その後に【剣闘士】のスキルを使って危なげなく2,3体を片付ける。戦闘音を聞いて駆けつけてくる別の小集団が来る前に、再び路地裏に身を隠す。この繰り返しで、もう30体は倒せただろう。
兵士たちから奪い取ったのであろう片手剣や短槍で敵が武装をしていることが多くなったため、こちらも多少の手傷を負う事も多くなった。だが、アスカが薬草や下級回復薬でたちどころに回復してくれるので、問題なく戦えている。
……それにしても気になる事がある。なぜレッドキャップ達は小集団で街を徘徊しているのだろうか。
エドガーによると百を超える数のレッドキャップが現れたのだ。領主であるウェイクリング家の屋敷を襲うなら、集団で襲い掛かった方が良いはずだ。それなのに街中に散らばっているのはなぜなのだろう。
「……言われてみればそうだね。WOTでも、魔人族がなんで攻めて来たのかは説明されてなかった気がする」
「そうか……。最初は領主であるウェイクリング家を狙っているのかと思ったんだけど、ヤツらが街中に散らばっているところを見るとそういう理由でもないみたいだ。何となくだけど……誰かを探しているみたいに見える」
俺が所見を述べると、アスカは頬に手を当てて何かを考えこむように眉をひそめた。
「……もしかしたらギルバードを殺すことが、魔人族の目的なのかもしれない」
「ギルバードを?」
ギルバード一人を殺すためにわざわざこんな真似を? 確かにアイツは、俺が除籍された後にウェイクリング家の跡取りとなったわけだから、この街では重要人物なのは間違いない。だが、魔人族に目をつけられるほどかと言うと、そんな事は無いのではないだろうか。
「この後のストーリを考えると……たぶん。あくまでWOTでの話なんだけど、この戦いでギルバードが死ななかった場合は、ゲーム終盤で【聖騎士】に昇格するのよ」
「【聖騎士】に!?」
【聖騎士】。【剣闘士】と同じく護る事に特化した加護で、【騎士】の上位加護にあたる。ウェイクリング家の歴史の中でも、この加護を授かった者は少ない。
幼少の頃は神童とまで言われていた俺は、【聖騎士】の加護を得ることを期待されていた。残念ながら、期待を盛大に裏切ってしまったのだが。
そして昇格というのも珍しい事だ。ごく稀に与えられた加護を極め、さらに研鑽を続けた者が、上位の加護を与えられることがあるという。もしもギルバードが昇格を果たすと言うなら、何代も【聖騎士】の加護を授かる者が現れていないウェイクリング家にとっても悲願の成就と言える。
「【聖騎士】になったギルバードは、央人族を率いて魔人族に戦いを挑む英雄になるの。条件を満たせば仲間にすることも出来る強キャラだったんだ。人気もあって、よく薄い本の題材にもなってたんだよ!?」
薄い本? よくわからないけど、後に【聖騎士】に成りうる素質のあるギルバードを早いうちに殺そうとしたってことか?
アスカでも無いのになぜそんなことがわかるのかは不思議に思うところではあるけど、もしかしたら魔人族には未来を予知するようなスキルを持つものがいるのかもしれない。聖ルクス教の経典の中にも、神龍ルクスの神託で未来に起こる災害を教えられたって話もあるし、あり得ない話じゃない気がする。
「……だとしたらなおさら殺させるわけにはいかないな」
俺は火喰いの剣の柄を、ギュッと握りしめる。
「WOTでは、貴族街のゴブリンを倒し続けていたらイベントが起こるの。中央にある噴水広場で魔人族と戦うギルバードの助けに入るって流れだった」
「わかった。なら噴水広場に向かいつつ、レッドキャップを掃討しよう」
「オッケー」
俺たちは互いに顔を見合わせて頷き合い、辺りを警戒しながら噴水広場に向かった。
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俺たちは、敵集団を見つけるたびに殲滅しながら、噴水広場に向かう。おそらくチェスターで倒したレッドキャップは5,60匹は超えているんじゃないだろうか。
「おっ、77匹よ。Dランクの魔石がそろそろカンストしそう」
思ったよりも多いな。いつの間にそんなに倒したんだ。最初は2回は攻撃しないと倒せなかったレッドキャップを、いつの間にか一撃で倒せるようになったからかな。数を稼げていることに気づかなかった。
これだけの数のレッドキャップを倒したのだから当然だが、俺はすごい勢いでレベルアップを続けていた。チェスターに着いた時には2だったレベルが、今や8まで上がっている。
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アルフレッド・ウェイクリング
LV : 8
JOB: 剣闘士Lv.3
VIT: 367 (26)
STR: 306 (26)
INT: 224 (26)
DEF: 510 (26)
MND: 193 (26)
AGL: 510 (26)
■スキル
初級短剣術・初級弓術・初級剣術・初級槍術・馬術
夜目・索敵・潜入
鉄壁・シールドバッシュ
挑発Lv.9・投擲Lv.1
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レベルアップによって基礎ステータスが上がったからだろう。修得した【盗賊】と【剣闘士】の補正もあり、ステータスはうなぎ登りだ。
【盗賊】のスキルで敵に気づかれずに接近し、【剣闘士】の力と体力で捻じ伏せる。ひとたび守りに入ったら、高い敏捷値で軽やかに躱しつつ、いざという時には固い防御力で敵の攻撃を防ぎきる。自画自賛だが、普通の【剣闘士】には真似の出来ない立ち回りだ。
しかも、魔力の低い【剣闘士】と違って、修得した【盗賊】のステータス補正を引き継いでいる俺にはそれなりに魔力もある。【鉄壁】や【シールドバッシュ】といったそこそこ魔力を食うスキルを乱発したのに、まだ余裕が残っているのだ。
【盗賊】は敏捷値以外は全てのステータスが平均的に伸びる。器用貧乏と言われてしまう所以でもあるのだが、魔力と精神力は【剣闘士】や【喧嘩屋】の実に二倍はある。
【剣闘士】の欠点である動きの遅さと魔力の低さを、上手いこと【盗賊】の特性が補っている。これだけの力があれば、例え魔人族が相手でも、十分に戦えるんじゃないか?
「ムリ。作戦通り、物理攻撃はひたすら回避に専念。魔法が来たら【鉄壁】でガードよ。まともに戦ったら、即やられるよ」
……はい。いかんな、俺は。すぐ調子づいて油断してしまう。アスカが何度も何度も言っていたじゃないか。今回の相手は、はるかに格上だと。守りに専念しないと、瞬殺されてしまうと。
今回の作戦は、余計な手出しをせずに前衛としてアスカを守り、魔人族の注意を引き続けて時間を稼ぐこと。そしてアスカは、回復役として湯水のように下級回復役を使って俺を支援すること。これ以外の行動は、するべからずだ。
「アル、静かに……。あそこを見て」
目を向けると、噴水広場に面した瀟洒な建物の前で、鎧姿の青年が真っ暗な夜空を睨みつけていた。ダークブロンドの髪に、グレーの瞳。白銀の剣と全身鎧。そして、どことなく俺と似た顔をした男。ギルバード・ウェイクリングだ。
ギルバードは……どこを見てるんだ? 俺はギルバードの目線に沿って空を見上げる。
ギルバードがいる場所から噴水を挟んだ向かい側にある建物の屋根の上に、そいつはいた。灰色のローブを身に纏った、少し痩せぎすな褐色肌の男だった。
なんとか、今夜のメインイベントに間に合ったみたいだ。




