第484話 女神の帰還
ユーゴー視点です
神滅戦の前にアスカから打ち明けられた。
ルクスを亜空間に閉じ込めて、自身の命と引き換えにこの世界から追放する。アルフレッドや他の皆には秘密にして欲しい。エースとともにアルフレッドを支えて欲しい……と。
私は受け入れてしまった。
世界が救われるのなら。アルフレッドが生き続けられるなら。アルフレッドと共に生きられるのなら。アスカの犠牲は止むを得ない……と。
だが、アルフレッドは受け入れなかった。
アスカの死を。アスカの犠牲の上に築かれる未来を。アスカを護れなかった自分を。
そして、たった一人であの悪夢のような迷宮の深層を踏破した。自身の願いを叶えるためだけに。蜘蛛の糸のように細く微かな希望を手繰り寄せた。
私は、今度こそ間違えない。
アルフレッドのためにとアスカの犠牲を受け入れた。だが、その選択は誤りだった。
アルフレッドにとってアスカは全てだったのだ。世界と天秤に掛けてでも、自身の命を賭けてでも、守りたい存在だったのだ。
アルフレッドはアスカがいないと生きられない。私はアルフレッドの命ではなく、アルフレッドの願いにこそ寄り添うべきだったのだ。
アルフレッドは、己の全てを賭けてアスカを取り戻す。私はこの身を賭してでも、アルフレッドの願いを支え、守ろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
これから『創生』の儀式を執り行う。アルフレッドの特有スキルで、女神に創られた存在であるアスカを再び創る。
『死者蘇生』とはまた違うらしい。アルフレッドといえども、死んでしまった者を蘇らせることは出来ない。死んでしまった者を、創ることも出来ないそうだ。
だが、アスカだけは事情が異なる。
アスカは自らの意思で神授鉱の粒子となり、星へと還った。これは死者を悼む比喩表現ではない。
この星は女神曰く、昏い空を漂う土塊。神授鉱の塊だ。女神の分身として創られたアスカは、神授鉱で創られていた。
神授鉱の粒子へと自らを解いたアスカは、文字通り星へと還ったのだ。そして、アスカの魂とでも言うべきものもまた、この星を流れる龍脈に溶け込んでいった。
だから【龍脈の調律者】であるアルフレッドなら、アスカを蘇らせることが出来る。正確には、再構成することが出来るのだ。
「みんな。俺のわがままに付き合ってくれてありがとう」
アルフレッドが転移陣の上に立ち、皆に語りかける。
今日、この場には世界中からアスカの知人や友人たちが集まっている。皆、少なからずアスカとアルフレッドに恩があり、呼びかけに快く応じてくれたそうだ。
「昨日の夜に話した通り、これから皆と【接続】する。アスカのことを想い描いて、戻ってこいと呼び掛けてくれ。皆の想いが龍脈の奥深くまで届けば、アスカを喚び出すことが出来るはずだ」
アスカは自身もろとも龍王ルクスを大地に封印した。アルフレッドのスキルで皆の想いを龍脈に繋げれば、封印から抜け出せる……と皆には伝えている。
女神の存在や神授鉱、女神の分身、アスカの【アイテムボックス】で繋がった異次元……なんてことを説明しても理解してはもらえないからだ。
皆、アルフレッドとの【接続】は体験済み。皆がアスカの姿を想い描き、その思いが【接続】を通してアルフレッドに繋がれば……アスカの【創生】は成る。
「皆、位置についてくれ」
アルフレッドが促すと、皆が転移陣を囲むように等間隔に散らばった。
『龍殺し』のメンバーもそれぞれ所定の位置に着く。アルフレッドは転移陣の南東に。アリスは北東、エルサは北西、ジェシカは南西、ローズは南、そして私は北に。
それぞれクレイトンの転移陣、ガリシアの転移陣、エウレカの転移陣、サローナの転移陣、海底迷宮の転移陣、シルヴィアの転移陣の方角だ。
「じゃあ、始めるぞ。エルサ」
エルサがこくりと頷き、天龍の短杖を掲げた。
「ミッドガルドの転移陣、『起動』!」
エルサの詠唱とともに、転移陣が淡く輝き始める。
ミッドガルドとはかつて神龍ルクスを封印した時代の、この地の名称だそうだ。エルサが旧魔法都市エウレカの選帝侯家跡地から掘り起こした文献に記されていたらしい。
「天龍サンクタス! 其の聖なる御力を転移陣に!」
エルサが高く掲げた短杖が強い白光を放ち、転移陣が輝きを強めた。
「冥龍ニグラード! 力を貸すの!」
続けてジェシカが右手にはめた漆黒の指輪をかざす。冥龍の指輪が惣闇色の魔力光を放ち、それに応じて転移陣の輝きが薄昏い光へと変化する。
「地龍ラピス! お願いなのです!」
「水龍インベル! 出番よ!」
アリスが地龍の手甲を、ローズが水龍の大杖を頭上に掲げ、守護龍に助力を乞う。
今度は私の番だ。左前半身に構えた風龍の大槍に魔力を込め、シルヴィアの転移陣に座しているであろう守護龍に呼びかける。
「応えろ! 風龍ヴェントス!」
大槍が翡翠の魔力光を放ち、魔力が大槍を通して転移陣に注がれていく。
「火龍イグニス! 我に力を!」
アルフレッドが龍殺しの剣ではなく、緋色に輝く片手剣を地に突き刺して声を張り上げる。火龍の聖剣もまた紅く輝きを放ち、緋色の光が転移陣へと繋がる。
全ての聖武具から注がれる魔力光が集い、転移陣は虹色に煌めいた。
「【龍脈の調律者】アルフレッド・ウェイクリングの名において命じる! 守護龍よ、全ての力をミッドガルドの転移陣へ!」
転移陣の輝きがさらに強まった。燦然と輝く虹色の魔力光の洪水が、太陽の光すらも押し返している。
「【全接続】!」
刹那、暖かく強大な力に包まれ、全員が繋がった。
全ての想いが一つに。一つの想いが全てに。
『アスカさん!』
『アスカお姉さま!』
『嬢ちゃん!』
『アスカっ!』
全員の呼びかけが龍脈を通して深く深く星を巡る。
「【創生】」
アルフレッドの静かな声が響く。
虹色に輝く激しい光の氾濫が収束していき、世界が色を取り戻していく。
眩しさでぼやけた視界が少しずつ元に戻っていき、同時に懐かしい気配を察知する。
その気配は、転移陣の中心にあった。
「……あれ?」
そこにいたのは、白いローブを纏った少女。
ぱっちりとした勝気そうなアンバーの瞳の少女。
肩まで伸びた艶やかな黒髪の少女。
「ここは……え、どこ?」
少女は辺りをきょろきょろと見回しながらつぶやいた。
「おかえり、アスカ」
アルフレッドの声に、はっと顔を上げる。
わなわなと唇を震わせる。
アンバーの瞳が潤んでいく。
皆が固唾をのんで二人を見守っている。
「なん……で……」
「星に願ったんだ。もう一度、会いたいって」
アルフレッドが柔らかな微笑を浮かべ、優しい声音でゆっくりと答える。
「……バカッ!! なんてことすんのよ!!!」
今にも泣きだしそうな顔で、アスカが叫ぶ。
「どんな、どんな思いで、消えたと思ってるの!!」
それでいて、歓喜を無理やり抑え込んでいるような顔で、アスカが叫ぶ。
「……絶対に君を護り抜くと誓っただろう?」
アルフレッドが静かに、子を諭すようにアスカに語りかける。
「でもっ、あたしがっ! あたしが消えなきゃ世界がっ!!」
ミシッ――――
その時だった。
アスカの頭上の、何もないはずの空間にヒビが入った。
――――もう遅い
頭の中に声が響く。
魔素を通して届かせる声……龍の言の葉が。




