第483話 集う縁者
アリス目線です
天翔ける一角獣。
綺羅と白銀の輝きを放つ魔力光を纏い、半透明の翼を広げて大空を駆ける幻想的な姿は優雅にして美麗。
隙を見せるとお股に顔を突っ込んでくる下品なクセさえなければ完璧な幻獣なのですけど……うーん、でもあの悪癖こそがエースという気もするのです。
「あの広場に降りてくれ」
「ヒヒンッ!」
宙を蹴り、大きな螺旋を描くようにエースはゆっくりと地表に近づいていきます。オークヴィルの中央広場にいた人達が、アリス達に気付いて歓声と拍手で迎えてくれました。
「あれがウワサの……!」
「ってことは、乗ってるのは『傀儡使い』のアリス様!?」
「きゃぁーっ!! アルフレッド様よ!!」
「おおっ、白天馬に跨がる万能の戦士……詩の通りじゃないか」
この1年でアリス達は有名になり過ぎて、こうして騒がれてしまうことも多くなってたのです。徒歩で訪れれば騒がれることもなかったのでしょうが、今日はアルさんと一緒にエースに乗っているのでとても目立ってしまったのです。
「アリスさま、かわいーーっ!」
「きゃーっ、手を振ってくださったわよ!」
手綱を握っているアルさんの代わりに手を振ったら、さらに歓声が膨れ上がったのです。は、恥ずかしいのです……。
でもガリシア氏族とウェイクリング王家は懇意だと印象付けるようにと父上から言われていますし……これもアリスの役目なのです。目立つのは苦手だけどガマンなのです。
「お疲れ、エース。アリス?」
「ありがとうなのです」
先にエースから降りたアルさんがそっと手を差し伸べてくれたので、手を借りて鞍から降ります。こういうことを卒なくこなすあたりが、やっぱりアルさんなのです。
「アル兄さま!!」
広場に鈴を転がすような声が響くと、代官所から二人の女性が飛び出してきました。アリンガム伯爵令嬢のクレア様と専属秘書のセシリー嬢なのです。アルさんは胸に飛び込んできたクレア様を優しく抱き止めました。
「久しぶり、クレア。すまない、心配をかけてしまったな」
クレア様はアルさんの腕の中で小さく首を振ると、潤んだ瞳でアルさんを見上げました。うむむ……あざと可愛いのです。
アルさんは柔らかな微笑みを浮かべてクレア様の背中をぽんぽんとたたき、プラチナブロンドの髪を優しく撫でています。
あんな風に優しく抱きしめて髪を撫でもらえるなんてて……うらやま……い、いえ、そう、アスカという恋人がいるというのにアルさんは不埒なのです!
「セシリーさんも、すみませんでした」
「いいえ、アルさんがご無事でいてくれただけで……本当に良かったです」
セシリー嬢も瞳を潤ませています。むう……やっぱりアルさんは罪深いのです。
「クレア様、場所を移しましょう。少々、目立ちすぎですわ」
「え、あ、そうね。アル兄さま、どうぞこちらへ」
オークヴィルの民の生暖かい視線を一身に集めていることに気付いてクレア様は顔を紅く染め、慌ててアリス達を代官所へと誘いました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「セシリーーッッ!!! 元気にしてたか!?」
「ちょっ、ちょっと父さま! 恥ずかしいです!」
「あら、あなた少し痩せた? ああ、なるほど。これがジェイニー&タバサの新商品、体型を補正する下着ね。セシリィ&アスキィの幻影シリーズだったかしら」
「ちょっ、ちょっと母さま!? 別の意味で恥ずかしいです!」
オークヴィルでの再会から10日後、場所は変わってルクセリオ跡地なのです。
セシリー嬢は頬に刀傷が走る大柄な男性に抱きすくめられて撫で回され、ブロンドの美しい猫獣人から商品鑑定をするような目で全身を舐めるように見られています。
あのお二人がセシリー嬢のご両親の『拳聖』と王都クレイトンの商人ギルド長さんなのですね。男性の方は神滅戦の時に見かけた気がするのです。
「お久しぶりです、ヘンリーさん、シンシアさん」
「これは、アリンガム伯爵令嬢。いつも娘が世話になっとります」
「お久しぶりでございます、クレアお嬢様。ご機嫌麗しゅう」
ここルクセリ跡地に、アスカのことを知る人達が続々と集まってきました。アルさんやエルサが世界を飛び回って呼び寄せているのです。
「やあ、貴方がボビー準男爵か。麦の融通を利かせてくれたと聞いているよ」
「おお、では貴方がガリシア族長で? お初にお目にかかります。こちらこそ、流通が滞っていたスクロールや魔道具を仕入れられて助かっております」
父上と話をしているのはクレイトンで食料品を取り扱う商会を営むボビー・スタントン準男爵なのです。アスカとは闘技場でのギャンブル仲間なのだとか。
他にも、隊商隊長のマルコさん、傭兵団『支える籠手』の団長サラディンさん、その部下数名の方もクレイトンから駆けつけてくれました。
「エドマンドさん、久しぶりに模擬戦お願いします!」
「ああ、構わないよ。先の神滅戦で力を貸してくれた礼をしたかったんだ。いくらでも付き合うよ」
冒険者パーティ『リーフハウス』のダミー、メルヒ、クラーラの3人も、鉱山町ランメルからアリスが連れて来たのです。拳聖ヘンリーさんと一緒に来てくれた王家親衛隊のエドマンド隊長を捕まえて、稽古をつけてくれるようせがんでいます。ビッグスさん、ウェッジさん、ジェシーさんの3人も応じてくれるみたいなのです。
「隊長殿、その前に鎧を脱いでいきな。傷だらけじゃねえか。整備しといてやるよ」
「おお、これはヘルマン殿。ありがたい。クレイトンの鍛冶師達は復興作業に就いてもらっていてね。武具の整備を頼めなかったんだ」
オークヴィルで武具店を営むヘルマンさん一家も、クレア様と一緒に来てくれました。奥様のマーゴさんと娘さんのジェシーさんは、アスカに多大な恩があるそうなのです。
「アルフレッド、せっかくだ。相手してくれよ!」
「悪い、ルトガー。いろいろと準備があるんだ。全部終わったら、いくらでも相手するからさ」
「『重剣』の。模擬戦なら私が相手をしよう」
「おお! 『怒れる女狼』が相手してくれんのか!?」
「ゼノ、貴様もどうだ?」
「やってやろうじゃねえか……と言いたいところだが、俺は止めとくぜ。とてもじゃねえが、今のお前さんの相手は務められそうにねぇ」
A級決闘士のルトガーさんは、ユーゴーと模擬戦をするみたいなのです。レグラム王国から来てくれた傭兵団『荒野の旅団』の団長のゼノ・レグラム殿下は、肩を竦めて辞退しました。
「俺も混ぜてもらっていいか? 腕試しをさせてもらいたい」
「やめといた方が良いニャ。力の差は歴然ニャ」
「いいんじゃない? 英雄に相手してもらえる機会だもの。ユーゴーさんも手加減はしてくれるでしょうし」
「おいおい! 少しは期待してくれてもいいだろ?」
オークヴィルの冒険者パーティ『火喰い狼』のデールさんもユーゴーに挑むみたいなのです。ユーゴーを相手にして、大けがしてしまわないか心配です。
そろそろエルサがジブラルタ王都マルフィから、アナスタージア女王とローズを連れて来てくれるはずなのです。ローズなら死なない限りは治癒してくれるので、やるならローズが来てからにした方がいいと思うのですが……。
さて。せっかくなのでアリスも身体を動かしておきたいところなのですが、そうも言ってられないのです。
ランメルから来てもらった【教授】の加護を持つ魔人さんと、【祈り子】のマイヤさんが入念な最終確認をしてくれています。そろそろアリスとアルさんも、準備に入らなければなりません。
明日の儀式は、絶対に失敗できないのですから。




