第482話 星降る夜に
ジェシカ視点です。
「ロッシュの最期の顔を、思い出したんだ」
満天の夜空の下、建造した転移陣の傍らで、皆で焚火を囲んでいる。アルフレッドはパチパチと音を立てる焚火に薪をくべながら、そう言った。
「パパのことを……? 何を思い出したの?」
『神龍の火』で焼き尽くされた都市の残骸は生き残った民に解体され、アリスの錬金術で転移陣の礎へと姿を変えた。周囲には、朽ちた建造物の基礎や街路の跡しか残っていない。
もし、この地を訪れる旅人がいたとしたら、1年と少し前まで『世界の中心』と謳われた宗教国家の中心都市がここにあったとは思いもしないだろう。
「大尖塔の魔法陣に地龍の戦槌を捧げて、ロッシュは崩れていった。あの時、ロッシュは……微笑っていた」
「……ジェシカにも、そう見えたの」
「あの時のロッシュの顔は、地龍の洞窟で死んでいった時と同じ顔をしていた」
アルフレッドは焚火に向けていた目を、ゆっくりとジェシカの方へと向ける。
「【冥王の喚び声】で喚び出された不死者は、術者である【死霊魔術師】の命に従う意思を持たない傀儡となる。あんな風に、微笑むことなんてないはずなんだ」
確かにそうだ。アザゼルが不死者として呼び出したフラムやパパと言葉を交わすことは出来なかった。魔法の詠唱は出来るのに、意思疎通は出来なかった。
それなのに、あの時のパパは、確かに微笑んでいた。
「エルゼム闘技場で初めてアザゼルとやりあった時も、アストゥリア帝国の地下墓所で戦った時も、不死者から何らかの意思を感じたことなんて無かった。でも、あの時のロッシュからは確かな意思が感じられた。今思えば……魔人族……いや、ジェシカの未来に希望を見出して、最期に微笑ったんだろうな」
「パパ……」
「キャロルを害し、アリスやユーゴーの運命を狂わせたことを許すことは出来ない。だけど……娘を、魔人族を生かすために必死だったってことは理解している」
「……ありがとう、なの」
「いや……ジェシカも父親を殺した俺のことを……受け入れてくれている。生き残った俺達は、互いに支えあって……いかないとな」
ジェシカ達は酷いことをしてきた。アリスやユーゴー、エルサにだけじゃない。ギルバードやマーカス王子にも。それ以外のたくさんの人達を巻き込んだ。
守護龍の祝福を得られる可能性がある勇者の血を引く人達に、ジェシカ達は様々な工作を仕掛けてきた。たくさんの不幸と悲劇を振り撒いた。
それなのに、皆はジェシカ達を受け入れてくれている。アリスの一族は村ごと魔人族を受け入れて、他の人族と同様に扱ってくれている。
アルフレッドはパパの仇。でも、アザゼルの悲願を叶えて、魔人族の汚名を雪いでくれた恩人。そのアルフレッドも、ジェシカ達を受け入れてくれるなら……。
ねえ、アルフレッド。ジェシカは幸せになっていいのかな……。ジェシカ達は、許されてもいいのかな……。
エルサがジェシカの髪をそっと撫でてくれた。ふふ、くすぐったいよ、エルサ。
「話が逸れたな。不死者となったロッシュは、確かに意思を持って行動していた。そこまでは良いか?」
「ええ」
「なぜ、傀儡として喚び起こされたはずの不死者が、生前の意思を持っていたのか。術者であるアザゼルの技量が成したことなのかもしれないけど、それだけじゃないと思うんだ」
アルフレッドがまたジェシカの目を覗いた。
「なあ、ジェシカ。アザゼルとロッシュはさ、親友とも呼べる間柄だったんじゃないか?」
「うん……パパはアザゼルのことを尊敬していたし、アザゼルもパパのことを信頼していたの。立場の違いはあったけど、二人の絆は他の魔人と比べても深かったと思うの」
「そう、だろうな。ロッシュは、アザゼルに願いを託す言葉を遺して死んでいった。深く信頼していたのだろうし、アザゼルもそうだったのだろう。だからこそ、その『想い』が闇魔法【冥王の喚び声】を通して顕われたんだと思うんだ」
一頻り、皆が沈黙する。
次に口を開いたのはエルサだった。
「……アルの特有スキル【創生】も『想い』が影響する。そういうことかしら?」
「さすが察しがいいな」
アルフレッドは、その通りだと言うように首を縦に振る。
「俺の【龍脈の調律者】のスキル【創生】は、龍脈に記録されている全ての生物を、膨大な魔力と引き換えに創造することが出来る。おそらく、アスカの世界の物語『WOT』に記された生物なら何でも」
まさに奇跡とも言えるスキル。さすがは女神の使徒なの。
「小鬼でも、豚鬼でも、竜でも、創ることが出来る。守護龍だって蘇らせることが出来たしな」
「本当に、信じがたいスキルね……」
「すごいのです!」
「さすがアルね!!」
エルサが深く溜息をつき、アリスとローズは手放しで称賛した。
「まあ、龍は不滅の存在らしいし、龍脈や六角水晶の塊に意思が遺っていた。だから、復活を早めただけなんだろうけどな」
アルフレッドはそう言って肩をすくめた。
「魔物の場合は、何の経験も積んでいない個体が生まれる。識者の片眼鏡で確認したらレベル1だったよ。何の記憶も知能も持たず、本能に支配される存在。生み出した途端に、襲い掛かって来たから止む無く倒すしかなかった」
「そうか……そうなるのか」
「人族の創造は試していない。おそらく、人形同然の存在を創ることしか出来ないと思う」
「それは……試せないわね」
命の創造。不死者を生む魔法よりも、さらに禁忌に触れるスキルかもしれない。アルフレッドが試さなかったのも頷ける。
「俺が取り戻したいのはアスカだ。アスカの形をした人形じゃない」
「……なるほどなの。だから『想い』なの」
「どういうこと?」
ローズが腕組みをしつつ首をかしげる。
「【冥王の喚び声】のように【創生】も術者であるアルさんの想いが宿るということなのです?」
「ああ。それに俺には【接続】もあるだろ?」
「そうか……私達全員と繋がって、皆が正しくアスカを想うことが出来れば……」
「……それに、アスカは女神の分身だ。おそらく【龍脈の調律者】の加護を通して、この星と深く【接続】れば、アスカの残滓を拾うことができると思う」
アルフレッドはゆっくりと視線を巡らせ、皆と目を合わせた。
「だけど、それだけじゃ足りない。皆の想いが必要なんだ。想いを繋げて星に願えば……きっとアスカを取り戻すことが出来る。皆、力を貸してくれ」
皆が深く頷いた。
パキンッと薪が弾ける音が、星降る夜空に響く。火の粉がゆらゆらと舞い、消えていった。




