第481話 創生
エルサ視点です
『アルフレッドの強さは常軌を逸している』
そう評したユーゴーの表現は大袈裟ではなかった。
『ほんっとにスゴイの! すっごくスゴイのよ!』
などと幼子のような発言をしたローズを笑うことは出来ない。
私も似たような感想しか浮かんでこないのだから。
ルクセリオでの下準備を終え、海底迷宮の最奥を訪れたところ、アルと6人の竜人達が激闘を繰り広げていた。
闘いの次元が違いすぎるて『激闘』と表現したけれど、当のアルにとっては取るに足らない訓練に過ぎないのだろう。それほどまでに、アルの戦いぶりには余裕があった。
一斉に襲い掛かる前衛3人の攻撃と、その背後から飛来する魔法を躱しつつ、時おり剣の一突きで前衛の1人を戦闘不能に追い込む。ゆらりゆらりと舞うような体捌きは、まるで穏やかな小川を悠々と泳ぐ魚を思わせる。かと思うと一瞬で加速し、凄まじい迅さで裏を掻く。
私は幼い頃から細剣術の修練を積み重ねてきた。魔法使いではあるけれど、相応の技を身につけている自負がある。
事実、私の細剣は決闘士舞踏会でも十分に通用していた。身体レベルが90を超えた今となっては、世間で一流と呼ばれる剣士相手でも子供扱いできるほどだ。
その私の目をもってしても、アルの動きが追いきれない。離れた場所から戦場を俯瞰しているというのにだ。近くにいる竜人達には、不意に目の前から姿を消すようにしか見えないだろう。
それでも第一線の魔法使いとして、わかることもある。アルフレッドは絶えず複数の魔法とスキルを発動し続けているのだ。
鉄壁、瞬身、暗歩、隠遁、退魔、気合、内丹、心眼、看破、風装、魔装、吸魔……といったところか。
幾つもの魔法とスキルを多重発動して身体能力を強化。緩急をつけた動きで竜人達を翻弄し、剣と拳、槍と魔法を躱し続ける。
「女神の使徒……か。凄まじいわね」
央人が振るう片手剣の一閃が空を切り、神人が放った【岩弾】が弾かれたかと思うと、次の瞬間には獣人の片腕が手槍ごと宙を舞った。
四肢のいずれかを切り飛ばすか体幹に大穴を開けて、前衛の一人を戦線離脱させる。海人がその重症を癒すと、次の竜人に瀕死の重傷を負わせる。それを延々と繰り返している。
この一撃必殺の刺突――おそらくは【龍騎士】のスキル――の熟練度稼ぎをしているのだろう。
竜人は決して弱くない。かつての勇者を模して創られ、竜の因子で強化された階層主。アルを除くメンバー全員で、2人までなら何とか相手取れるといったところだろうか。
そんな怪物を相手に、アスカ式ブートキャンプをするアルが異常なのだ。もはやアルの強さは人の域を超えていると言っていい。
「ん……ようやく終わりみたいね」
戦線離脱した央人に駆け寄った海人の首を、アルが一撃で斬り飛ばした。
海底迷宮の虚ろな魔物を創り出していた水龍インベルの魔晶石は、既に解放しているらしい。よって彼らは一度倒してしまうと、二度と再出現しない。
回復役の海人を倒してしまったら、傷を負った竜人達は戦線復帰出来ない。そして二度と復活もしない。
つまり、熟練度稼ぎが終わったということ。アルの全ての加護が修得に至ったということだ。
アルが竜人を次々と斬り伏せていく。そして天高く飛び上がると、空中に静止した。
「……魔法障壁の上に立っているの? もはや何でもありね」
【光の盾】?の上に立ったアルの魔力が昂ぶる。強烈な魔力波動に肌が粟立ち、背筋を冷たい汗が這うように流れた。
「【贖罪の浄火】」
アルの頭上に巨大な炎塊が出現する。翡翠の極光の帯と無数の星が瞬く夜空から、燦然と輝く恒星がゆっくりと舞台へと降りていく。
次の瞬間、視界は一面の炎に埋め尽くされた。
「ちょっと、やり過ぎじゃない?」
目の前に金色の魔法障壁が生じ、渦巻く炎と熱波を防いでいた。いつの間にか私のすぐ隣に立っていたアルが展開してくれたのだ。
「加減がわからなくてさ。ここなら壊しても構わないからやってみた。こりゃあ、外で多重魔法を使うのは控えた方がよさそうだな」
「『神龍の火』と同じか、それ以上の威力がありそうよ。都市を滅ぼしたいとき以外は使わない方がいいわね」
そう返すとアルは苦笑した。
「久しぶりだな。エルサ」
「ええ、元気そうで何よりね。アル」
竜人と闘う様はまるで鬼神のようだったから、以前と変わらない彼の様子にほっとする。
「まさか、こんなところまで来てくれるとは思わなかったよ。あと数日もすれば、そっちに行くってユーゴーに言っておいたんだけど」
「一度、今の貴方の実力を見たいと思ってね」
「そっか。どうだった?」
「予想を遥かに超えていたわ。これなら安心ね」
「そうだな。ようやくだ」
そう言って、アルは柔らかい笑みを浮かべる。
「そっちの準備は?」
「こちらも万全よ」
「ありがとう。じゃあ行こうか」
そう言ってアルが右手を差し出した。その手にそっと手を重ねると一瞬で目の前の風景が切り替わる。私達は海底迷宮からルクセリオに転移した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おお……見事だな」
ルクセリオの大尖塔の跡地には、正方形の舞台が築かれている。世界各地の転移陣のおおよそ二倍程度の大きさで、転移陣と同じく真っ白な石材が隙間なく敷き詰められている。『神龍の火』で破壊された聖都ルクセリオの瓦礫を、アリスが再構成した石材だ。
その舞台の上には、いくつもの円と直線、古代エルフ文字で魔法陣が描かれている。ランメルから来てもらった魔人族の【学者】と、オークヴィルから来てもらった【祈り子】のマイヤさんの協力で先日ようやく完成したのだ。
「星と人を繋ぐ道標。女神の御坐へと至る転移陣よ」
「……詩人だな」
「私じゃないわよ。アザゼル……勇者エドワウが遺した古文書にそう書いてあったの。意外とロマンチストだったのかしらね」
ついさっきアルが容赦なく首を斬り飛ばした魔人族に似た竜人。あれは勇者エドワウを模していたはず。
銀髪を短く整えた褐色肌の美しい青年は、陰鬱な 昏い瞳をした男とは似ても似つかなかった。自ら不死者と化してまで生き続けた数千年の時が、あの男を歪めたのだろうか。
あの男のことを許すことは出来ない。それでも……精神を歪めてしまうほどの永い時を生き、人族を守った事実は認めないでもない。
あの男の願いはアスカがその命をもって叶えた。あの昏い瞳も少しは晴れただろうか。
「感じる……。この転移陣は深く龍脈と結びついている。この星に脈々と息づく命の流れだ」
「【龍脈の調律者】の能力か……想った通りの加護を得られたのよね?」
アルの想像通り、いえ、アル願いの通りに。【森番】の最上位加護である【龍脈の調律者】はアルの切望を反映していた。
アルが願ったのは、女神と接触する加護とスキルを得ること。女神、すなわち、この星そのものと繋がること。
アスカは龍王ルクスから『女神の現身』と呼ばれていた。この星の龍脈――女神の脈動と繋がる加護を得ることは、すなわちアスカと繋がることを意味する。
「特有スキルの方も?」
【転移陣の守護者】が【龍脈の調律者】に昇格するとともに、アルは自身の願いを叶える新たなスキルを得た。
「ああ。【創生】も修得済みだよ」
女神に創られたアスカを、再び創る特有スキルを。




