第479話 大鐘楼の跡地にて
アリス視点です
ほんっとうにアルさんには困ったものなのです。
9か月も行方をくらまし、ユーゴーたちが海底迷宮の底の底でようやく見つけ出したかと思ったら、しれっとした顔で『アスカを取り戻す。協力して欲しい』なんて宣ったのです。
もちろん、アスカとアルさんのためならアリス達は協力を惜しまないのです。
でも、アリス達がどれだけ心配したと思ってるのですか。ユーゴーなんて文字通り世界中を飛び回ってアルさんを探していたのです。アリスもジェシカも、エルサも、ローズも、それぞれの国に散ってはいたけれど、ずっとずっと心配していたのです。
それなのに、上位加護を全て手に入れたとか、【転移陣の守護者】が昇格したとか、呑気にしかも誇らしげに言っていたそうなのです。
ほんっっとうにアルさんには困ったものなのです。
詳しく話を聞いたところ、アルさんが黙って姿を消したのは、アリス達を慮ってのことだったそうです。
ルクスとの戦いが終わり、アスカが消えてしまった後。王城に用意された部屋に閉じこもっていた時に、アルさんはいつの間にか自分が聖騎士・大魔道士・聖者・忍者の加護を手に入れていることに気づきました。
アルさんは、それが【転移陣の守護者】のスキル【接続】によるものだと直感的にわかったそうです。ルクスの最後のブレスを弾き返した時、無意識に仲間全員と深く接続し、仲間の加護と自身の持つ加護を結びつけ、昇格させたのだろうと。
『勇者の武具』が無ければ手に入らないと思い込んでいた上位加護を身に着けることが出来た。それはアルさんにとある希望を抱かせました。
全ての上位加護を身に着けられれば、新たに特有スキルを得られるのではないかと。
アルさんの特有スキルである【転移】と【接続】は、【森番】の加護の昇格によって得られました。【転移】は【森番】の加護が【転移陣の守番】に変化したときに、【接続】は【転移陣の守番】が【転移陣の守護者】に昇格したときにもたらされたものです。
そして昇格は、8種の下位加護と、同じく8種の中位加護を習得した時に起こりました。ならば、8種の上位加護を手にすることが出来れば、さらなる昇格も叶うだろう。新たな特有スキルも入手できるに違いない。そう考えたのです。
それまでに得た特有スキルは、アルさん自身が必要としていた能力でした。【転移】は聖都ルクセリオの大鐘楼でアザゼルの転移の罠にかかり、仲間がバラバラにされて各個撃破され、龍王ルクスの極大魔法によって全滅の危機に面した直後に習得しました。そして、【接続】は龍王ルクスに王都クレイトンを除く世界中の都市が滅ぼされ、圧倒的な戦力差を見せつけられた直後に得られたのです。
【転移】は差し迫った危機からの緊急離脱のため。【接続】は上位の加護を得られなかったアルさんが、仲間と共に強大な敵に立ち向かうために。どちらも、その時にアルさんが直面した危機や難題を乗り越えるためのスキルが得られたのです。
森番の加護は昇格とともに、アルさんが無意識に切望しているスキルを与えてくれる。もし、それが正解なら、今アルさんが切望しているのは……当然『アスカを取り戻す』ことです。
アルさんは悩んだ末に、アリス達には何も告げずに独りで旅立つことを決意しました。何の当てもない旅にアリス達を付き合わせることは出来ない、そう思ったからだそうです。
本当に【接続】で上位加護を得ることが出来るかわからない。仲間以外の人と【接続】が出来るか試したこともない。そもそも上位加護を持つ人の当てもない。
それに、アリス達はそれぞれ各国の王族や有力貴族、有力氏族の関係者。ルクスがもたらした災厄が去った後は、各地に戻って復興に尽くさなければならないはず。
そんな皆を自分の我が儘に付き合わせるわけにはいかない。上位加護を身に着けられるかもわからなければ、願いを叶える特有スキルを得られるかもわからないのだから。
さらに、もう一つ。アリス達を連れて行けないと考えた理由もありました。
それは、順当に特有スキルを得たとしても、そのスキルをまともに扱えるようにするには、アリス達には手に負えないほどの極めて危険な敵と対峙しなければならないからなのです。
アルさんが、初めて得た特有スキルは【転移】でした。最終的には脳裏に思い描ける場所なら何処へでも転移できるスキルへと成長しましたが、スキルを得た当初は行ったことがある転移陣にしか転移できませんでした。
スキルを十全に扱うにはスキルレベルを上げなければならないのです。アリス達も『アスカ式ブートキャンプ』に挑み、スキルのレベルを上げました。海底迷宮を何度も往復して鬼神・三つ首の魔犬・竜王に繰り返し挑んだのは、忘れられない思い出です。
アスカのスキルの支援を受け、かろうじて乗り越えることが出来た修業を、今度はアスカ抜きで挑まななければなりません。アルさんはあの時既に身体レベルが90を超えていましたので、熟練度を稼ぐにはさらに深層に潜る必要があります。竜王を越える化け物相手に、熟練度稼ぎするなんて、まさに狂気の沙汰なのです。
そんな当てもなく、危険極まりないアルさんの我が儘に付き合わせることは出来ない。そう考えて、一人で旅立ったそうなのです。
でも、ちゃんと話してくれたらアリス達は何をおいてもアルさんと旅を続けたと思うのです。
アスカを取り戻すことがなぜアルさんの我が儘になってしまうのです? アルさんだけを危険に晒すことをアリス達が良しとすると思ったのです?
アスカとアルさんのためならどんなに危険なことでも、どんなに無謀なことでも、アリス達は喜んで受け入れたのです。
ほんっっっとうにアルさんには困ったものなのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アリスさまぁ! めいっぱい詰め込んできたよ!」
「たくさん集めたのー!」
「俺も手伝ったんだぜ!」
「うん、みんな、ありがとうなのです!」
ずっしりと重くなった魔法袋を受け取って、順番に子供たちの頭をなでてあげます。
ランメルの魔人達が作った魔法袋には、エルサに教えてもらった重量軽減効果の魔法陣が組み込まれています。それでもこんなに重くなるのだから、子供たちはよほど頑張ってくれたのです。
「アリス様、そろそろ休憩をとられてはいかがですかな? お茶でもご用意いたしましょう」
子供たちの後からやってきた初老の司教様が、穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくれました。
「ありがとうなのです。でも、これだけは片づけちゃうのです」
受け取った魔法袋を逆さにして、中から大量の瓦礫を取り出します。全て、ルクスによって破壊された聖都ルクセリオの残骸です。
「さーて、やっちゃうのです!【精錬】!【成形】!」
子供たちが集めてくれた瓦礫から石材を分離・破砕し、押し固めて平らな敷石を成形していきます。
「じゃあ皆、あとはお願いするのです」
「はーい!」
「まかしといてなのー!」
「俺も手伝うぜ!」
子供達が積み重ねた敷石に群がり、魔法袋に詰めては広場に運んでいきます。
「しかし、なんでまたアルフレッド様は、こんなものを? ルクセリオは……捨てるのでしょう?」
敷石は聖都ルクセリオに生き残った人達の手で、広場に隙間なく敷き詰められていきます。かつて大鐘楼が建っていた跡地に、転移陣を二回りほど大きくしたぐらいの舞台を建造中なのです。
「んー……アリス達は、これを使ってちょっとやることがあるのです」
舞台が完成したらアリスの仕事は終わり。今度はエルサの出番です。着々と準備は進んでいるのです。




