第478話 守護龍の復活
ローズ視点です
「無事でよかったの、アルフレッド」
ジェシカが柔らかい微笑みを浮かべると、アルは目を丸くした。
驚く気持ちはわかるよ、アル。ジェシカがこんな風にワタシ達に笑顔を向けてくれたことなんて無かったもんね。
特にアルは、ジェシカにとってお父さんを殺した仇だった。ジェシカのお父さんが死んだのは自業自得だとわかってはいても、アルフレッドを恨む気持ちを抑えることは出来なかったのだと思う。ワタシ達、特にアルに対する態度は刺々しいとまでは言わないけれど、素っ気ないものだった。
でも、ジェシカは、ずいぶんと変わった。
凍り付いた大地で暮らしていた魔人達は、アリスの一族にあたたかく迎えられ、食べ物にも、着る物にも、住むところにも困らなくなった。ジェシカは数少ない戦士として頼られているし、他の魔人達も生産や交易で活躍している。かつての土人族の盟主、ガリシア氏族の族長が魔人族の後ろ盾になっているから、表立って敵視する人もいない。
セントルイス王家、ウェイクリング王家、レグラム王家、ジブラルタ王家。名だたる大家がそろって龍王ルクスと神龍ルクス教の真実を触れ回っているから、魔人族の立場も少しずつ回復していくと思う。
龍王ルクスの討伐を成し遂げたこと。アザゼルや魔人の戦士達の死が無駄にならなかったこと。魔人族の生存の道筋が見えたこと。それらがジェシカを変えたのだと思う。
ジェシカは少なくともワタシ達やランメル鉱山の町の人達には、笑顔を見せてくれるようになった。常に無表情だったジェシカのことしか知らないアルフレッドは、自分に微笑みを向けたジェシカに驚いたみたい。
「心配をかけた……ごめんな。ちゃんと話すよ」
アルはそう言って、ワタシ達に向かって頭を下げた。
ワタシも無事でいてくれて、以前と変わらないアルでいてくれて、心からほっとした。でもね、ソレはソレ、コレはコレ。言うべきことは言っておかないと。
「ホントだよ! みんな、どれだけ心配したと思ってるの!」
「ああ……そうだよな。何も言わずに出て行って、すまなかった」
「む……」
素直に謝るアルに言葉が詰まる。
ちゃんと食べているだろうか。今も苦しみ続けているのだろうか。早まったことを考えてはいないだろうか。
どれだけ不安だったか。どれだけ心配したか。
そのうっぷん晴らしで、徹底的に責めようと思っていたのに。ジェシカはニコニコしてるし、ユーゴーは潤んだ目で見つめてるだけだし。
あーもう、いっか。いちおう反省してるみたいだし。
「それで、この9か月、いったい何をしてたの!?」
そう尋ねると、アルはゆっくりと頭を上げ、真剣な顔つきでワタシ達を見つめた。
「アスカを取り戻すために、いろいろな」
「はっ……?」
思いがけない言葉に、ワタシ達はポカンと口を大きく開いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ああ、なんてことだろう。アスカがいなくなってしまたことを受け入れられなかったんだ。アルはおかしくなってしまった。
アスカはワタシ達の目の前で、碧い魔力の粒子になって消えてしまった。その身にルクスを封印し、自分を消すことで、ルクスを永遠にこの世界から追放したんだ。
どんな聖人にだって死者をよみがえらせることは出来ない。【聖者】の魔法の一つに【聖者の光】なんて超強力な回復魔法があるけど、あれもあくまで回復魔法。傷ついて事切れた直後であれば蘇らせることも出来るけど、病気や寿命で死んだ者をよみがえらせることは出来ないし、そもそも遺体が無ければどうすることも出来ない。
龍王ルクスとの戦いでも一度死んだギルバードを蘇らせることは出来た。だけど、アスカの場合は消えてしまった。回復させる身体すら無い。
それに、あれから長い時間が過ぎている。例えアスカの遺体が残っていたのだとしても、手の打ちようがない。
そんなことはアルもわかっているはず。それでも……受け入れることが出来ないんだ。自分を騙すことしか出来なかったんだ……。
ああ、アルが壊れかけている。マルフィのアナお姉さまのことも心配だけど、今はアルのそばにいてあげないと……。
「いや、なんだよみんな、その目は。俺は正気だっての」
「うん……そうだね。辛かったよね、アル。ワタシ達も、辛かった。ううん、アルの方がワタシ達の何倍も何十倍も辛かったんだってわかってる。でもワタシ達もアルと一緒なん」
「いや、だから違うって! 憐れんだ目を向けるなっつーの」
アルが心外だと言わんばかりに、大声を出した。
「皆のおかげで、目途がついたんだ。守護龍達も協力してくれてる」
「え……? 守護龍? それに皆のおかげって……?」
守護龍とアルが接触しているだろうとは聞いていた。けど、皆って誰のこと? ワタシ達以外に協力者がいるってこと? ワタシ達には何も話してくれなかったのに?
「ああ。ジェシカ……いや、実際に探してくれたのはユーゴーだったな。おかげで【武闘家】と【龍騎士】の加護を手に入れることが出来た。あとは迷宮で鍛え上げるだけだ」
「もう接触したのか?」
ユーゴーが大きく目を見開いた。
「ああ。ヴェントスが教えてくれたからな」
「風龍ヴェントス様が?」
「ユーゴーが冒険者ギルドと傭兵ギルドで加護持ちを探してくれたんだろう?」
「あ、ああ、ジェシカから聞いて、すぐギルドに問い合わせたが……」
「それをヴェントスから聞いて、訪ねたんだ」
「???」
意味が分からずワタシ達が顔を見合わせていると、アルが詳細を語り出す。
どうやらワタシ達は各種族の守護龍と強い繋がりがあるらしい。アリスは地龍ラピスと、エルサは天龍サンクタスと、ユーゴーは風龍ヴェントスと、ジェシカは冥龍ニグラートと、そしてワタシは水龍インベル様と。
その繋がりが出来たのは、各地の龍の間で加護の強化をしてもらった時。ワタシの場合は海底迷宮の水龍の間で【導師】を【聖者】に強化してもらった時だ。その時から水龍インベルの力の一端が、この身に宿っているらしい。
ユーゴーがレグラム王国にいる【龍騎士】の傭兵と、旧アストゥリア帝国にいる【武闘家】の冒険者の情報を仕入れた時、それは風龍ヴェントスの知ることとなった。アルはそれをヴェントスから聞きつけ、現地を訪ねて接触し、【接続】で加護を得たのだそうだ。
やはりエルサの予測は正しく、アルは加護持ちと【接続】をすることで新たな加護を身に着けることが出来るらしい。本当に反則的なスキルだね。アスカのスキルも凄かったけど、アルフレッドもたいがいだよ。
「全ての守護龍が復活している?」
「ああ。火龍と水龍、冥龍は俺が魔法陣から解き放った。皆、俺に協力してくれるそうだ。今は龍脈に潜って下準備をしてくれてる。ああ、そうだ。水龍を解き放ったから、海底迷宮の魔物はもう復活しない。今、迷宮内にいる魔物を倒したら二度と現れないから気を付けてくれよ。特に、100階層の階層主は倒しちゃうと二度と熟練度稼ぎが出来なくなっちゃうからさ」
ほんっとーに、わけがわかんない。
確かに、ジェシカとアリスが冥龍ニグラートと遭遇したとか、サローナ大陸の幻影が消えていたとか、エルサが天龍サンクタスから天啓を授かったとか聞いてはいた。それにアルが関わっているとは予想していた。
でも、関わっているというより、守護龍を従えているように聞こえるんですけど!?
「……そもそもなんで上位加護を手に入れようとしてるわけ? いったい何がしたいの!?」
あまりの情報量に破裂しそうになって、ワタシは思わず大声を出した。するとアルは一瞬きょとんとした顔になって、ああそこからかと言葉を続けた。
「【森番】の最上位加護を手に入れるためさ。今の俺は【龍脈の調律者】だ」
そう言ってニヤッと笑った。
うん、やっぱ、あんたとアスカ、似た者同士よね。




