第477話 騎士の覚醒
ジェシカ視点です
速い。
巧い。
強い。
まるで幼子のような感想だけれど、陳腐な言葉しか出てこないのだからしょうがない。それほどにアルフレッドの強さは常軌を逸していた。
まず、速さ。
忍者Lv.★のジェシカの何倍も速い。ジェシカが風龍ヴェントスの加護を得て、二つの加護を『励起』していた時よりも遥かに。
あの頃と今ではレベルも加護の熟練度も違うから一概には比べられない。でも、そんな程度の違いじゃない。
アルフレッドが加護を励起させ、さらに魔法とスキルで底上げしてようやく渡り合えていた神龍ルクスの龍人形態。あれすらも遥かに凌駕する速さ。目で追うのがやっと。恐ろしく速い動き。ジェシカでなきゃ見逃しちゃう。
そして、巧さ。
視界の外から襲って来る魔法を【光の盾】で的確に弾き、受け流す。時には魔法を敵の方へと逸らし、同士討ちまで狙っていた。それを前衛3人の近接攻撃を捌きながらやってのける。
敵も然る者。ジェシカ達の【接続・六式】にも匹敵する高度な連携を見せていた。逃げ道を塞ぐように、盾を潰すように、黒・光・闇の魔法を3方向から僅かな時間差をつけて次々と浴びせる。
それを、多重展開した【光の盾】で防ぎ、さらには前衛の竜人に近接スキルを放つ。『二重詠唱』どころじゃない。アルフレッドは最低でも四つのスキルを同時に発動していた。
しかも、強い。
アルフレッドが放つスキルは、前衛の竜人のいずれかをほぼ一撃で戦線離脱に追い込んでいる。おそらくは一体一体がEXランクの魔物に匹敵する相手に。
もうこれは、魔法やスキルで強化したなんて水準じゃない。ステータス自体が隔絶しているのだ。
「これって……」
「ルクスのブレスを弾き返した時に見せた……」
「加護の多重励起なの」
そう答えつつ、生唾を飲み込む。
ジェシカ達、魔人族の戦士は二つの加護を重ねる技を身に着けていた。アザゼルが数千年にも及ぶ修練の末に編み出した技術『励起』だ。
ジェシカの場合は風龍ヴェントスから授かった【風の大魔道士】を【忍者】と『励起』させていた。アスカの【ステータス】で見たわけではないから正確なところはわからないけれど、【忍者】と【大魔道士】を合わせたステータス補正を得られていたのだと思う。
同様にフラムは【癒者】と【火の大魔道士】を。
グラセールは【弓術士】と【水の大魔道士】を。
パパは【拳闘士】と【土の大魔道士】を。
ラヴィニアは【神子】と【聖者】を。
アザゼルは【聖騎士】と【死霊魔術師】を。
二つの加護を『励起』させることで、そこらの戦士なんて相手にならないぐらいの力を得ることが出来た。スキルと加護のレベルを上げることで力を身に着けていたアルフレッド達だって、ジェシカ達の敵じゃなかった。
中でもアザゼルは群を抜いた力を持っていた。数千年にも及ぶ鍛錬で二つの加護を修得し『励起』していたのだから当然だ。高い身体レベルと二つの加護の熟練度、そして二つの加護の力を重ねる励起。アザゼルは紛れもなく人族最強の戦士だった。
それなら……今のアルフレッドは?
100階層まで単独でたどり着いているのだから、道中でたくさんの魔物を屠ってきただろう。おそらく、身体レベルは人としての限界値、レベル99に達している。
そして高い加護レベル。もともと、アルフレッドは8種の中位加護を修得していた。おそらく、新たに得た最上位の加護も修得に漕ぎつけていることだろう。
その上で、アルフレッドはさらなる技をものにしたんだと思う。
ルクスとの決戦の最後に見せた底力。アスカが『加護がぜんぶ励起してる』と言っていた、あの時の力を。
だからこそ、龍人形態のルクスと同等の実力を有しているように見える化け物達を相手取って、あんなにも余裕でいられるのだろう。
もはやアルフレッドは人の域を超えている。
「『五重励起』」
アルフレッドがさらに加速する。
小盾に龍殺しの剣を叩きつけて央人を吹き飛ばすと、流れるように反転して土人の男に回し蹴りを見舞う。蹴り飛ばされた土人と入れ替わるように獣人が飛び込んで槍を突き出すと、その穂先を踏みつけて高く跳躍する。
「【魔槍の豪雨】」
アルフレッドが天に右手を掲げると、星空を埋め尽くすように無数の槍が顕現した。
無言で右手を振り下ろすと同時に、雨が大地に降り注ぐ。魔槍は闘技場を蹂躙し、楕円形の舞台だけでなく座席とアーチ状の柱のことごとくを粉砕していく。
豪雨が通り過ぎた後に立っていたのは海人に似た竜人だけ。満遍なく破壊された舞台の上で彼と彼の周りだけ、ぽっかりと穴が開いたかのように無傷だった。
ただ一人無傷の海人は、腹や手足を魔槍に貫かれ呻き声をあげる竜人達に光魔法をかけはじめた。無数の槍が生えた舞台に着地したアルフレッドは、それを横目に悠然と通り過ぎる。
「久しぶりだな、みんな。まさか、こんなところまで来るとは思わなかったな……」
先ほどまでの冷然とした表情とは打って変わって、穏やかな苦笑を浮かべている。姿を消す直前の感情を失くしたかのような様子もなく、いつも通りのアルフレッドだ。
「アルフレッド!」
「うおっ」
弾かれたように駆け出したユーゴーが、アルフレッドに抱きつく。戦いの時以外はあまり感情を見せないユーゴーにしては珍しい。
「ごめんな、ユーゴー」
「アルフレッド! どれだけ心配したとっ」
掴みかからんばかりのローズにアルフレッドが手を向けて制止する。
「待った。回復が終わったら勇者達がまた襲い掛かってくる。場所を変えよう」
「えっ?」
その直後、ジェシカ達は強い光に包まれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
光の渦が過ぎ去り目を開くと、ジェシカ達は円形の広場の中央に立っていた。どうやらアルフレッドの【転移】でどこかに飛んで来たらしい。
広場の周りには粗末な木造家屋が立ち並んでいて、テントもいくつか立っている。広大な更地の向こうには森が見え、遠くには海が蒼く煌めいていた。
「ここは……」
「聖都ルクセリオ……だった場所だよ」
海と反対側を見ると更地の向こうに真っ直ぐな石畳が見えた。あの道の先にルクセリオの転移陣があるのだろう。
「アルフレッドさまぁ!!」
幼い声が聞こえ目を向けると、数人の子供たちが駆け寄って来た。
「おかえりなさい! アルフレッドさま!」
「ああ、ただいま。ほら、今回の分だ。司教様に届けてくれ」
「はいっ!」
そう言ってアルフレッドは腰に付けていた布袋を手渡した。一人がそれを受け取り元気よく返事をすると、子供達は連れ立って走り去る。
「あれは?」
「魔石だよ。海底迷宮の低層で集めたBランクとCランクのをいくつか。魔物除けに必要みたいでね」
そう言ってアルフレッドは木造家屋の方に歩き出す。
通りがかった人々はアルフレッドに気づくと親しげに声をかけ、アルフレッドも手を振ってにこやかに挨拶を返す。どうやらアルフレッドはここの人達に馴染んでいるみたいだ。
「さあ、入ってくれ」
アルフレッドは家屋の一つに入っていき、ジェシカ達もその後に続く。周りの家屋と同じく、粗末な掘っ立て小屋で、部屋の中に生活感はほとんど無い。木製のベッドと丸テーブル、背もたれの無い椅子がいくつかあるだけの簡素な部屋だった。
「ここに住んでいるのか?」
ユーゴーが口を開くと、アルフレッドは静かに首を振った。
「いや、ここにはほとんどいない。大抵は海底迷宮の50階層に寝泊まりしてる。広場周りを整地してたら、さっきの人達が集まってきてさ。使い道のない魔石を用立ててたら御礼にって小屋を立ててくれたんだ」
海底迷宮に寝泊まり? 何のために? なぜルクセリオに? 広場の整地?
いくつも疑問が湧き上がる。けれど、まず言っておきたいのは……
「無事でよかったの、アルフレッド」
そう言うとアルフレッドは目を丸くする。
「心配をかけた……ごめんな。ちゃんと話すよ」
アルフレッドはバツが悪そうに苦笑し、頭を下げた。




