第476話 海底迷宮の最奥で
ユーゴー視点です
一月前、アルフレッドがジブラルタ王国の王都マルフィに現れた。そして【大魔導士】の魔法を使い、戦艦を追い返したのだという。
ローズは竜の背に跨る人影を遠目に捉えただけで、はっきりアルフレッドを見たわけではない。戦艦を追い払うと再び姿を消してしまったため、言葉も交わしていないそうだ。
だが、ローズは『あれは間違いなくアルフレッドだった』と確信していた。その人影と【接続】したからだ。
他者と心が一体となるような、あの特異な感覚は【接続】でしか得られない。間違いようがない。それに、あのスキルは【転移陣の守護者】の加護を持つアルフレッドにしか使えない。
おそらく、アルフレッドはローズと【接続】することで、状況を把握しようとしたのだろう。半年の時を経てようやく、アルフレッドは私達の前に姿を見せてくれたのだ。
その邂逅により、アルフレッドが何をしようとしているのか、朧気ながらわかってきた。おそらく、アルフレッドは新たな加護とスキルを手に入れようとしているのだ。
アルフレッドは、騎士・拳闘士・竜騎士・弓術士・暗殺者・導師・魔道士・闇魔道士の8種の加護を持っていた。それらは、アスカの【JK】のスキル【ジョブメニュー】によって与えられたものだ。
アルフレッドに与えられたのは中位の加護まで。最上位の加護は与えられなかった。少なくとも、私達の前から姿を消した時までは最上位加護を持っていなかった。
だが、アルフレッドは王都マルフィで最上位加護のスキルを二つも使って見せた。第九位階の火魔法【断罪ノ業火】と【忍者】のスキル【口寄せ】だ。この二つのスキルを使えたということは、少なくとも今のアルフレッドは【大魔導士】と【忍者】の加護を持っていると思われる。
では、アスカにさえ与えることが出来なかった最上位加護を、どうやって身に着けたのか。
そもそも、アスカは【ジョブメニュー】だけで加護を与えていたのではない。新たな加護を与えるのには『大事な物』が必要だった。
各地の転移陣に安置されていた『始まりの武器』と王家の名を冠する『王家の武器』がそれにあたる。そして、最上位の加護を与えるためには『勇者の武器』が必要ということだった。
しかし、その『勇者の武器』は一つも見つかっていない。少なくともセントルイス王家の宝物庫にはなかった。ジブラルタ王家は海に沈み、レリダは破壊し尽くされてたために、もはや探すことも出来ない。そもそも本当に存在したのかもわからない。
アスカの【ジョブメニュー】も『大事な物』も無いのに、アルフレッドはどうやって最上位加護を身に着けたのか。
エルサは【接続】のスキルに因るものではないかと推測した。
根拠はアルフレッドが【精霊弓士】を持つ戦士を探していたという狼人族の戦士の証言と、冥龍ニグラートがジェシカに下した【武闘家】と【龍騎士】を探せという天命だ。
【精霊弓士】は弓士の、【武闘家】は拳士の、【龍騎士】は槍術士の最上位加護だ。これらの加護を持つ者は私達のパーティにはいなかった。
逆に、癒者の最上位加護である【聖者】はローズが、魔法使い系の【大魔導士】はエルサが、斥候系の【忍者】はジェシカが持っていた。
そして、アルフレッドは【大魔導士】の魔法と【忍者】のスキルを使って見せた。
それらの情報から、エルサはこう推察した。
アスカは【ジョブメニュー】を通して『大事な物』に宿る力をアルフレッドに繋ぎ、アルフレッドに加護を与えた。
アルフレッドは【接続】を通して『加護を持つ者』と繋がることで、加護を得ることが出来たのではないか。
おそらく、アルフレッドは既に聖者・大魔導士・忍者の加護を持っている。加護の力を宿した『大事な物』の代わりに、加護を宿した仲間と【接続】することで加護を身に着けた。
そして、アルフレッドは精霊弓士・武闘家・龍騎士の加護を持つ者を探している。彼らと【接続】することで新たな加護を得ようとしているのではないか。
その仮説を裏付けるように、アルフレッドが【精霊弓士】の加護を持つ戦士と接触したことが確認された。そのヴァーサ王国の猫人族の戦士は、アルフレッドに頼み込まれて何度か狩りを共にしたそうだ。その際に自分が何倍も強くなったかのような不思議な体験をしたのだという。
アルフレッドは猫人の戦士に【接続】を使った。そして、その際に弓士の最上位加護を手に入れたと思われる。武闘家と龍騎士はこれから探し出して接触するつもりなのだろう。残るは闇魔法使いの最上位加護【死霊魔術師】だが、これは既に接触したのかもしれない。
以上がエルサの仮説だ。
問題は、何のために最上位の加護を手にしようとしているのかがわからないことだが……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「私は……夢でも見ているのか」
「アル、すごい!」
「ありえない……」
目の前の信じがたい光景に、私達は呆然と呟いた。
ここは海底迷宮の最奥、100階層。ついさっきローズとジェシカと共に苦心して辿り着いたところだ。
王都マルフィで竜王を口寄せしたことから、海底迷宮に潜っているのだろうと当りをつけた私達は、連れ立ってアルフレッドを探しに来たのだ。
私達のパーティの到達階層は85階層。階層主である竜王を倒した先にある転移陣までだった。
そこまでは、預かっていた『龍脈の腕輪』で一瞬で転移することが出来たのだが、そこからは苦難の連続だった。85層の先は鬼神や神狼、古代竜などの凶悪な魔物が闊歩する、まさに地獄だったのだ。
アスカの【アイテム】がないため、回復はローズに頼りきりになる。アルフレッドの【接続】がないため、高速の連携は出来ないし火力も低い。単体ならSSSランクの魔物が相手でも3人で戦えないこともないが、消耗は強いられる。
そのうえ【地図】が無いため、正しいルートがわからない。罠も避けられない。【アイテムボックス】がないため荷物は嵩張る。探索はアスカとアルフレッドに頼りきりだったのだと痛感した。
ジェシカの【隠遁】で可能な限り戦闘を避け、どうしても避けられない場合は不意打ちを仕掛けて、全力で仕留める。アスカが何十人、何百人の単位のクランでないと攻略できない階層だと言っていたのも納得だ。
何度も何度も龍脈の腕輪を使って撤退し、正しいルートを見つけ出し、少しずつ探索を進めた。
幸いなことに90階層と95階層には、待ち構えているはずの階層主がいなかったため素通りできた。階層主がいないということは、誰かが階層主を倒し、魔石を回収してから間もないということだ。
90,95階層にはURランクの竜王や魔犬を超える、EXランクの階層主がいたはず。そんな魔物を倒せるのは、この世界に一人しかいない。私達はアルフレッドが海底迷宮いることを確信し、深く深く潜っていった。
最奥にたどり着くのに3か月を要し、ルクスとの戦いから9か月ほどが経った頃。ようやく私達は100階層にたどり着いた。
そして、驚愕の光景を目にしたのだ。
そこは王都のエルゼム闘技場に似た場所だった。楕円形の舞台を階段状の座席がぐるりと取り囲み、その周りにはアーチ状の柱が連なっている。空には翡翠の極光の帯が漂い、無数の星が淡く舞台を照らしている。
舞台上では階層主とアルフレッドが激戦を繰り広げていた。
階層主は六体の人に似た魔物だった。央人に似た中肉中背の男、背が低く筋骨隆々の土人の男、大柄な獣人、細身の神人女性と魔人男性、全身が鱗に覆われた海人。一見すると人族に見えるが、背には蝙蝠のような翼と額には捻じれた角が生えている。
龍人ならぬ、竜人とでも呼ぶべきだろうか。一人一人が圧倒的な実力者であることは一目瞭然で、龍人形態のルクスを思わせるほどの覇気を放っていた。
小盾と片手剣を構えて吶喊する央人、隙を窺って大槍を突き出す獣人、大振りの拳撃を放つ土人。その後ろから海人が光魔法を、神人が黒魔法を、魔人が闇魔法を次々と浴びせる。見失うほどに迅く、背筋が凍るほどの魔力が込められた致命の一撃が、雪崩のように連なってアルフレッドに襲い掛かる。
だが、それでも。
アルフレッドは六人を悠々と相手取っていた。幾つもの魔法障壁を展開し降り注ぐ魔法を弾き、次々と繰り出される剣と槍、拳と蹴りを捌いていく。
圧倒的な速さで離脱したかと思えば、真っ向から肉薄して剣撃を弾き、最小限の動きでゆらりと槍の穂先を躱す。その間も小さな【光の盾】を発動して魔法を逸らしていく。
時おり、アルフレッドは見たことの無いスキルで竜人の一人に攻撃を加え、とどめを刺すでもなく放置する。海人に似た竜人が戦線離脱した者を癒し、その者が復帰すると近くにいる別の者に一撃を加えて離脱させる。それを延々と繰り返していた。
「これは……」
「間違いないの。アスカ式ブートキャンプなの」
私達に何も告げずに姿を消したアルフレッドは、海底迷宮最奥の階層主相手に……熟練度稼ぎをしていた。




