第475話 廃都エウレカのトレジャーハンター+map
エルサ視点です
世界で最も美しいと謳われた魔法都市は、もうどこにもない。湧水は枯れ、人工林は朽ち、白亜の街並みは灰色の砂に埋もれた。今、私の目に映るのは、荒涼とした物悲しい風景と徘徊する不死者の群れだけ。
「【突風・散】」
最小限の魔力で風魔法を発動し、降り積もった灰色の砂を吹き飛ばす。
「ケホッ、ケホッ! ちょっと、少しはまわりを気にしなさいよ!」
砂はもうもうと舞い上がり、まるで粉雪のように降り注いだ。同行者であるイヴァンナの頭上にも。
「あらいたの? そこ、砂が飛ぶから離れておいた方がいいわ」
「もう遅いわよ!」
不満を漏らしているのは元冒険者ギルド帝都エウレカ本部ギルドマスターにして現在無職のイヴァンナ。被った砂を振り払いながら私を睨みつけている。
「ったくもう。それで、今度こそ間違いないのでしょうね?」
「……そう期待したいところね」
吹き飛ばした砂の下には、扉が隠されていた。どうやら魔法で鍵がかかっていたみたいだけど……魔力供給が途絶えたことで開錠されている。
魔力の流れを確認し、罠は無さそうだと目配せすると、イヴァンナは勢いよく扉を開いた。扉の先には暗い地下へと降りる細い梯子が見える。
「【照明・散】」
「相変わらず器用ねぇ……」
地下に向かって灯りを何個も飛ばし、視界を確保する。どうやら不死者や盗賊が潜んでいるということはなさそう。
「さあ、入るわよ」
ここは大熱波で滅んだ魔法都市エウレカの北東の一角。選帝侯ゼクス・アストゥリア家の屋敷跡だ。私とイヴァンナは臨時のパーティを組んで廃墟を暴き、選帝侯家の遺物を漁っている。
騎士の加護を持つイヴァンナが剣を抜き、階段を先に降りていった。何も言わずとも斥候役を買って出てくれるあたり、イヴァンナは態度と口の悪さのわりに親切で勤勉だと思う。
「これは……当たりじゃない?」
「そうみたいね」
いくつかの扉を開いた先には、大量の書物や石板が並ぶ広大な書庫があった。床には湿度と温度を一定に保つ魔法陣が等間隔で刻まれている。魔力供給が断たれているので、扉の鍵と同様に稼働していないけれど。
「ちょっと、この石板……質量軽減? いえ、浮遊!?」
「こっちは肥大……違うわね。拡張?」
「すごいわ! これ、ゼクス家の秘術に違いないわ!」
拡張と浮遊……なるほど。
おそらく、この辺りにある石板には、魔法袋に用いられている魔法陣の構築方法が記述されている。上手くやればゼクス家が独占していた魔法袋の製造方法がわかるかもしれない。
「これならゼクス家の再興も夢じゃないわ!」
「何を言っているの。魔法袋の作り方がわかったら、全ての神人族に公開するわ。選帝侯家の再興なんか、二の次、三の次よ」
「…………そうね」
龍王ルクスの『大熱波』により千年の栄華を誇った魔法都市エウレカは滅んだ。自らを神族と呼び、アストゥリア帝国の頂点に居座り続けた選帝侯とその一族は、エウレカとともに熱波に焼かれて死んでいった。
不幸中の幸いだったのは、神族以外の人族の多くは、エウレカに見切りをつけて国外へと旅立っていたことだろう。
アルフレッドとアリスが天龍の間に描かれていた『退魔の魔法陣』を破壊したことで、『地下墓所』の不死者の発生を抑えることができなくなった。さらに、龍の間にいる者から魔力を吸収する機構も壊れたため、都市に供給される魔力は少なくなった。その結果、エウレカの土地を肥し、大量の水を創出していた積層型広域魔法陣エウレカは機能不全に陥ってしまった。
そのうえ、魔王アザゼルが龍の間から天龍サンクタスの魔晶石を盗み出したのだ。ただでさえ、魔力供給が減っていたのに、守護龍の魔晶石から得られる魔力すら失われては、巨大な都市を潤すことなど出来るはずがない。
当たり前のことだけれど、水と緑が無ければ人は生きられない。しかも、夜な夜な地下から不死者が這い出てくる。
いったい誰が、そんな都市で暮らしたいと思うだろう。神族を自称する傲慢な者達を除き、ほとんどの市民はエウレカを捨てて旅立っていったらしい。
皮肉にも、魔王アザゼルがラヴィニアとともにエウレカを襲い、さらに天龍サンクタスの魔晶石を盗み出したことで、多くの人が龍王ルクスの大熱波から逃れることが出来たわけだ。
「こっちは属性強化の力場を固定する方法……なるほど。特定の空間に力場を固定して、拡張と浮遊を付与すれば……」
イヴァンナが石板にかじりついてブツブツと呟いている。
夢中になるのも無理はない。【付与師】と【学者】の加護を持つ者がいれば、魔法袋を量産することができるかもしれないのだから。
魔法都市エウレカを失った神人族は散り散りになった。エウレカから遠く離れた地域で、森と共に細々と暮らす村はちらほらあるものの、神人族の国家は地上から消えてしまった。
私にはアストゥリア帝国を再興したいなんて想いはない。ただ、神人族が食べるのに困らず、魔物に怯えず、災害に苦しまずに済むようにはしてあげたい。
ゼクス家が独占していた魔法袋の製造方法を公開し、各地の寒村で制作してもらう。その売却で外貨を得られるようになれば、生活の一助にはなると思う。
本当なら、冒険者ギルドを切り盛りしていたイヴァンナのような人が、互助組織でも立ち上げてくれれば良いのだけど……。イヴァンナはエウレカの階層社会で生きてきた人だから、今はまだ難しいかもしれない。
「ま、時が解決するでしょう」
性急にことを運んでは、不信と軋轢を招いてしまうだけだ。幸い、神人族の時は長い。じっくりと時間をかけて、たまに同胞を支援するぐらいでちょうどいいでしょう。
私は興奮するイヴァンナを置いて、書庫の奥を見て回る。神族達が秘匿した知啓を、可能な限り後世に残さなくてはならない。
「この記述は……龍脈への干渉……」
ふと目に入った石板にくぎ付けになった。そこには龍脈に干渉し、大地から魔力を吸い上げる手法についての記述がされていたのだ。
積層型広域魔法陣エウレカに用いられている術式なのだから何も不思議なことではない。周囲への影響が大きすぎるため、神族が秘匿していたのも理解できる。
「ゆ、勇者エドワウ?」
古代エルフ文字で記述されているため、解読には時間がかかる。だけど、人名などの固有名詞ならすぐにわかる。
ここにこの名前が書かれているということは、積層型広域魔法陣エウレカの建造にエドワウ……魔王アザゼルが関わっていたのは真実だったということだ。
「えっと、これは……地図?」
隣にあった石板を丁寧に拾い上げる。そこには、どこかの島を描いた地図の上に六芒星が描かれていた。
「うん? この地形どこかで……あっ」
そうだ。アスカが習得したスキル【地図】で見た図に似ている。ところどころ違いがあるけれど間違いない。島ではなく大陸。これは、世界地図だ。
「もしかして、これ……」
六芒星の中心は、『世界の中心』聖都ルクセリオ。六芒星の頂点はそれぞれ、エウレカ、マナ・シルヴィア、レリダ、クレイトンの付近を指している。
「そうか……あと二つの頂点は、サローナ大陸と海底迷宮の転移陣か」
龍脈にそって描かれた世界規模の巨大な魔法陣を、守護龍達が命を賭して起動し、龍王ルクスを封印した。ジェシカは、そう言っていたはず。
ということは、この地図に描かれているのは龍王ルクスを封印した魔法陣の略図だ。
――――その通りです
不意に頭の中に声が響く。驚きはしたもののジェシカとアリスから聞いていたから、慌てずには済んだ。
「我らの守護龍、天龍サンクタス様ですね?」
辺りを見回しつつ、小声で呟く。すぐに肯定の感情が伝わってきた。
――――大魔導ヴァレンティナの末裔に命じます
天龍サンクタスの魔晶石は魔王アザゼルが発動した魔素崩壊の魔法陣で消滅したはず。それなのに、こうして龍の言の葉を発している。
龍の魂は不滅……か。復活したというわけね。
――――龍脈の魔法陣を調べるのです
龍脈の魔法陣……この石板に記された世界規模の魔法陣のことよね?
そう自問していると肯定の感情が伝わってくる。そしてアルフレッドの【接続】に似た繋がりが途絶え、頭の中に響いていた声も消えた。
「はぁ……驚いたわね。アル、もしかして貴方も守護龍に何かを命じられたの?」
アルがマルフィに現れたという話はローズから聞いている。アルは第九位階の黒魔法で戦艦に火を放ち、竜王バハムートを嗾けて追い払ったらしい。
第九位階の黒魔法を使った。つまり【大魔道士】の加護を得たということだ。
そして、アルは海底迷宮に現れる偽物の魔物である竜王バハムートを、海底迷宮の外で使役している。つまり【口寄せ】か【人形召喚】のスキルを使ったということ。おそらくは斥候系最上位の加護【忍者】をも身に着けたのだ。
「相談ぐらいしなさいよね……」
アルはローズに声もかけずに、立ち去った。再び姿を消し、今どこにいるかもわからない。
でも、大丈夫。私たちは必ず再会する。この天命も、きっと貴方に繋がっている。
「必ず、貴方の助けになるわ。アルフレッド」
私は、古い石板が並ぶくらい書庫の奥で、そう呟いた。




