第474話 海洋都市のサルベージ
ローズ視点です
「アナお姉さま! おかえりなさい! 食事は出来てるわ! 用意するから待っていて!」
「ただいま、ロゼリア。いつもすまないわね」
アナお姉さまを食卓に座らせ、ワタシは厨房に向かう。ここのところアナお姉さまは少し顔色が悪いし、疲れがたまっているように見える。
だから今日の夕食は、アナお姉さまのために心をこめて調理した自信作だ。精のつくものをたくさん食べてもらわないとね!
「はい、お待たせー。今日はイールの煮つけとマッドボアのスープよ!」
「美味しそう。本当にすごいわ、ロゼリア。貴方も料理なんてしたことなかったでしょうに」
「アスカ達に教わったのよ! マッドボアのスープはアスカの得意料理なの! トンジルっていうらしいわ!」
「ふふっ、いただくわね」
大津波で王都マルフィが沈没してから約半年。エルサ達と別れてから5か月ほどが過ぎた。
ワタシは今、マルフィでアナお姉さまと暮らしている。マルフィは深刻な人手不足だからメイドはいない。だから、料理はワタシの役目だ。
いろいろあったけどアナお姉さまは、今や唯一の肉親だからね。マルフィを立て直そうとがんばっているアナお姉さまを支えないと!
「今日も診療所の手伝いをしてくれたみたいね?」
「たいしたことはしてないわ!」
「何十人ものケガ人を癒したそうじゃない。誰にでも出来ることではないわ」
ワタシの魔力は十回や二十回の【治癒】ぐらいじゃなくならない。【聖者の祈り】だって連発できる。
そこらの癒者に負ける気なんて全然しない。なんたってレベル92だからね!
「貴方が無償で治癒してくれるおかげで、皆がケガを恐れず作業してくれているのよ。とても助かっているわ」
「どういたしまして、アナお姉さま! それで、作業は順調なの?」
「ええ、沈んだ瓦礫の撤去が終わったわ。ようやく塔の再建に取りかかれるわね」
「そう! 良かったわ!」
大津波で王の塔が倒れ、地下にあった海底迷宮への転移陣は、水没し瓦礫に埋もれた。アナお姉さまは、その転移陣のサルベージを指揮している。
本当はワタシもサルベージを手伝いたかった。でも海人族のくせに鱗もなければ水掻きもないワタシは、海では役立たずだ。海底まで潜り、瓦礫を抱えて泳ぐことなんて出来ない。だから仮設の診療所の手伝いを買って出たのだ。
もともと海人族は魔法使いや癒者が生まれにくい種族だ。そのうえ大津波で多くの癒者の命が失われた。
残された少ない癒者達は毎日のように魔力切れで倒れるほど懸命に働いている。それでも続出するケガ人に対応できていなかった。
それもそのはず。海人族の居住区が水没し、湾の中には水棲の魔物が入り込むようになった。ただでさえ海中の作業はケガをしやすいのに魔物まで現れる。治癒が追いつかないほどにケガ人が増え、そのせいでサルベージも思うように進まなかったみたいだ。
でもワタシにはアスカ達との旅で身に着けた常識はずれな魔力がある。一流の探索者だってレベル30ぐらいなのに、ワタシのレベルはその3倍。【治癒】なんて一日中かけ続けても余裕。
ケガ人は全てワタシが癒し、病人は他の癒者達に任せることで、診療所はうまくまわるようになった。ケガ人がすぐに復帰することで、サルベージ作業の方も順調にすすむようになったらしい。
「あ、そうそう。3日後にアリンガム伯爵令嬢のクレア様が来られるそうよ」
「そうなんだ! ひさしぶりね!」
ワタシがエルサ達と別れてマルフィに戻ってきたとき、アナお姉さまと生き残りの住民達は苦境に立たされていた。食料が足りない、資材も足りない、人手も足りない。湾のサルベージどころか陸地の再建すら進んでいなかった。
そんな状況を貴族達が見過ごすはずもない。貴族達はこぞってマルフィと海底迷宮を奪取しようと暗躍した。
幸いにも貴族同士が牽制しあったことで、マルフィに直接手を出されることはなかった。でも貴族達は、マルフィの復興に手を貸す代わりにジブラルタ王家に婿入りさせろとアナお姉さまに迫ったのだ。
アナお姉さまは千年続くジブラルタ王家の唯一の生き残りだ。何とかジブラルタ王家の手でマルフィの復興を果たしたいと願っていた。
だけど、大津波に根こそぎさらわれて、財力も武力も失ったアナお姉さまには何もできない。このままでは残されたマルフィの住民を飢えさせてしまう。アナお姉さまは、もはや有力貴族に身を売るしかないとあきらめかけていた。
ワタシはその話を聞き、すぐにウェイクリング辺境伯に助けを求めた。オークヴィルの一件で辺境伯とは何度か食事をし、信頼できる方だと知っていたからだ。アナお姉さまが大貴族の慰み者になるよりは遥かにマシだと思い、辺境伯を頼ったのだ。
辺境伯は、即決で人道支援をすると約束してくれた。さらに、アルの婚約者のクレアがマルフィ復興への出資を決めてくれた。見返りはウェイクリング王国を承認することだけでいいという好条件で。
「ロゼリアとアルフレッド様のおかげよ。この恩には必ず報いるわ」
「ワタシのことは気にしなくていいわ! でも、アルは……」
「まだ、行方がわからないの?」
「見かけたって話は聞くのだけど」
猫人族の国に行った、エウレカの跡地で見かけた……とかって話はあったけど、アルはいまだに見つかっていない。無事ではいてくれると思うけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドン! ドンドン!
翌朝、朝食を済ませてアナお姉さまと話をしていたら、玄関のドアが乱暴に叩かれた。
「何事ですか!!?」
早朝の無粋な来客に、アナお姉さまが眉をしかめる。
「湾に船団が現れました! 敵襲です!」
「なんですって!?」
ワタシ達は慌てて家を飛び出し、海岸に向かって走る。
「ど……どうして」
海岸に着いたワタシ達は目を疑った。
湾には五隻の戦艦が浮かんでいた。そして、その船首にはジブラルタ王国の国旗が掲げられていたのだ。
「あ、あそこ!」
「フィ、フィオレンツォ……!!」
「まさか……生きていたなんて」
戦艦の甲板に姿を現したのはジブラルタ王国の王位継承権第二位、第一王子フィオレンツォだった。あいつはオークヴィルを襲った罪で監獄島に幽閉され、処刑されるはずだったのに……。
困惑していると、戦艦から降ろされたボートがするすると海岸に近づいて来た。海岸のすぐ側まで来たところで、ボートの上で直立した男が声を張り上げた。
「ジブラルタ王国、フィオレンツォ・ジブラルタ陛下の御名において宣告する! 王都マルフィを不当に占拠する者共よ! 直ちに王都を明け渡し、投降せよ! さもなくばその罪咎を、死をもって贖ってもらうこととなる! 一刻の猶予を与えよう! 賢明な判断を期待する!」
それだけ言うと、問答は無用とばかりにボートは去っていった。
失敗した……。フィオレンツォは王になりたいからと、他国の町の住民を惨殺した男だ。やっぱり、あの場で処断すべきだったんだ……!
フィオレンツォは大津波の混乱に乗じて脱獄し、貴族を頼ったのだろう。どこの家かはわからないけど、きっとアナお姉さまに婿入りを拒否されたから、フィオレンツォを利用することにしたんだ。
「これは、どうすることも出来ない……わね」
アナお姉さまが力なくつぶやいた。
木造の戦艦は大きさから言って、一隻に3,4百人は乗っていると思う。5隻で約二千人。水夫も多くいるだろうけど、少なくとも半数は戦士だと思う。
対してこちらは民間人を含めて千人程度しかいない。その中で戦闘の加護を持つ者は百人程度しかいないと思う。絶望的な戦力差だ。
「そんな……」
でも、ワタシにもどうすることも出来ない。
ワタシの加護は【聖者】だ。攻撃手段は【魔弾】と【聖槍】しかない。どちらも単体を攻撃する魔法だ。
全力で魔法を叩き込み続ければ一隻ぐらいは沈められるかもしれない。でもその間に戦艦から攻撃をされれば、やっと復興し始めたマルフィは火の海にまかれてしまう。
かといって防御に徹したとしても、ワタシの【光の盾】では周りの数人しか守れない。
大魔道士のエルサや、魔物を召喚できるアリスやジェシカならこのぐらいなんとでも出来ただろう。少数の敵との戦いならワタシだって跳ね除けられるけど、大多数の敵から味方を守りながら戦うのには向いていないんだ。
そうこうするうちに時間は、どんどん過ぎていく。アナお姉さまは戦士達に命じて住民達を高台に避難させた。数名の元王国軍兵士だけがここに残っている。
「アナお姉さま、逃げよう」
「……そうね。ロゼリア、貴方は逃げなさい。でも、私は逃げられないわ。フィオレンツォはどこまでも私を追って来るでしょうし、マルフィの住民達を見捨てるわけにもいかないもの」
「そんな……っ」
「貴方だけなら逃れられるでしょう? ここにいたらフィオレンツォに殺されてしまうわ。早く行きなさい」
「アナお姉さまを見捨てるなんてっ!」
「ばかっ!」
アナお姉さまが震える両手で私の頬を包んだ。
「少しは姉らしいことをさせてちょうだい。貴方が逃げる時間ぐらいは稼いでみせるわ。これでも、ジブラルタ王国随一の【魔道士】なんだから」
「アナお姉さま……」
ああ、どうすればいい……? 皆と一月後に会う約束をしている。アルとはまだ再会できてない。
ワタシはまだ死にたくない。でも、アナ姉さまをおいていくことなんて出来ない……。
バーーーンッ!バーーーンッ!!
戦艦の上空に一発、二発と【爆炎】の魔法が打ち上げられた。時間切れ、侵略開始の合図だろう。
「早く行きなさい!」
「あ、あぁ……」
選べない。ワタシはどうしたらいい?
こんな時はいつもアスカが的確な指示をしてくれた。こんな時はいつもアルが……
ザパーーーンッ!!!
その時だった。突如、戦艦と海岸の間に巨大な水柱が立った。
「なっ、なに!?」
土魔法の威嚇射撃!? いや、違う。今、何かが水中から飛び出し、再び沈んだように見えた。何かが水面を叩いたんだ。何だったの、今のは?
ザパーーーンッ!!!
「えぇっ!!?」
「きゃあぁぁっ!?」
「な、なんだ、あれは!!?」
突如、水中から灰色の巨大なナニカが飛び出し、空に舞い上がった。飛び出したナニカは宙に浮かび、大きく翼を広げ……って、竜!?
3対6枚の翼、灰色の体躯の竜。あれは……
「……竜王バハムート!!?」
間違いない。あれは厄災級を遥かに超える凶悪な魔物、海底迷宮85階層の階層主!! でも、一体なんで!? 海底迷宮から抜け出てきたというの!? そんなこと、歴史上で一度だって起こったことが無いのに!?
「えっ……?」
突然、湾に現れた5隻の戦艦。そして一方的な宣戦布告。混乱の極致にいたワタシ達をさらに追い込むかのように突如現れた竜王。次々と起こる出来事に頭が真っ白になっていた……その時だった。
不意に、ワタシは強大な『力』に包まれた。暖かく、優しく抱きしめられるような安心感。溢れてくる全能感。際限の無い高揚。
ワタシは……繋がった。
「まさか……!?」
海上の戦艦を睥睨する竜の王。逆光でその姿形は黒く塗りつぶされている。でも、その背には人影が見えた。
――――任せろ、ローズ
精神が接続し、心の裡に声が届く。
直後、竜の周囲に巨大な炎塊が浮かび上がり、戦艦に向かって落下した。着弾した炎の塊は、巨大な火柱となり、火炎旋風へと姿を変える。
「こ、これは……第九位階の火魔法!?」
エルサが得意とした【大魔道士】の火属性最強魔法。
「【断罪ノ業火】……」
海上に顕現した巨大な炎の竜巻が五隻の戦艦を襲う様を、ワタシはただ茫然と眺め、立ち尽くした。




