第471話 ガリシア自治区の復興
アリス視点です
ガリシアの転移陣が淡く輝き始めました。誰かが転移してくる合図なのです。
エルサとローズはもう着いているから、きっとユーゴーとエースなのです。もしかしたら……アルさんも一緒かもしれないのです。
「ふぅ……私が最後のようだな。待たせた」
「ブルルゥッ」
閃光が瞬き、転移陣から現れたのはやっぱりユーゴーとエースだったのです。でも……アルさんの姿はありませんでした。
「すまない。まだ見つかっていない」
アリス達の表情を見て、ユーゴーは申し訳なさそうに言いました。
「ご、ごめんなさいなのです。責めるつもりはなかったのです!」
「どうか謝らないで、ユーゴー」
そうなのです。
アリスは父様やイレーネの助けになりたくて。ローズはお姉さんの力になりたくて。エルサは同胞のことが気になって。ジェシカはアザゼルの代わりに魔人族を導かなくてはならなくて。
アリス達はバラバラになったのです。ユーゴーとエースにアルさんのことを任せきりなのです。
何もしていないアリス達には、何も言う権利は無いのです。ユーゴーにがっかりした顔を向けるのも良くないのです。
「ブルゥッ」
「や、ちょっと、エース! メッ、なのです!!」
ちょっと雰囲気が暗くなりかけたその時、エースが急に割り込んで……アリスのお股に顔を突っ込んできたのです。もうっ。油断するとすぐに変なところの匂いを嗅ごうとするのです。
「ふふっ、相変わらずね、エース。って、ちょっと! やめなさい!」
今度はエルサのお股に顔を埋めているのです。やっぱりエースはえっちな馬なのです。
でも、エースのおかげで雰囲気が明るくなったのです。もしかしてエースはこれを狙って……
いえ、やっぱり違うのです。今度はローズが犠牲になっているのです。幸せそうなだらしない顔をしているのです。やっぱりエースはえっちな馬なのです。
「積もる話は後にして、ランメルに向かうの。今からなら日が暮れる前には着けるの」
そう言ってジェシカが海竜を召喚しました。
ユーゴーは少し驚いた顔をしつつも頷いて、海竜の背中に乗り込みました。たぶんジェシカの明るい表情に驚いたのです。
旅をしていた時、ジェシカはずっと無表情で冷めた目をしていました。ジェシカは仲間に置いて行かれて、一人だけ生き残った魔人族の戦士だったのです。笑う余裕なんて無かったのです。
でもガリシア自治区に来て、ジェシカは変わったのです。魔人族の村の人たちにしか向けなかった笑顔を、アリス達にも向けてくれるようになったのです。年相応の笑顔を浮かべたジェシカはとってもかわいいのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さてと……皆、一か月ぶりね。元気だったかしら?」
ランメルに着いたアリス達は、旅装を解いて夕食の席を囲みました。
「アリスは元気なのです。やっと町も形になってきたのです」
ここランメルは新しいガリシア氏族の町です。旧都レリダの東にあるランメル鉱山の側に建造中なのです。
「扱き使われて大変なの。エルサも手伝って欲しいの」
「ふふっ。魔人族の皆も受け入れられているみたいね。ヴィクトリアは元気?」
「うん。母様もエルサに会いたがってるの。顔を見せてあげてほしいの」
「ええ、もちろん。私も会いたいわ」
エルサとジェシカが柔らかい笑みを浮かべて話をしているのです。こんな光景が見られるようになるなんて、思ってもみなかったのです。
アリスも、エルサも、ユーゴーも、ジェシカに対して複雑な思いを持っていました。アザゼルの陰謀でアリスはスキルを封印され、ユーゴーは父親を亡くして不遇の運命を辿り、エルサにいたっては目の前で従妹を殺されたのです。
龍王ルクスに嵌められた魔人族を救うために、アザゼルが止む無くしたことだとはわかっています。ジェシカも悩み苦しんでいたこともわかってはいたのです。
それでも、それとこれとは話が別です。アリス達は魔人族の都合で大変な思いをしたのです。だから、仲間として行動を共にしていても、本音ではジェシカに心を許すことが出来なかったのです。
「アリスも頑張っているみたいね。ここに来て20日ぐらいしか経っていないのでしょう? もう町の形が出来ているなんてすごいじゃない」
「父様とイレーネのおかげなのです。それに、ジェシカや魔人族の村の人たちも、頑張ってくれているのです」
父様もイレーネも優秀な鍛冶師です。石材を加工して家屋を建てたり、生活必需品を作ることなんてお手の物なのです。
でも、二人で出来ることには限りがあります。生き残った氏族の人がやってきて、手伝ってくれてはいます。それでも人手は全く足りていなかったのです。
それを解決してくれたのが魔人族の村からやってきた人たちです。
百人ぐらいの村人の中で、戦闘の加護を持つのはジェシカだけでした。その代わり、村の人たちは優秀な生産の加護を持っていたのです。
商人、魔物使い、農民、薬師、革細工師に木工師。サローナ大陸では活躍できなかった生産職の人たちは水を得た魚のように働きました。中でも活躍してくれたのが、魔人族に多く生まれるという学者系の加護を持つ人たちなのです。
学者・教授・賢者といった学者系の加護を持つ人たちが得意とするのは魔法陣の構築です。生活魔法を習得できるスクロールとか、コンロやストーブといった魔道具なんかを作ることができるのです。
最上位の加護【賢者】を持つ人だと、町全体に効果を及ぼす魔物除けなんてものも作れるのです。ジェシカに聞いた話だと、クレイトンの『龍の否定』の魔法陣やエウレカの『積層型広域魔法陣』なんかも大昔の優秀な【賢者】が構築したものらしいのです。
彼らのおかげでランメル周辺は魔物が近寄らなくなったのです。戦いの加護を持つ人が少ないので本当に助かっています。
その一方で、ジェシカはアリスと一緒にランメル鉱山にアタックし、オークやトロールを倒しては町に持ち帰りました。町の人のお腹を満たす食糧を得るためでもあるし、鉱山の資源を採掘する鍛冶師達の安全を守るためでもあります。
そうこうするうちに、はじめは魔人達を恐れていた人たちも、その人柄を知って打ち解けていったのです。父様やイレーネが真の歴史と神龍ルクスの正体、世界各地の都市で起こったこと、レリダの悲劇の真相を皆に伝えたからでもあります。
今、ランメルでは土人族と魔人族で協力して、ガリシア自治区の中心都市を再興しようという気運が生まれています。ジェシカもだんだんと変わっていき、魔人族の村の人たちだけに向けていた可愛らしい笑顔を、アリス達にも向けてくれるようになりました。
辛いこと、哀しいことがたくさんあったけど、これからは幸せな世界を築いていける。そう思えた一ヶ月だったのです。
「そう、頑張ったのね、ジェシカ。偉いわ」
「もう。子ども扱いしないでほしいの。エルサ、おばさんくさいの」
「お、おばっ!?」
アリスとジェシカが代わる代わるに話し終えるとエルサは暖かく微笑んでジェシカの髪を撫でました。憎まれ口をたたいているけど、ジェシカもなんだか嬉しそうなのです。
「ユ、ユーゴーは、どうしてたのです?」
でも『おばさん』はいけません。アリスは慌ててユーゴーに話を振りました。この話題は危険なのです。たぶんエルサはジェシカの母親のヴィクトリアと同じぐらいの年だと思うのですが、世の中には触れてはならないこともあるのです。
「始まりの森、チェスター、オークヴィル。アルフレッドはどこにもいなかった」
「そう……」
「だが、レグラムでアルフレッドの目撃証言があった」
「えっ、レグラム王国にいるの!?」
エルサがガタっと机を揺らして立ち上がりました。思いがけない場所だったからなのでしょう。
「ああ。母を送り届け、情報収集を頼んでいたのだ。獅子人族との戦いに従軍していた狼人族が見かけたらしい」
「なんで、レグラムに?」
ローズが首をかしげます。アリスも不思議に思います。アルさんはチェスター周辺にいると思っていたのです。
「どうやらヴァ―サ王国に向かったらしい」
「ヴァ―サ王国?」
確か猫人族の国だったはずなのです。獅子人族が支配していた頃のマナ・シルヴィアと同盟関係にあったはずです。
でも、アリス達が訪れることはありませんでした。なぜ、アルさんはそんなところに向かったのです?
「【精霊弓士】の加護を持つ戦士を探していたそうだ」
皆、不思議そうな顔で眉を寄せています。アルさんは何をしようとしているのでしょう?
でも……少なくともアルさんは生きているのです。アリス達を頼ってくれないのは寂しいです。でも、アルさんが無事で、何か目的をもって旅を続けているらしいことはわかったのです。
それだけでも、アリスはほっとしたのです。




