第468話 優しい嘘
大空洞の底に描かれた【魔素崩壊】の魔方陣。それは、龍王の魔晶石が宿す膨大な魔力を暴走させ、周囲一帯を破壊する。おそらくその威力は、十キロ四方にも及ぶこの大空洞を作り出したアザゼルの魔素崩壊を超えるものになるだろう。火龍イグニスの守りの無い王都など、為す術もなく破壊されてしまう。
そして、ルクスが言った『何度でも蘇る』『決して滅ぶことはない』という言葉。それが真実なら、ルクスは【魔素崩壊】によって魔晶石を消滅させたとしても、再び蘇ることが出来るということだ。
『龍の言の葉』は『女神への誓いであり呪い』、『自らの行動すら縛る枷』。ルクスはそう言っていた。龍が発した言葉は、つまり、『龍が不滅であり、再び蘇る』という言葉も、世界に誓うことが出来る真実であり、自らを『滅びない』と縛るということだ。
その言葉を聞き、俺は絶望と激しい徒労感に襲われた。
だってそうだろう? ルクスをこの大空洞の底に誘導し、決死の覚悟で戦いを挑み、からくも勝利をもぎ取ったのに。それがすべて無駄だったと突き付けられたのだから。
ルクスが蘇り、再び対峙することになったらどうなるだろう。奴は俺達の対策を立ててくるだろう。遠く上空から延々とブレス攻撃を仕掛けてきたら? 眷族である竜をひたすら嗾かけられたら? そうなったら、勝てる見込みなんてほとんどないだろう。
人族に安住の地など無くなってしまう。魔人族の村がある極寒の大地で、震えながら細々と生きることになるのか。
少なくとも今出来ることはもう何もない。再起を志すにしても、今この場からは逃げ出すしかない。そう、思ったんだけど……ね。
「いやーさすがにもうダメかと思ったよー。でも最後のすごかったねアル! ステータスえらいことになってたし! あの時さ、加護が8個全部表示されてたの! 全部励起したってことでしょ!? いつの間にそんな裏技覚えてたの!? さっすがあたしの騎士だよー!」
「えっと、その…………え?」
「ギルもすごかったね! 最後のあれ暗黒騎士のスキルでしょ? 聖騎士の【神威の剣】の暗黒版? いきなりなのに、よくアルに合わせられたよね。やっぱり兄弟だね!」
「あ、ああ…………」
「ローズがギルの回復間に合わせてくれたおかげってのもあるよね! アリスのバフも、ジェシカの隠遁も、ばっちりだったじゃん!」
「う、うん……」
「ありがと……なのです」
「…………」
「あ、ユーゴー、もう大丈夫そう? やっぱりあの技はすごいよね。リキャスト長いから使いどころ難しいけど、ここぞって時はほんと頼りになるよね」
「…………ああ」
「エルサ―! うわ、辛そうだね。ごめん、魔力回復薬使い切っちゃったんだよね。大丈夫?」
「え、ええ……」
「んふふ。エースもがんばったね。よしよし」
「ひひんっ」
「いやちょっとどうしたの、みんな? なんかテンション低くない? ラスボスっていうか裏ボス倒したんだよ? よっしゃーとか、やったーとかないの?」
アスカがすごい勢いで喋っているが、みんな理解が追いついていない。呆然とアスカの言葉に頷くのみだ。
「えっと、その、終わった……のか?」
「ん。これで終わりかな」
アスカがルクスの魔晶石のところに歩いて行って……確か【収納】って言ってたよな。収納って、じゃああれは……
「ルクスの魔晶石をアイテムボックスに収納した……ってことで合ってる?」
エルサが戸惑いながらアスカに問う。アスカは顎をくいっと上げて、いかにもな得意顔をした。
「そうだよ?」
「いや、どうやって……生き物はアイテムボックスに入れられないんじゃなかったのか?」
生物は収納できない。生物の死体なら収納できる。植物に関しては【採集】したものは収納できるが、鉢植えなんかだと収納できない。そんな制約があったはずだ。
「いや、だってあれ魔石じゃん。魔石は今までだって収納してたじゃん」
「え、あ、そうか。あれだけ自在に言葉を操っていたから……そうか魔石、なのか?」
「そだね。あれ、魔力の結晶みたいなものでしょ? 生き物ってくくりじゃないじゃん。それなら入るよ。あたしのアイテムボックスは、そういう風に作られたんだから」
魔力の結晶。そう言われてみれば、確かにそうか。
ルクスの身体から漏れ出た碧い魔力光――――魔素が結晶化した物体だもんな。巨大な神授鉱の塊とでも言えるものだったが、いずれにせよ『物』だ。それならアイテムボックスに収納出来てもおかしくない。
「……作られた?」
エルサが困惑した表情でアスカに尋ねた。
「えっと、そういう仕様、みたいな?」
アスカが、少し慌てた様子で答える。口を滑らせてしまった、といった感じの表情だ。
「まあいいじゃん。とにかく、ルクスは倒せたんだから! もうルクスはアイテムボックスから出られないし、復活もないよ!」
そして、早口でまくし立てる。
「あ、ああ……」
でもそうか。俺達は、ルクスに勝ったんだ。最後の最後に不滅だとか蘇るとか言い出して焦ったが、アイテムボックスから出られないなら、問題ないだろうし……
いや、ちょっと待て。本当に?
「ルクスはアイテムボックスから出られない?」
「うん。そうだよ、だからあんし」
「なんでそう言い切れるんだ?」
ルクスは魔素――――神授鉱の欠片だか女神の断片だかを直接操れる力を持っている。アスカのアイテムボックスは確かに規格外なスキルではあるが、女神が与えた加護と技なのだから魔素が力の源泉ではあるだろう。
だとすると、ルクスの影響を完全に排除することなんてできないんじゃないのか?
「ルクスは六柱の守護龍の力で大地に封じられていたんだろう? 守護龍の力でようやく封じることができた龍の王をアイテムボックスに封じておけるのか?」
そう問うと、アスカは困ったような笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。あたしが出さない限りルクスは出てこれないし、アイテムボックスの中は時が止まってるからね。いくらルクスだって何も出来ないよ」
心配しなくても大丈夫。アスカは言い聞かせるように微笑む。
「……女神がそう作ったから?」
そう切り返すと、アスカはうっと言葉を詰まらせた。
「アスカは……ニホンに帰るつもりなんだよな?」
「えっ? う、うん、そうだね。帰らなきゃ、いけないから」
不意に話題を変えたことでアスカは困惑した様子だ。
「ルクスの魔晶石をアイテムボックスに入れたまま帰るのか?」
「それは……」
「ニホンには魔素や魔力、加護も魔法もスキルも無いって言ってたよな? そりゃそうだよな。加護もスキルも女神が与えてくれたものだもんな。ニホンにあるわけないよな」
「…………」
「ニホンに帰ったら、アスカのアイテムボックスはどうなるんだ? 加護は? ニホンでルクスが解き放たれるようなことにはならないのか?」
「そんなことには……」
「そもそもどうやってニホンに帰るんだ?」
「…………」
「俺の【転移】は、龍脈が繋がっている場所に転移できる。龍脈の腕輪もそうだ。アスカはどうやってニホンに転移するんだ?」
「そうね。重ね合わせの宇宙で、移動し続ける星どうしが近づいて、女神が生まれたのだったわよね」
エルサが俺の言葉の後に続く。
「遠く離れた別の宇宙、別の星。女神にだって行けないのではないかしら?」
アスカは俯き、黙り込む。
ああ、やっぱりそうか。ずっと違和感があったんだ。
「本当のことを話してくれ、アスカ」
アスカは……嘘をついている。たぶん、俺達のことを想って。




