第45話 チェスター防衛戦
今夜は厚く雲が垂れ込めているため空を見上げても月や星は見えず、ただ真っ暗な闇が広がっている。等間隔に並んだ街灯の頼りない光だけが、貴族街へと通じる目抜き通りを照らしていた。城壁の奥には火の手が上がっていて、闇夜を削り取るように踊る炎が所々に浮かんでいる。
「ギャギャァッ!!」
焼け爛れた左腕に手を当てて俺を睨みつけ、何事かを叫ぶゴブリンらしき化け物。レッドキャップ……だったか?
「かかって来い!」
レッドキャップの近くに倒れている二人に襲い掛からぬよう【挑発】で注意を引く。スキルさえ発動すれば特に何も言わなくてもいいそうだが、何となくこの方がやりやすいのだ。それに周囲に魔物の注意を引くぞってアピールにもなるしな。
俺の煽りが効いたようで、レッドキャップは二人から俺に標的を変え、男性から奪い取ったメイスを振り上げながら走り寄ってきた。
「ギイッ!」
振り下ろされたメイスを掲げた盾で受け流す。身体を泳がせたレッドキャップの腹部に向けてショートソードを力任せに薙ぎ払う。ゴロゴロと土ぼこりを上げて転がるレッドキャップ。その腹部は大きく切り裂かれ千切れそうになっているだけでなく傷口は焼け爛れていた。
鋼鉄のショートソード改め、火喰いの剣の刃の表面には黒い焦げカスがこびりついていた。たぶんレッドキャップの肉や血液が刃の発する高温で焼けたのだろう。ブンっと火喰いの剣を振るうと、こびりついていた焦げカスはボロボロと剥がれ落ちる。
それに、火喰い狼の素材が混じることで剣自体の耐久性も上がっているのだろう。刃こぼれ一つしていない。汚れも落としやすそうだ。
だけど、こんなにも刃が高温を発しているのに、柄が熱くならないのはどういう仕組みなのだろう。今さらあの武具屋に聞くこともできないけど。
「大丈夫ですか!? いま回復しますね!!」
アスカは倒れている女性に駈け寄りながらメニューを展開し、浮かび上がったウィンドウをトントンと指でつついた。すると女性の頭部を薄緑色の光が包み込んだ。たぶん薬草を使ったのだろう。
「うぅっ……あれ? 私は……」
「あ、ありがとうございます!」
「お礼はいいから早く逃げて! 街の入り口の方に!」
「はっ、はいっ!!」
未だ混乱している様子の女性を男性が無理やり立ち上がらせ、二人は走り去って行った。
「アスカ、どういう事なんだ? 襲ってくるのはゴブリンじゃなかったのか? あんなヤツ見たことも無いぞ!?」
ゴブリンなら始まりの森で何度も見かけたことがある。夜や洞窟などでしか姿を見ることはないため、はっきりとした色はわからないが、ランタンや松明に照らされたヤツらの肌は灰色がかった緑色だったはずだ。それに鋭い鉤爪なんて持っていない。牙だってこんなに大きくなかったし、頭髪も生えていなかった。
「赤銅色の肌に、燃えるような赤い目に髪……こいつはたぶんレッドキャップだよ。WOTのイベントで出て来たのは間違いなくゴブリンだった。なんでこいつらが出て来たのかはわからないけど……やっぱり現実はWOTの通りってわけじゃないみたい」
アスカはレッドキャップにそっと触れて【魔物解体】を発動した。レッドキャップの死体がふっと消える。
「レッドキャップは深い森とか古い遺跡とかにしか出没しない魔物のはずなんだけど……」
「この近くでは見たことが無いな。シエラ樹海の奥深くにはいるのかもしれない」
「こんな序盤に出てくるはず無いんだけど……。ううん、そうじゃない。ここは現実なんだもん。都合よく弱い敵から出てくるなんて、ご都合展開あるわけないか」
「うん? どういうことだ?」
「なんでもないよ。行こう、アル? 相手がレッドキャップだったとしても、あたし達がやることは変わらない。そうでしょ?」
「……ああ、そうだな。行こう。」
俺たちは、火喰いの投げナイフを回収しつつ、貴族街の門に向かう。少し走ると、脇道の方で二人組の男たちがレッドキャップと戦っているのが見えた。
「くっ、クソッ!!」
「オラアッ! おいっ、カミル! 何やってんだ!!」
「しょうがねえだろ! 愛用のダガーが無えんだ! こんなちっぽけなナイフで戦えるかよ!」
なんだあいつらか。脇道の奥ではついさっき痛めつけたばかりのダリオとカミルが、2体のレッドキャップ相手に苦戦しているようだ。
そりゃそうだろうな。アスカが装備を根こそぎ剥ぎ取っているから、あいつらはほぼ丸腰だ。【喧嘩屋】のダリオはまだ戦えるだろうが、ただでさえ攻撃力の低い【盗賊】のカミルは武器が無ければ苦戦必至だろう。
カミルは剥ぎ取り用の小さなナイフをレッドキャップに向け、及び腰になっている。ダリオの方も手甲が無いから勝手が違い、本領を発揮できていないのだろう。
「さっきのヤツらだよね? どうする?」
「しょうがない。ここで死なれても寝覚めが悪い。助けよう」
俺はダリオ達の方に駆け出しながら、【挑発】を放つ。今度はセリフ無しだ。注意を引けず、あいつらが怪我をしたとしても、別に構いやしないしな。
だが、俺の【挑発】は上手くいってしまった。レッドキャップはダリオとカミルを無視して俺に駆け寄って来る。【挑発】もLv.7まで上がってるから、それなりに効果が高いようだ。
俺は数歩だけ横に移動して二体のレッドキャップとの距離が同じくらいになるように調節する。片方のレッドキャップは町の住民から奪ったのであろう槌を振り下ろし、もう一体は鉤爪を突き刺すようにして襲い掛かってきた。
「……今だ! 【鉄壁】!!」
掲げた火喰いの円盾を中心に真紅の壁が広がる。
あれ? 竜退治物語の盾でやった時と魔力の壁の色が違うな。
ガンッ!!
【鉄壁】は易々とレッドキャップ達の攻撃を受け止める。さーて、コンボ発動だ!
「【シールドバッシュ】!」
スキルを発動しながら魔力の壁ごと盾を押し返すと、なんと、盾と【鉄壁】から火が噴き出した。離れて見ていれば、火魔法でも放ったかのように見えただろう。
俺の身体を中心に扇状に噴き出した炎は一瞬で消えて無くなったが、レッドキャップ達が羽織っているボロボロの布には燃え移ったようだ。火だるまになったレッドキャップ達は、やがて力尽きて倒れ伏した。
「すまねえ、助かった……って、お前!!」
「あ、アルフレッド……!」
一瞬だけしおらしい態度を見せたダリオ達だったが、俺が誰なのかわかると敵意むき出しの顔で睨みつけてきた。
「なんでお前が【剣闘士】のスキルを使えるんだ!?」
「落ちこぼれの【森番】じゃなかったのかよ!?」
「……アスカ」
俺はダリオ達の問いかけを無視してアスカの方を向く。アスカは目が合っただけで俺が何を言いたいのか察したようだ。
「はーい。どうせ、売っても大したお金にはならないだろうし、まいっか。優しいね、アルは」
魔法袋偽装をしながらダリオ達の装備をポイポイと取り出した。ついでに下級回復薬を2本添えている。優しいな、アスカ。
「お前たちの装備だ。武装して街の防衛に回ってくれ。ちゃんと武装をすれば、あんな雑魚なんかに遅れは取らないだろ?」
俺はダリオ達を睨み返しながら、煽るように問いかける。ダリオ達は火にかけすぎた薬缶のように、真っ赤な顔になった。
「当たり前だ!!」
「【森番】風情がナメんじゃねえぞ!?」
「……その【森番】にのされたのは、どこの誰だったっけな? あんな魔物程度に苦戦してたみたいだし」
「んだとぉ……!? 愛用のダガーがあれば、あんなヤツら楽勝だ!!」
「このヤロウ……見てやがれ! ゴブリンもどきなんて、狩りつくしてやらぁ!」
さすがは良家生まれなのに街のゴロツキまがいのことをやってる考え無しな乱暴者達だ。煽り耐性が無い。
「行こう、アスカ。向こうの方に魔物の気配がある。レッドキャップだろう」
「うん! 急ごう!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アスカは消し炭になったレッドキャップ達を、ちゃっかり回収して俺に続く。目抜き通りに戻った俺たちは貴族街に向かって走りながら、俺の【索敵】に引っかかったレッドキャップ達を次々に葬っていった。
火喰いの剣の切れ味は素晴らしく、魔力を通さずに普通の剣として使っても鋼鉄の時よりも鋭くなっている。レッドキャップの手脚を簡単に切り落とせるし、上手くいくと背骨ごと身体を両断できるほどだ。
火喰いの円盾は、もう魔法の武器と言ってもいいのではないのだろうか。【鉄壁】と【盾撃】のコンボを使うと、火喰い狼のブレスを彷彿とさせる火魔法のような攻撃を放つことが出来る。攻守にわたって大活躍だ。
時おり使っている火喰いの投げナイフもかなり良い。偶然にも首元に突き刺さった時には、噴き出した炎がそのまま喉元を焼いて呼吸困難に陥らせ、一投でレッドキャップを倒してしまった。
【剣闘士】になってからの訓練の成果はもちろんだが、新たな火喰い狼素材の武具も大いに戦力増強に役立っている。
アスカも薬草や下級回復薬を惜しみなく使って、街中で怪我をしている人たちを次々に助けだした。もう既に数十体のレッドキャップを倒したが、アスカが俺の疲れも癒してくれるので好調を維持できている。
チェスター防衛戦の滑り出しは、かなり上手くいっている。さて、ここからが本番。炎に包まれている貴族街への突入だ。
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