第460話 龍王
「【魔力撃】!【風衝】!【牙突】!【鉄壁】!【盾撃】!」
立て続けにスキルを発動し、ルクスに叩き込む。その僅かな合間に魔法とスキルで自己強化も重ね掛けしていく。
励起させる加護にもよるが、片方を【暗殺者】とした場合の俺の敏捷値は約8千ほど。第二位階黒魔法【風装】と暗殺者スキル【瞬身】を重ね掛けすれば、それぞれステータス値を5割ほど強化する効果があるため、合わせて二倍になる計算だ。
そこにアスカの強化ポーションの効果でさらに5割上乗せされる。あわせて2.5倍の強化だ。敏捷値は2万ほどに跳ね上がる。
もちろん同様に膂力、防御力、魔法抵抗力も強化していく。それでも圧倒的な速度と攻撃力を誇るルクスには及ばないが、なんとか食らいつける程度の身体能力は得られる。
上昇した力と速さにも、ここ数日間の海底迷宮でのレベル上げで慣れている。膨れ上がったステータスに振り回されることもない。心身ともに、完全に制御出来ている。
ならば、この勝敗を分けるのは『技巧』だ。
身のこなし、足さばき、間合いと駆け引きの妙、スキルの慣熟、戦闘経験によって裏打ちされた勘。それらは、ルクスには持ち得るはずがないものだ。ギルバードの身体を奪ってから数十日ほどしか経っていないのだから。
ステータスではルクスに大きく劣っている。だが、『技巧』に関しては、俺とルクスの間には天と地ほどの開きがある。もちろん俺が前者だ。
その技巧もあってか、少しずつ龍殺しの剣はルクスの身体を抉り、切り裂いていく。
「【影縫】!」
「【聖槍】!」
さらに、こっちには頼りになる仲間達がいる。
【接続】は切っているが、それでも俺達には共に戦ってきた共通の経験がある。特に海底迷宮では格上の魔物と何度も何度も対峙してきたんだ。【接続】状態のように以心伝心とまではいかないものの、俺に合わせて動くくらい彼女達は余裕でやってのける。
「【紫電】!」
「【崩撃】!」
「ガァッ!?」
そして、待ちに待った追撃がルクスに突き刺さる。エルサとユーゴーだ。
気づけば空を埋め尽くすように旋回していた古代竜の姿が見えない。エースを含めた3人で倒しきったのだ。
「今だっ!」
雷撃がルクスの纏う魔力の鎧を削り、ユーゴーの薙ぎ払いで体勢を崩した。俺の連撃の間隙に仲間達が捻じ込んだ攻撃が、大きな隙を作ってくれた。
「【剛・魔力撃】!」
二重詠唱では間に合わない。使い馴染んだスキルを叩き込む!
横薙ぎに払った龍殺しの剣はルクスの魔力鎧を切り裂き、左腕の肘から先を斬り飛ばした。
「ウグァァァッ!!?」
ルクスが獣じみた叫び声をあげて、左腕をおさえて後退る。この決定的な追撃の機会を逃すわけにはいかない。俺は牽制も入れずに、飛び退いたルクスに向かって突貫した。
「【貫通・魔力撃……」
「くっ、【下がれぇぇっ】!!!」
「ぐぉっ!?」
だが、追撃の刺突がルクスの胸に突き刺さろうとしたその瞬間、ルクスの全身から魔力の奔流が放たれた。防御を捨てて突っ込んでいた俺は、碧い閃光をともなった衝撃波を真正面から浴びて弾き飛ばされた。
「アルッ、みんなっ! 【天龍薬】!」
「【聖者の祈り】!」
「うぅっ……助かった!」
「ありがとう、ローズ!」
俺とローズを中心に広がった青緑色の光が、皆を包み癒していく。衝撃波で吹き飛ばされはしたが、皆もさほど大きなダメージは受けていないようだ。
しかし……惜しかった。もう少しで大打撃を与えられるところだったのに。
いや、せっかく左腕をとったんだ。着実に小技で詰めるべきだったか。
落ち着くんだ、アルフレッド・ウェイクリング。焦らず、じっくりとだ……
「ぐぅっ……貴様ら」
翼を広げて宙に浮いたルクスが俺達を睨み、呻いた。その表情からは普段の俺達を見下す傲慢さは見て取れない。
「女神が力を授けたとはいえ、ヒト如きがここまで抗えるとは」
その容貌に浮かぶのは、憤怒と焦燥だ。
「そのヒト如きに、腕を落とされた気分はどうだ?」
俺は【挑発】を発動しつつ嘲笑を浮かべ、ルクスを煽る。
さっきの【魔素崩壊】に似た魔力暴発で、間合いを開けられてしまった。しかも空に浮かび上がられ、頭上を取られてしまっている。
エースに騎乗すれば空中戦を挑めないでもない。だが、挑発に乗って地上に降りてくれれば戦いやすい。
【転移】でルクスのさらに上を取り、地上に叩き落とすか? いや、奇襲の一撃を食らわせることは出来るかもしれないが、身動きの取り難い空中に転移のは危険すぎるか。
「ふん……認めざるを得んな。貴様らだけはここで始末せねば、我が千年の大願成就の大きな障害となろう」
そう言ってルクスは右手を上げ、掌を天にかざした。
「【氷槍】!」
「【岩槍】!」
「【聖槍】!」
「【影縫】!」
その瞬間、俺達は牽制の魔法とスキルを放つ。合図をしたわけでもないのに、ほぼ同時だ。
皆、わかっているのだ。ルクスに先手を打たせてはならないと。
だが、俺達が放った攻撃は、ルクスが展開した魔力障壁に弾かれてしまう。即座にエースはユーゴーを乗せたまま空へと駆け出し、俺は【転移】を発動しようと精神を集中する。
「【出でよ】」
しかし、それよりもルクスが『龍の言の葉』を紡ぐ方が早かった。ぐにゃりと頭上の空間がゆがみ、唐突に竜が現れた。
「っ……ここに来てコイツかよ」
「これは、マズイわね」
それは海底迷宮85階層の階層主と同じ竜。三対六枚の羽を持つ最強の竜種、『竜王』だった。
まさかこんなヤツまで温存していたとは……。龍王と竜王を同時に相手しなければならないってのか。
先ほどまでのようにエース・ユーゴ・エルサの3人だけに、竜王の相手を任せるわけにはいかない。竜王はパーティ全員で【接続】することで、ようやく互角に渡り合えたURランクの魔物なのだ。
ならばどうする? アスカとの接続状態なら、数分あれば俺一人でも竜王を倒すことは出来るだろう。だが、その間、他の皆でルクスを抑えることが出来るか?
いや、厳しいな。やはりパーティ全員の【接続】に切り替えて、ルクスと竜王を同時に相手取るしかない。
「女神が愛した姿で、邂逅を果たしたかったが……」
そんな俺の潜考をよそに、ルクスは竜王を背にしてポツリと呟く。そして、両腕を左右に広げ、冷然とした紅眼で俺達を見下ろした。
「慣れぬ人の姿であったとは言え、我をここまで追い詰めたことは称賛に値する」
ゾクリと背筋が粟立ち、冷たい汗が流れた。
「褒美に貴様の弟の躯を返してやろう」
不意に、ルクスの身体から碧い靄が滲み出るように漏れ出した。碧い靄は薄く広がり、空へと舞い上がっていく。そして、四本の角と翼、両腕と両脚を覆う碧い鱗が溶けるように消えていった。
その直後、ルクスの身体がまるで糸の切れた人形のように落下した。突然のことに俺達は反応できない。
ドサッ
大空洞の底に転がったルクスは、横たわったままピクリとも動かない。まるで屍のようだ。
「えっ」
「なん、だ……?」
意味が分からず混乱していると、アスカが叫び声をあげた。
「あ、あれ!!」
その目線を追って空を見上げる。
そこには、ついさっきまでいたはずの竜王の代わりに、燦然と輝く六対十二枚の翼を広げた碧い龍がいた。




