第458話 龍人
「……女神?」
ルクスが怪訝な表情を浮かべてポツリと呟いた。
ユーゴーの渾身の突きですら弾くルクスの強靭な肌を傷つけた、碧い魔力光を放つ片手剣。さすがに神授鉱製だと気づいたのだろう。
とはいえ、素直に説明する義理はない。
とりあえず話を続けて時間稼ぎを試みるか……。俺の背後で、古代竜の群れを一掃すべく、エルサが大魔法の詠唱を始めている。ジェシカが【隠遁】でエルサの気配を隠しているから、まだ勘付かれてはいないはずだ。
「何の話だ?」
「惚けるな。女神から授かったか」
ルクスは龍殺しの剣を顎で指して、そう言った。その顔には戸惑いと怒りがありありと浮かんでいる。
「ああ、この剣のことか? とある天才錬金術師が鍛えたんだ」
「人が……作っただと?」
ルクスが愕然とした表情で、その紅目を剥いた。
「人ごときが神の断片を支配する権限に手を出すとは……」
ゴォッ!
「なんたる不遜ッ!」
次の瞬間、ルクスが全身に纏っていた魔力の鎧が、吹き荒れる嵐のような奔流へと変化し、碧い輝きを放った。
「なっ!?」
咄嗟の判断で加護の励起を防御主体の【騎士】と【導師】に切り替えた。それとルクスが右手を前に突き出したのはほぼ同時だった。
「グギャァァァァッ!!」
それが合図だったのだろう。上空の古代竜の群れが一斉に雄叫びを上げた。
「ちっ、俺の後ろに!!」
そう叫んで全員との【接続】を切り、ローズと繋げなおす。即座に全員が俺とローズの背後に飛び込んだ。
その直後、上空から古代竜のブレスが上空から降り注ぐ。
「【光の大盾・大鉄壁】!」
「【二重・光の大盾】!」
俺とローズが同時展開した魔法障壁に、燃え盛る炎塊、無数の氷槍、紫電の帯、巨岩の杭が殺到する。
「『上級魔力回復薬』!」
今さら古代竜のブレスぐらいじゃ俺とローズの魔力盾は破れない。ゴリゴリと魔力を削られていくものの、すかさずアスカが回復してくれるため守りは盤石だ。
しかし、ブレスに視界を遮られてルクスの姿が見えなくってしう。
「これはっ!?」
震え上がりそうなほどの敵意とともに、ルクスの魔力がどんどん高まっていく。
アスカが畏れていた通りか。やはりルクスの力にはまだまだ先があったのだ。
「行けるか、エルサ!?」
「問題ないわ!」
「よし、ローズ、息を合わせろ!」
「わかってる!」
「【盾撃】!」
ローズと俺が展開した魔力障壁を反転させ、古代竜のブレスを相殺する。その瞬間、ユーゴーとエルサを背に乗せたエースが、白く輝く翼を広げて飛び出した。
即座に励起する加護を【魔導士】と【闇魔道士】に切り替える。魔力補正を最大に高めた俺の魔力は1万を超える。長くはもたないが、【大魔道士】エルサと【接続】した際のステータス値は1万8千超!
「行けぇっ!!」
「【二重・戦神ノ雷槌】!!」
瞬間、雷光が瞬く。水竜の群れが引き連れてきた暗雲から二筋の紫光の柱が走り、古代竜がブスブスと黒煙を上げて次々に墜落していく。凄まじい威力だ。
まだ半数近くは残っているようだが、あとはエルサ達に任せよう。残りのメンバーで、ルクスをなんとか抑え込む。
俺達はそれぞれの得物を手に、古代竜のブレスによって舞い上がった土埃の向こう側にいるルクスに向き直る。
やがて土埃が晴れ、その陰からルクスが姿を現した。
「なっ……!?」
その絶大な魔力と、臓腑を固く締め付けるような敵意は、間違えようがない。
だが、それでも、俺は自分の目を疑った。ルクスの姿は、別人――いや、別の何かと思わうほどの変貌を遂げていたのだ。
「あははは……ホントに変身しちゃったよ。この形態は予想してなかったなぁ」
アスカが乾いた笑い声をあげる。
「笑いごとかよ……」
真っ白な長髪と俺によく似た顔は変わらない。
だが、鋭く尖った額の二本角に加えて、二本の捻じれた角が側頭部から左右に飛び出していた。両腕と両脚は碧い鱗に覆われ、太い尻尾と翼が生え、さらに両手足は鷲や鷹を思わせる鋭い鉤爪がついている。
「神の領域を犯した愚か者ども……」
言わば、『龍人』といったところだろうか。体は一回り以上も大きくなり、180センチの俺よりも頭一つ大きい。
「神罰を与えてくれん!」
ルクスはそう言い切るや否や、俺に向かって一直線に突っ込んできた。
その動きは今までと同様、単純極まりない。真っ直ぐに近づき、振り上げた腕を叩きつけ、その鉤爪で抉ろうとする、素人丸出しの攻撃。だが……
「ぐうっ!?」
目で追うのがギリギリなほどに早く、身体の芯にまで響くほどに重い。
「ふんっ!」
「がぁっ!!?」
しかも一撃にありえないほどの魔力が込められ、ルクスの爪を受けるたびに強烈な衝撃で弾き飛ばされそうになる。
「【破迅・影縫】!」
ルクスの回し蹴りを受けて大きく体勢を崩し、追撃の拳を無防備に食らいそうになったその時――ジェシカが惣闇色の魔力光を纏った千本を投擲した。
「【邪魔だ】!」
同時に10本も放たれた千本だったが、そう言い放っただけで展開された魔法障壁に跳ね返される。
「【跪け】!」
「きゃぁっ!?」
「うぐぅっ!」
「いぃっ!?」
突如、立っていられないほどの重圧が全身を襲う。ローズとジェシカ、あっけなく膝と手をつき、地面に這いつくばってしまう。
俺は腰を落としてなんとか重圧に耐えたものの、とても身動きは取れない。まるで全身に鉄塊を巻きつけられたかのように、身体が重い。
「【爆ぜよ】!」
「ぐはぁっ!?」
至近距離で魔弾が爆ぜる。ぎりぎりで円盾を差し込み直撃は避けたが、衝撃は吸収できずに弾き飛ばされてしまう。
「がはっ、げほっ、げほっ」
地面に打ち付けられた衝撃で肺がやられたか、咳に血が混ざる。歯を食いしばって立ち上がるものの、生まれたての小鹿のように足が震えた。
「『天龍薬』!」
アスカの声とともに、青緑色の優しい光が体を包む。
全身を襲う軋むような痛みが消失し、荒くなっていた呼吸が戻ってくる。
しかし、冗談じゃねぇぞ……。あれだけレベルを上げたってのに、いくらなんでもこの差は無いだろうよ。
「【跪け】」
ルクスの声とともに、再び全身を重圧が襲う。
くそっ、なんだこの体たらくは。纏う魔力の濃密さと厚み。速さも重さも、全く適わない。このままじゃ、嬲り殺されるだけだ。
ああ、もう限界だな。出し惜しみしている場合じゃ無い。
「アスカッ!」
「うんっ!」
アスカの予想では、ルクスの強化……とういうか変身は、もう一段階残されている。むしろ、この『龍人』形態が予想外だったのだ。『人』の形であることが不自然。ルクスは『龍』なのだから。
だからこそ、切り札は残しておきたかったんだが……ここまで実力差が明白だとそうも言っていられない。
「【接続】、アスカ!」
さあ、ルクス。ここからが正真正銘の俺とアスカの本気だ。




