第457話 ヴォーパル・ソード
ローズ、【聖槍】で牽制!
よし、今だエルサ、追撃を!
仲間がどう動くか、何をして欲しいのかがわかる。
俺がどう動くか、どう動いて欲しいのかが伝わる。
いいぞ。
さすがエルサ!
続いていけるか、ジェシカ?
連撃を重ねるごとに高まっていく興奮と連帯感。
意識が戦闘に深く深く没入していく。
行け、ユーゴー!
俺も続く!
「【重ね・魔力撃】!」
俺達の連撃は止まらない。
少しずつ少しずつルクスに傷を負わせていく。
次第にルクスの顔には、隠せない焦りが浮かんできた。
自分の防御を貫かれるとは思わなかったのだろう。
一向に傷が癒えないことが理解できないのだろう。
「ガアァァァッ!!」
ルクスは獣のような雄たけびを上げて腕と脚を振り回す。
ルクスは全ての能力値において俺達を優に上回っている。魔力値7千超のエルサの魔法を片手で握りつぶし、同じく膂力値7千超のユーゴーの槍ですら貫けないほどに守りが硬い。
しかしながら、ルクスの攻守の技巧は俺達に大きく劣る。敏捷値に劣るはずのジェシカに翻弄され、恐ろしいほどの魔力が込められた魔法はローズに容易く耐久される。
こちらの攻撃は通じず、ルクスの攻撃もまた俺達に届かない。互いに決め手に欠ける一進一退の攻防が続いていく。
普通に考えれば、この大地と空に満ちる魔素を無制限に扱えるルクスに有利な形勢だ。俺達もアスカの【アイテム】で体力や魔力を補うことは出来るが、回復薬は無尽蔵ではない。こちらの継戦能力は明らかにルクスに劣っている。
だが、こちらには『龍殺しの剣』がある。
「はぁっ!」
「ぐっ!?」
剣先がルクスの顔を掠る。皮が裂け、垂れた鮮血が頬を伝う。
ごく浅い傷を負わせたに過ぎない。【治癒】を使うまでもなく、放置していれば自然に流血が止まる程度の創傷だ。
だが、そんな浅い傷がルクスの全身にいくつも付いている。そして、それらの傷から流れる流血は何故か止まらない。
「はあぁぁぁぁっ!!」
ルクスが怒号を上げ、全身から衝撃波が放たれる。小規模な【魔素崩壊】のような魔力暴走に、俺達は攻撃の手を止め距離をとった。
「アスカ、アリス、無事か!?」
後ろに目を向けずに問いかけると、それに答えるかのように青緑色の魔力光が俺達を包む。アスカお手製の『冥龍薬』だ。
「問題ないなのです!」
この戦いはアスカの【アイテム】での回復が生命線だ。範囲内にいる者の魔力を回復してくれる『冥龍薬』と、ローズの【聖者の祈り】と同程度の回復効果を持つ『天龍薬』無しには、無尽蔵の魔力を持つルクスと戦い続けることなど出来はしない。
そして、アリスはそのアスカの護衛役だ。3体の金剛人形とともにアスカの前に陣取っている。
生産系の加護を持つアリスが、強敵相手の戦いで前衛を担うことは難しくなった。だが、【人形召喚】を活用した後衛の盾役や、【神具解放】による前衛の支援役としてパーティに欠かせない活躍をしてくれている。
「アスカは任せるのです!」
「頼んだっ!」
さあ、仕切り直しだ。
駆け出そうとした俺達だったが、異様な気配を感じ取り足を止める。
何だ……? 気配の出どころはルクスではない?
「真上なの!」
【索敵】の最上位スキルを持つジェシカが最初に気付き、俺達は空を見上げる。
目に飛び込んできたのは、俺達の直上に数十体の古代竜が何重もの円を描くように滑空している姿だった。
「まずいな……」
王都の皆が竜の群れを引き付けてくれたおかげで、ルクスとの直接対決に臨めていたってのに。
ルクスと古代竜の群れを同時に相手をするなんて……あまりにも分が悪すぎる。
「そういえば、上では上級竜種までしか見なかったわね」
「温存してたってことか」
古代竜の群れは大空洞の底に降りて来る様子がない。上空にとどまってブレスの雨を降らせるつもりなのだろう。
さあ、どうすべきか……。パーティを二つに分けて対応するしかないか?
SSランクの古代竜のレベルはおおよそ65から70ぐらい。対して、俺達の平均レベルは90を超えている。ざっと30頭ほどはいそうだが、パーティを分けてもなんとかなるだろう。
だが、古代竜の群れを倒しきるまで、ルクスを抑えられるか? 今までだってギリギリだったのに、人数を減らして相手取るなんて……
いや、抑えられなければ俺達だけでなく人族が全滅することになる。出来る出来ないじゃない。やるしかないんだ。
『龍殺しの剣』を持つ俺は、当然だがルクスを相手取る。
古代竜の群れの方は対多数戦闘が得意なエルサに任せるのがいいだろう。ヤツらはあのまま降りて来ないだろうから、護衛役としてユーゴーをつけて、エースと一緒に空中戦を挑んでもらうか。
「そこの央人」
かなり厳しい戦いになるが、二手に分かれて戦うしかないと覚悟を決めたその時、不意にルクスが声をかけてきた。紅い瞳はまっすぐに俺を睨みつけている。
「我に何をした?」
…………?
一瞬、何を言っているかわからずルクスの姿をまじまじと見る。
ルクスはボロボロに切り裂かれた旅装を身に着けている。右手は肘から先の袖が、左腕にいたっては肩から先が無い。
ギルバードが身に着けていた服をそのまま着ているからだ。考えてみれば当たり前のことだが、ルクスが着替えなど持っているわけがないし、服装に頓着などないだろう。
そして、そのボロボロの服はところどころ血液で赤黒く染まり、じわじわと広がっている。傷が癒えず、流血が止まらないことに、さすがのルクスも困惑しているようだ。
そう。その創傷は決して癒えない。
当初、アリスが神授鉱の延べ棒から『無銘の剣』を作った際には『不壊』という特性がついていた。
そして、アスカの提案で『龍殺しの剣』と命名した際には、さらにもう一つ特性がついたのだ。
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【武具鑑定】
『龍殺しの剣』
ランク:S
不壊・龍の否定
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万能の金属『神授鉱』は人の想いに応じて形状や重量、性質を変化させる。神授鉱で作られた『無銘の剣』は、パーティ全員の総意で『龍殺しの剣』と命名されたことで『龍の否定』という特性を宿したのだ。
おそらく、命名の直前に俺達が『火龍イグニスの守り』を目にしていたことが影響したのだろう。
二千年を超える長い時を経て蓄積された火龍イグニスの魔力。その龍の力を以って発動された、龍を拒否する結界。その結界は守護龍三柱の魔晶石を使い捨てにした【魔素崩壊】ですら跳ね返した。
そして、俺が『火龍の聖剣』を長く愛用していたこと、『無銘の剣』の持ち主が火龍イグニスが守護する央人であったことも影響を及ぼしただろう。
そんな俺達の想いに応えて、神授鉱は『龍殺しの剣』に、龍の再生・回復能力をも無効化する特性を与えたのだ。




