第456話 六式
全てを引き連れて、偉大なる母の元へ? どういう意味だ? 偉大なる母とは女神のことだよな?
全ての魔物と人族、そして龍を引き連れて女神の元に? 魔物や守護龍まで滅ぼすって意味なのか? ルクスの使命は守護龍を守ることじゃなかったのか?
ルクスの言葉に、次々と疑問が湧き上がってくる。
「大いなる一つへの回帰……つまりあなたの目的は、この世界を元の姿に戻すこと、というわけ?」
アスカがまっすぐにルクスを見据えて問いかけた。
「その通りだ。女神は人族に加護と技を与えて世界の礎となった。ならばその逆もまた然り。人族が滅び、誓いを守れなかった守護龍達とともに女神のもとへと還れば、この星は大いなる一つへと回帰する」
……つまりルクスの目的は、人族を滅ぼすことで女神が人族に与えていた加護を女神に還す。そして女神の分身である龍達とともに女神へと還ることで、女神を復活させること……ということか。
「なんでそんなことを……。女神にまた土塊に戻れっていうの? 真っ暗な宇宙を、たった一人で、永遠に彷徨わなくちゃいけないんだよ!? 女神に、またそんな寂しい思いをさせたいの!?」
アスカの語気はだんだんと強くなり、最後は叫ぶかのようだった。
「女神に寂しい思いはさせんさ。誓いを守る限り龍の魂は不滅だ。我は大いなる女神と同化し、女神とともに永遠に生き続ける」
ルクスはにやりと笑みを浮かべる。
「女神はそんなことは望んでない! 人が龍とともに永遠を生きることだけを願ってるの! あなたの好きにはさせない!」
アスカの叫びとともに、俺達は臨戦態勢へと移行する。
もういい。ここからはただの殺し合いだ。生き残るのは人族か、龍か。大仰なことを宣っていたが、結局のところ、生存を賭けて魔物と戦うことと何ら変わらない。
「くく……人族が滅びの時を免れることは出来ぬ。不滅の龍に抗うには、貴様らは脆すぎる」
その直後、ルクスの魔力が膨れ上がり渦巻き始める。濃密な魔素が体を包み、陽炎のように揺らめいた。
「【吹き飛べ】!」
ルクスの全身から衝撃波が放たれる。俺はアスカの前に滑り込み、身を挺して衝撃波を受け止めた。
いよしっ! 不意を突かれさえしなければ、たとえルクスの攻撃であっても受け止められる!
「はぁっ!」
「ぬぅっ!?」
俺は一瞬で励起する加護を切り替え、円盾を叩きつける。魔力を放射したばかりで隙だらけだったルクスは盾撃をまともにぶつけられて後退る。
「貴様っ」
「【崩撃】!」
「ぐがっ!?」
後退ったルクスが体勢を立て直そうとする前に、ユーゴーが大槍を突き入れる。槍はルクスの身体に刺さりはしなかったものの、纏う魔力の一部を削り、ルクスを仰け反らせた。
「【重ね・影縫】!」
「くっ、このっ」
さらに、仰け反ったルクスの直上から、ジェシカが影刃を纏わせた千本の雨を降らせる。千本もまたルクスに刺さることはない。だが魔力の鎧を削り、ほんの一瞬だけルクスの動きを縫い留める。
「【二重・聖槍】!」
「【二重・岩槍】!」
その一瞬の隙を突くように、ルクスの右から二本、左からも二本の魔力槍が飛来する。ローズの第四位階光魔法とエルサの第四位階土魔法。それぞれ当然の如く二重詠唱魔法だ。
「ぐっ、鬱陶しい!」
ルクスは両手を広げて二方向から襲い掛かる槍を、易々と受け止めた。
だが、残念。それは囮だ。
「なっ!?」
「【覇撃・崩撃】!」
「【貫通・魔力撃】!」
「がはぁっ!?」
俺とユーゴーがほぼ同時に突っ込み、隙だらけの胴に刺突を重ねる。ユーゴーが放った二重詠唱スキルの刺突がルクスの魔力鎧をこそぎ取った直後に、同じく二重詠唱スキルの刺突を重ねる。龍殺しの剣がルクスの腹を抉り、わずかに鮮血が舞った。
「くっ!」
刺突の衝撃でルクスを弾き飛ばすも、ルクスは瞬時に翼を生やして空中で踏みとどまった。
しかし、そこもこちらの攻撃圏だ。
「ヒヒンッ!」
「ぐぁっ!?」
ルクスの背中を、エースの螺旋角による【刺突】が襲う。ルクスは再び地に堕とされた。
「このぉっ! 【下がれ】!」
「ぐぅっ!」
加護の励起を【導師】と【騎士】に切り替え、【光の大盾・大鉄壁】でルクスが放つ衝撃波に耐える。
よし。励起する加護の切り替えと二重詠唱に失敗さえしなければ、やはり耐えられる。そして僅かながらも俺の剣は万全のルクスにも届いた。
「【盾撃・散】!」
攻撃特化の【拳闘士】と【竜騎士】の励起に切り替え、【光の大盾・大鉄壁】の魔力を【盾撃】で放射する。魔力盾は光属性を帯びた魔力の弾幕となりルクスに殺到した。
むろん、この程度の攻撃ではルクスに何の痛痒も与えることは出来ないだろう。だが目眩ましにはなる。
「【重ね・土遁】!」
「【二重・魔弾】!」
「【二重・氷槍】!
弾幕に一瞬だけ押し留められたルクスに、仲間の放った魔法が時間差で次々と襲い掛かる。
ルクスは攻撃を受け止めるたびに動きを押し止められている。その一瞬の隙に俺とユーゴーが接近して、剣と槍を振るう。龍殺しの剣は僅かながらも手傷を負わせ、再び魔法やエースの螺旋角が襲い掛かる。
それを何度も何度も繰り返す。高度な連携でルクスに逃げる間も、極大魔法を放つ隙も与えない。
「ぐっ、くぉっ、この虫けらどもオォォォッ!!」
作戦がうまくはまっている。やはりルクスは力押しで薙ぎ倒すことは得意でも、一たび受け手に回ると対応力に乏しい。絶大な力を持つ龍ゆえの欠点か。
ここまで一方的な攻勢に持ち込めている理由は、二つある。
一つは俺達が二重詠唱に熟達したことだ。
海底迷宮の深層に籠って格上の魔物に挑み、何度も何度も発動を繰り返すことで、俺達は通常のスキルと同じように二重詠唱のスキルや魔法を発動することが出来るようになった。今や、息を吐くように自然に、そして瞬くように速く二重詠唱を発動することが可能だ。
そしてもう一つの理由。
それは【接続】スキルの新たな使い方を発見したことだ。
【接続】は自身の加護の恩恵を一時的に指定した仲間に繋げるスキルだ。龍脈を通して俺の加護と仲間の加護を接続し、仲間に俺のステータス値を上乗せすることが出来る。
だが、これは【接続】スキルの使い方の一つでしかなかった。アスカの提案により、新たな使い方を見つけることが出来たのだ。
その提案とは、【接続】で『六式』を試行すること。
『六式』はアザゼルとジェシカに叩き込まれたスキルの使用の基本技能だ。スキルを分散させて効果範囲を広げる『散』、スキルを連続使用する『連』、スキルを遠隔操作する『操』、スキルに魔力を過剰供給して強化する『溜』、スキルに注ぐ魔力量を調整する『整』、スキルを纏い効果を発揮し続ける『纏』の六つの使い方を指す。
その六式の適用により、今俺達のパーティは全員が【接続】した状態にある。【接続】を『散』と『操』でパーティメンバー全員に繋げ、『整』で魔力消費を最低限に抑え、『纏』で常時発動状態を維持しているのだ。
スキル効果が分散していること、魔力消費を抑えていることから、強化効率は非常に低い。ステータス強化はほとんど無いと言っていい。
だが、仲間全員が【接続】状態にあることで、お互いがどう動くかをつぶさに共有・把握することが出来るようになった。
誰が、いつ、どのように行動するかを、自分の考えていることのように把握できる。これによりパーティの連携は大いに強化された。
俺が攻撃を受け止め、すかさずユーゴーが反撃、さらにローズとエルサが遠距離から追撃、ジェシカが追撃か補助を行い、そこに俺がさらなる連携をつなぐ。しかもそれをほんの数瞬の間にこなすことが出来るのだ。
アスカはこの新たな【接続】の使用方法をこう名付けた。
接続・六式――――『ずっと俺のターン』。




