第455話 回帰
「愛している……?」
何を言っているんだコイツは。
女神はWOTに憧れて、この世界や人を創ったのだろう?
それを破壊しようとすることは、女神の想いを踏みにじる行為に他ならない。
女神の想いを踏みにじることが愛?
意味が分からない。
「そうね……。あなたや守護龍達は、女神にとっては息子や娘みたいな存在でしょ? 女神はあなたを愛しているし、あなたも女神を愛している」
……と思っていたら、アスカがルクスの言葉に同調した。
いや、なぜ同調するんだ? 次々と都市を破壊し、多くの人を踏みつぶしてきたルクスが女神を愛している? 女神もそんなルクスを愛している?
意味が分からずアスカの顔を窺い見ると、なぜかアスカは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「それなのに……どうして、あなたは女神が愛した人や世界を壊そうとするの?」
アスカが、絞り出したようにか細い声で問いかけた。
あの白い部屋で女神の意志に触れたと言っていたが……そこで女神の想いや感情をも伝え聞いていたということなのだろうか。
「愛ゆえにだ」
アスカの問いにルクスが簡潔に述べる。
「…………」
答えになっていない。そう言わんばかりのアスカの視線に、ルクスがフンと鼻を鳴らした。いやに人族らしい仕草だ。
「我ら龍族は世界にあまねく遍在する神の断片を支配する権限を持つ。それは世界の根源たる女神への誓いによって得られる力だ」
アスカが続きを促すように頷く。
「女神は自身の分身たる龍達に人族の守護を誓わせ、龍の王たる我には龍達の守護を求めた」
人族の守護を誓った龍、すなわち六柱の守護龍か。そして龍王ルクスは守護龍達の守護者というわけだ。
「龍の言の葉は女神への誓いだ。そしてそれは……呪いとも言える」
そう言ってルクスは俺、アリス、ユーゴー、エルサ、ローズ、そしてジェシカ……と順々に視線を移し、最後にアスカに目を向けた。
「央人、土人、獣人、神人、海人、魔人。龍達はそれぞれが守護する人族にその身を捧げ、繁栄に尽くした。人族には抗えぬほどの魔物が現れればそれを屠り、ひとたび災害が起きればそれを止め、傷つく者には癒しを、求める者には力を与えた。気が遠くなるほどの永い時を経て、人は地に満ちていった」
俺達の遠い遠い祖先は、守護龍の助けを借りて大地を切り拓いた。聖ルクス教の教えとも一致している。創世神話の全てが、改竄されたわけではなかったようだ。
「だが人の欲望は果てしなかった。龍達の献身を当然の如く享受しながら、さらなる献身を求めた。そして人族同士で相争い、殺し合い、奪い合う。女神に守護を誓った龍達は嘆き苦しんだ。人が殺し合う様を、ただ眺めることしかできず、女神への誓いを果たせぬ己を責めた」
ルクスはそこで言葉を区切り、アスカの目を静かに見据えた。
人族同士の闘争か……。然もありなん、といったところか。
アスカと旅した間だけでも、多くの人族同士の争いを目にし、そして巻き込まれてきた。
山越えする商人を襲い、物資と人身を奪っていた盗賊と奴隷商。
商売敵を蹴落とすため、俺達の寝込みを襲った准男爵家の私兵達。
種族間の覇権争いで殺し合った獣人達。
醜い後継者争いを演じたジブラルタ王家と巻き込まれたウェイクリング家。
俺自身も、その闘争に加わり多くの人の命を奪ってきた。
「女神から多くの加護と恩恵を授けられ、龍達から富と守護を与えられながら、より多くを望み続ける。そして自らの欲望を満たすため、同胞すら容易く手にかける。魔物ですら同族に牙を向けることは滅多に無いというのに」
人族は生来、利己的で暴力的なものだ。簡単に殺し合い、土地や資源を奪い合う。その積み重ねが歴史だと言っていい。
守護しなければならない人族同士が争い合う様は、龍達にとっては耐え難いことだったのだろう。
「だから、人族を滅ぼそうとしたの? 女神が愛して、龍達に守護を託した存在なんだよ?」
「それは理由の一つだ。守護龍達を女神の呪いから解放することも目的の一つだ」
「呪い……?」
「そうだ。龍は女神への誓いを裏切ることは出来ん。そう創られているからな」
『呪い』か。言い得て妙だな。
龍は魔素――細分化された女神の一部、神授鉱の微粒子――を直接操るスキルを持っている。それがルクスが言っていた『龍の言の葉』なのだろう。
龍が発した言葉は女神への誓いとなり、スキルや魔法のような効果をもたらす。そして、その効果は自らの行動をも縛るのだろう。
それが、アザゼルがルクスの手先となり、復活を手助けした理由なのだ。ルクスが発した『あの島で、種が絶えるまで生きることを許そう』という言葉は、破られることの無い盟約、つまりルクス自身を縛る『呪い』となった。そう誓わせるために、アザゼルは全ての人族を贄として差し出したのだ。
「守護龍達は女神への誓いによって、人族の守護という使命に縛られている……」
「その通りだ。人族を滅ぼすことで、我が眷族を女神の呪いから解放する。それが龍の王たる我の望みだ」
なるほどね。
人族の守護を女神に誓ったのはあくまで守護龍だけ。その守護龍の守護を誓ったルクスは、人族を守護しなくてはならないという『呪い』には縛られない。
故に、人族にその牙を向けることが出来る。人族を根絶やしにすることで守護龍達を『呪い』から解き放つことが出来るというわけか。
「守護龍を守るため……そのために女神が愛した人族を滅ぼす。そんなことって……」
ルクスは自身の誓いを果たすために行動している、とは言えるかもしれない。だがそれは、WOTに憧れて世界を創造した女神の想いを踏みにじっていることには違いない。
「……それのどこが、女神への愛なんだ」
守護龍を守るという誓いを守るために人を滅ぼす?
そんなの……どう考えても、詭弁だ。
「くく……」
ルクスは口角を吊り上げニヤリと笑う。その笑みは醜悪そのもの。
……人族らしい仕草だ。
「我等は人族が生を謳歌するための歯車に過ぎない。この写し絵の世界を維持するためだけに創られた存在だ」
「そんなこと……」
いや、そういうことになるのか?
ここはチキュウの人々の想いを受けて自我に目覚めた神授鉱が、WOTを模して創った世界だ。そして、女神は人族同士が争うことなのない平和な世界を望み、人族の面倒を見させるために守護龍を創った。アスカはそう言っていた。
だとしたら……龍達は人族に従属する奴隷みたいじゃないか。
「永い永い時を経て、我も学んだのだ。他ならぬ人族からな」
「どういう……ことだ」
不意に心臓がドクドクと踊るように脈打った。
守護龍達を嘆き苦しませた人族から……何を学んだというんだ。
「自らの欲望を満たすのだ」
つまり……人と同じように、同胞すら手にかける。殺し合い、奪い合う。
「自らの欲望、とは?」
ぞくりと背中が泡立ち、声が震えてしまう。
「大いなる一つへの回帰」
ルクスがぽつりと呟いた。
その容貌に先ほどまでのニヤつきは無い。
「魔物も、人も、龍も。全てを引き連れて、女神の元へ。還るのだよ、偉大なる母の胎内へ」




