第454話 大地の底で
お待たせしました
上下に分かたれた大竜巻が、暴風となり吹き荒れる。ルクスの魔法によって束ねられていた風が、一気に周囲に散らばったのだ。
「くっ、うぉっ!?」
暴風をもろに浴びてバランスを崩し、慌てて手綱を強く掴む。その直後、不意にエースの翼が消失した。
ゴオォッ!!
ガクンと揺れたエースから振り落とされないように慌てて首にしがみ付くと、俺の頭のすぐ上を凄まじい速さで巨大な火球が通り過ぎた。どうやらエースが咄嗟に翼を消して落下し、大火球を躱したようだ。
「すまん、助かった!」
「ヒンッ」
再び半透明の翼を生やしたエースが、まるで空中に地面があるかのようにステップを踏み、次々と飛来する巨大な火球を躱していく。その向かう先では背中に黒い翼を生やした男が、こちらに手を翳していた。
「問答無用か」
エースはルクスが放つ大火球を縫うように進んで行く。だが、あまりにも連射速度が速く、なかなか近づけない。
「こじ開ける! 【二重・氷槍】!!」
遠距離戦はルクスの間合い。なんとしても接近戦に持ち込まなければ俺達に勝機は無い。俺は迫る大火球の一つに向けて、第四位階水魔法の【氷槍】の二重詠唱魔法を放つ。
「【散】!」
ぶつかった瞬間に氷槍を爆散させ、連射される大火球一つを撃ち落とす。消し飛ばしたのは無数の大火球のうちたった一つだけだが、これでいい。こじ開けた弾幕の隙間に、エースが突っ込んでいく。
「行くぞ、エースッ!」
「ヒヒンッ!」
俺達はついにルクスの前に躍り出る。龍殺しの剣に魔力を込めて、疾駆の勢いをそのままに突貫を仕掛けた。
「【貫通・魔力撃】!」
馬上槍に見立てた龍殺しの剣を水平に構え、『美しき光明の神を射抜いた矢』を意味するという二重詠唱スキルを発動する。
ギィンッ!!
「くっ!?」
すれ違いざまにルクスを刺し貫かんと放った刺突が、不可視の障壁に阻まれる。剣の切っ先を逸らされ隙を晒した俺達に、ルクスがニヤリと笑った気がした。
「【下がれ】」
「ぐおっ!?」
「ヒィンッ!」
またしても不可視の衝撃に襲われ、エースもろとも吹き飛ばされる。お得意の魔力そのものをぶつけてくる攻撃だ。俺は手綱に捕まっていられず、空中に身を投げ出された。
だが……翼を持つルクスと違い、自由に動き回れない俺達が空中戦を挑む以上、こんな事態は想定内だ。
「【接続】、エルサ!」
半透明の翼を羽ばたかせる有角の白馬に跨り、碧い魔力光を放つ剣で大竜巻を斬り捨てた俺は、さぞ目立ったことだろう。だが、俺に気を取られすぎたなルクス。
俺は落下しながら、ルクスよりもさらに上空にいる水竜の背の上で、魔力を昂らせるエルサと【接続】する。
「堕ちなさい! 【黒月落とし】!」
凛とした声が響くとともに、暗雲を割って黒い巨岩が落ちて来る。第九位階土魔法【星落とし】の二重詠唱魔法だ。
チキュウと同じならと前置きはあったが、アスカ曰く空に浮かぶあの『白き月』は、太古の惑星テラと『黒き月』が衝突し、その際に巻き上がった土砂や破片が合体して形成されたのだという。
あの『白き月』を生み出すほどの激烈な衝撃には程遠いだろうが、『黒き月』のイメージは発動する魔法を補強する。竜の巨体の何倍もの大きさの巨岩が、高速でルクスに迫った。
もはや避けることは適うまい。ルクス、このまま巨岩もろとも大地に堕とされるがいい。
「【転移】!」
俺は仲良く吹き飛ばされていたエースとともに、仲間たちが乗る水竜の上に転移する。あのままルクスの近くにいたら俺達も巻き込まれてしまうからな。
【転移】スキルは、目視できる場所に一瞬で転移することが可能だ。発動者である俺を中心とし、転移陣ほどの範囲にいる仲間も一緒に転移こともできる。一瞬で安全圏に退避できるんだから、本当に破格のスキルだよ。
ゴッシャアァァァッ!!!
轟音、という言葉では言い表せないほどの衝撃音が響き、魔素崩壊が大地に穿った大空洞へと『黒き月』が落ちる。大量の土砂が舞い上がり視界が王都周辺の赤茶けた土色に染まった。
ルクスの姿は見えない。だが、その絶大な魔力は大空洞の底から感じられる。
出来るだけ周囲に影響を与えない場所でルクスと対峙したかったから好都合だ。狙ってはいたが、こうも上手くいくとは思わなかったな。
「行くぞ!」
「おぉーっ!」
俺の掛け声に、気の抜けた声でアスカとアリスが応える。俺達を乗せた水竜は、大空洞の底へと降りて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
警戒しつつ、舞い上がった土埃を風魔法で飛ばしながら降下していく。意外なことにルクスから攻撃を受けることなく、俺達は大空洞の底に降り立った。
「やはり、無傷か……」
「予想通りとは言え、傷つくわね。やはり、その剣以外ではルクスの守りを突破することは難しいようね」
大空洞の底でルクスは翼を収めて腕組みし、降下する俺達を見据えていた。先ほどのエルサの大魔法をもってしても、ルクスにはなんら痛痒を与えることは適わなかったようだ。
アスカによるとルクスは魔素を直接操作し、スキルや魔法のような効果を発動することができる能力を持っているのだそうだ。大気に漂う魔素すら操れるわけだから、ルクスは無制限に魔法やスキルを使えるってわけだ。
おそらく、ルクスはその能力を使って、自身のまわりに【鉄壁】のような障壁を張り巡らせている。そして、【不撓】や【気合】のような身体強化も同時に行っているだろう。
例え障壁を突破することが出来たとしても、ルクス自身も硬いし治癒能力も高い。魔素崩壊で傷ついた身体も、俺が斬り飛ばしたはずの右手も元通りになっている。【黒月落とし】でも多少のダメージは与えられたかもしれないが、既に回復済みってところだろうな……。まさに『ちーと』ってヤツだ。
「まさか我が地の底に堕とされるとはな。さすがは女神の眷族ということか。誉めてやろう」
「……それはどうも」
「さて……貴様らさえいなくなれば我を阻む者はいなくなる。この大地の底で消えてもらおうか。女神の眷族たちよ」
そう言ってルクスが歩み出る。纏う魔力はやはり圧倒的。強烈な圧迫感と殺気が大空洞の底に満ち満ちていく。
俺達も以前に対峙した時に比べれば遥かに力を増しているが果たして…………いや、今さら彼我戦力差なんて考えてどうする。俺達が敗北すれば人族は滅び、勝利すれば生き残れる。死ぬか、生きるか。ルクスを殺し、アスカや皆を守る。それだけだ。
最後の戦いへの集中をさらに研ぎ澄まし、龍殺しの剣の柄を握り締めたその時だった。
「ルクス、最後に一つ聞きたいの」
アスカが一歩進み出て、ルクスに語り掛けた。何もせずとも強力な【威圧】を四方にばら撒いているかのような龍王ルクスを前に、アスカは背筋をピンと伸ばして真正面からルクスの目を見据えている。
「貴様は……そうか、貴様が女神の現身か」
「あたしのことはどうでもいい。答えて、ルクス。あなたはどうして人族を滅ぼそうとするの」
「ふむ……」
「人間が夢見た世界を体現するために、女神は人族と龍を創った。人族の守護を女神に誓約した守護龍達の王であるあなたが、なぜ人族を……女神を裏切ったの」
アスカの声は硬く強張っていた。だがそれでいて、どこか父母や恋人に問いかける時のような優しさ、そして切なさを感じさせた。
「女神を愛しているからこそだ」
ルクスはアスカの問いに柔らかい声音で応えた。




