第453話 大竜巻
ピキッ、ピキッと乾いた音が王都に響く。紅の魔法障壁に走ったひび割れは、蜘蛛の巣のように広がり、大きな亀裂へと変わっていった。
パキンッ
守護龍の守りが、ついに砕け散る。バラバラになった障壁の欠片は紅い魔力の粒へと変わり、大気に溶けるように消えていく。
ゴオォォッ!
その直後、強風が吹き荒れ、南から押し寄せていた暗雲が渦を巻き始めた。
「エース!」
「ブルルゥッ」
未だルクスの姿は見つからないが、いつでも飛び出せるようにとエースの背に飛び乗る。
「見て、雲が!」
渦巻いた暗雲は瞬く間に巨大な竜巻へと姿を変えていく。大地と昏い空に間に屹立するそれは、天を支える大樹のように見える。
「アルフレッド! あの中なの!」
「これは、ルクスの魔力か!?」
今まで空の高みに堂々とその姿をさらし、都市が滅びゆくさまを見下ろしていたというのに……。まさか水竜達の呼び寄せた暗雲に紛れていたとは。
水竜の魔力に満ちていたため気配が探り辛かったこともあるが、気付くのが致命的に遅れてしまった。
「くそっ、隠れていたのか……」
紫電を帯びた巨大な竜巻は、ゆっくりとこちらに近づいて来ているようだ。魔素崩壊で崩れた家屋の瓦礫が、強風で巻き上げられていく。
キイィィィンッ!!
「うぐっ」
「うぅっ!」
「きゃぁっ!」
突如、激しい耳鳴りに襲われ、思わず頭をおさえる。俺だけではなく、皆が頭を抱えて呻き声をあげた。
「なん、だ……?」
頭が割れるように痛み、息苦しさで呼吸が荒くなる。これは……状態異常の魔法攻撃を受けているのか?
「っ! 天龍薬!」
アスカの声とともに青緑色の魔力光が半球状に広がっていく。一瞬痛みは和らぐものの、強い頭痛と耳鳴りは消えない。強烈な吐き気と眩暈に襲われ、立っているのも辛くなってきた。
「【水装】!」
俺とエルサは、魔法耐性の強化魔法を発動。耐性の低いアスカからアリス、ユーゴーと順番にかけていく。最後に自分も強化するが、症状は全く変わらない。
「かはっ!」
アスカが口に両手を当てて咳き込む。その両手は真っ赤な吐血で染まっていた。
「アスカッ!?」
「けほっ……だ、大丈夫! それより、アル、ローズ、皆に【回復】をかけて!」
「え? うん、【回復】!」
俺もローズに続いて、皆に【回復】をかけていく。相変わらず頭痛と耳鳴りは続いているが、自動回復効果で症状は若干和らいだ。
「これは魔法攻撃じゃない。あの竜巻のせいだよ! 酷い高山病みたいのだと思う」
「高山病?」
「異常に気圧が低くなって空気が薄くなると起こる病気みたいなもの! 早くあの竜巻をなんとかしないと、いま王都にいる皆が危ない!」
見れば城壁の上で竜の群れと戦っていた戦士達の動きが、見るからに精彩を欠いていた。俺達だけが闇魔法の状態異常攻撃を受けていたわけじゃなく、王都広範に影響が出ていたのだ。
不幸中の幸いというべきか、群れる竜達の動きも同様に鈍化している。ルクスは嗾けてきた竜の群れごと王都を滅ぼすつもりなのだろう。
あの竜巻自体は、水竜達が引き連れてきた暗雲。おそらく第八位階風魔法【雷雲】を基にしている。それを利用し、ルクスが第八位階風魔法【威風】のような魔法で、超巨大な竜巻を作り出したのだろう。【威風】は竜巻が巻き起こす暴風と無数の風刃で攻撃する魔法だが、あそこまで巨大なものになると、周囲への影響も絶大になるようだ。
聖都ルクセリオでもルクスが放った巨大な火球が、火炎旋風を巻き起こしていた。通常なら、【火球】の火は対象にぶつかった後、込められた魔力を使い果たせば消えてしまう。だが、【火球】によって燃え広がった炎自体は消えない。可燃物が尽きるまでは燃え続けるのだ。
この場合、あの巨大な竜巻自体は水竜の群れとルクスの魔法で作られたものだが、竜巻に吸い込まれることで巻き起こる暴風や気圧の低下とやらは魔法そのものの効果ではない。よって【水装】で魔法耐性を高めても、ダメージを緩和することはできないということなのだろう。
「エルサ、あの竜巻、なんとかできるか?」
「難しい、わね。こっちも【威風】をぶつけて相殺することはできるかもしれない。でも、500体の水竜とルクスの魔力で作られた大竜巻よ? 対抗するには膨大な魔力と時間が必要だわ」
そんなことをしている間に大竜巻は王城を蹂躙するだろう。当然、王都に残る人々は全滅してしまう。
そういえば、マナ・シルヴィアは『大竜巻』で滅んだと陛下が言っていた。これが、かつての獣人族の都を滅ぼした極大魔法か……。
「斬る、しかないね」
アスカが竜巻を睨みつけて、そう言った。
それしかないか。くそっ……こんなに早く『切り札』を切らされることになるとは。
「アリス、強化を。俺とエースで先行する! 俺達に続いてくれ!」
「わかったのです! 【神具解放】!」
アリスのスキル発動とともに龍殺しの剣が、碧い魔力光を放ちだす。
錬金術師のスキル【武具解放】は、武器本来の性質を一時的に5割ほど強化するスキルだ。そして、対象の武器が『聖武具』であった場合、スキルは【神具解放】へと昇格し、魔法効果――その聖武具を授けた守護龍の力――を引き出すことが出来るようになる。
『聖武具』は通常の武具が守護龍の祝福により強化されたもの。俺が使っていた『火龍の聖剣』の場合、火喰い狼の素材で強化した『鋼の片手剣』が、守護龍イグニスの祝福を受けることで昇格した。
では守護龍の祝福とは何か。
守護龍はこの星の造物主たる女神が創造した存在。宇宙を漂う巨大な神授鉱だったという女神から生まれた存在である守護龍が、その力の一部を分け与えること。それが祝福だろう。
アリスが創った『龍殺しの剣』は、守護龍の力の源泉である神授鉱そのものを鍛え上げたものなのだ。守護龍が与える聖剣の上位互換と言える。ならば当然、アリスの【神具解放】によって、その本来の力を引き出すことが出来る。
「行くぞ、エース!」
「ヒヒンッ!」
いまだズキズキと痛む頭をおさえ、エースとともに王城のテラスを飛び立つ。目指すは大竜巻の中心。
エースに接続し、回復・風装・風纏を次々と発動。体力・敏捷性の強化と風魔法耐性を付与し、さらに俺自身には烈攻・心眼・看破・俊身……と自己強化スキルを重ね掛けしていく。
バチバチバチッ!!
俺達の接近に勘付かれたのか、大竜巻から紫電を帯びた風刃が殺到する。それでも、俺は剣に魔力撃を纏わせて、エースとともに大竜巻に吸い込まれるように突っ込んでいく。
視認し難い風刃を看破で見定め、縦横無尽に剣を振るって斬り払う。近づくにつれて強くなる頭痛と耳鳴りの一切を無視し、俺は剣に語りかける。
刹那、龍殺しの剣が纏っていた碧い魔力光が、さらに輝きを増して溢れ出す。光は俺の想いに応え、身の丈を遥かに超える長大な剣を形づくる。
見ろ、ルクス。お前を倒すために用意した切り札を。
「噛み喰らえ――――龍殺しの剣!」
頭上に振りかざした剣を、一息に振り下ろす。
長大な碧い魔力剣が、大竜巻を切り裂く。上下に断たれた大竜巻は暴風となって四方に散った。




