第449話 異世界JK日記⑨【最後の日記】
たいへんお待たせいたしました
■452日
明日はいよいよ決戦。ついにラスボス。
相手は女神が創った原初の生命、この世界の管理者たる龍の王。『加護』と『技』のシステムを介さずに神授鉱の欠片を支配する権限を持つチートボス。魔素に直接命令できる『言霊』みたいなユニークスキルを持ってて、ノータイムで最強レベルのスキル&魔法をぽんぽん使ってくる。そのうえ、物理カット99%、魔法カット99%、自動回復持ち的な、それなんて無理ゲー?なボス。
あ、ラスボスって言うより隠しボスかな。クリア後に戦えるようになるヤツ。WOTのラスボスはアザゼルだしね。
隠しボスと言えば海底迷宮100層の階層主『魔神』。クリア後に挑戦できるようになるΩランクの隠しボスだけど……ルクスはあれより強いだろうなぁ。
100人がかりで戦うナイトメアレイド以上の壊れボスに1パーティで挑むなんて、それなんて無理ゲー? レベルカンストまでいけなかったのがほんと悔やまれる。
まあ、アルだってたいがいチートだけどね。何回リセマラしても絶対出ないでしょってレベルの基礎ステータス持ってるし、中位加護までしかコンプしてないからステータス補正はイマイチだけど、WOTには無かった【転移】と【接続】っていうチートスキルもあるからね。『二重詠唱』と『励起』だってあるし。
それに、アルがチートな『プレイヤーキャラクター』なら、あたしはチートな『プレイヤー』。3億人の地球人の集合知があたしに宿ってるんだしね。負けられない。
それでも……勝率は五分五分ってところかなぁ。上手くはまればワンサイドもいけると思うんだけど。倒したと思ったら『第二形態に変身!』みたいにならなきゃいいなぁ。あ、マズ。フラグ立てちゃった? なしなし! 今のなし!
閑話休題。
今日が、この世界で過ごす最後の夜。もう1年と3か月が過ぎたんだね。月並みな感想だけど、長いようで短かった。452日かぁ。
今夜は、魔人族の村でご飯した後、ワガママを言って森番小屋に連れて来てもらった。最後の夜だから、アルと二人きりで、初めての夜を迎えたここに来たかったんだよね。
始まりの森の聖域にポツンとたたずむログハウス。家具は全部アイテムボックスに入れていたから、中には何もなかった。誰かが管理してくれているのか――たぶんクレアだろうな――埃はそんなに積もってなかった。空気を入れ替えたあとに薪ストーブとテーブルセット、ベッドを置いたら元通り。
最後の夜はとても素敵だった。ゆっくり時間をかけて優しくしてくれて、たくさんキスしてくれて、とろとろに溶かされちゃった。初夜の反対ってなんだろう。終夜?
今、アルはあたしの横で、すーすー寝息を立ててる。
寝ているアルの柔らかいダークブロンドの髪を、指先でくるくるするのが好き。鼻をつまむと、少しだけ苦しそうに眉を寄せるのが好き。ほっぺをつんつんすると、くすぐったそうにニヤけるのがかわいくて好き。ちょっと変態っぽいけど、腕の付け根んとこに頭をのせて、胸と腋の匂いを吸い込むのが好き。
ここに来たばかりの時は、日本から転移したんだと思い込んでいて、いもしない家族と会えない寂しさを抱えてた。もしアルに出会えなかったら――あたしはアルと出逢うために創られたんだし、アルもあたしと出逢うために森番っていう因果を背負わされたんだから、そんなことはあり得ないんだけど――とても耐えられなかった。
アルに抱かれて、アルの匂いに包まれて。アルがずっとそばにいてくれたから、アルが守ってくれたから、安心して息をすることができた。
ああ、サヨナラしたくないな。あの白い部屋で、1か月近くも悩んで悩んで、ようやく決心がついたのにな。
あの白い部屋は不思議な、不思議な場所だった。お腹はすかないし、お花摘みも行かなくてよかったし、眠くもならなかった。望むままに時間を引き延ばすことができて、みんなが見聞きしたことを自分の目で見て、自分の耳で聞いたように感じられた。
真っ白で窓も出入口もない部屋に閉じ込められたら、普通の人なら気が狂っちゃうと思う。でも、あの部屋にいると、なぜか気持ちが波立つことはなかった。
鎮静剤みたいな魔法でもかかってたのかも。精神病院の白い部屋ってあんな感じなのかな。刺激をできるだけ少なくして、精神を落ち着かせるための部屋。
そりゃそうだよね。あの場所は、女神があたしにメッセージを伝えるためだけに創ったんだから。気持ちを落ち着けて、メッセージを受け止めてもらわなきゃいけなかったんだもん。
女神があたしに告げたのは、あたしがどういう存在で、なんのために創られて、何をしなければならないのか。それを受け止めるのには、長い長い時間が必要だったから。
遥か大昔、神授鉱の惑星とWOTが繋がったその一瞬。
その刹那に偶然にもログインした日本の女子校生。
彼女の行動パターンと会話ログを元に創られた人格。
継ぎ接ぎされたプレイヤー達の記憶。
創世でほとんどの力を使い果たした女神のアバター。
それが、あたし、三谷アスカ。
あたしは、人じゃなかった。
人と人の間にいるモノ。
人のフェイク。
人間。
この世界に来た時に17才だったあたしは、1年と3か月の時が過ぎても17才だった。それはそうだよね。年齢情報がそもそもフェイク。あたしは、始まりの森の転移陣に顕れたあの時に生まれたんだから。
身体レベルが上がらないのも納得した。だって身体がフェイクなんだもん。海底迷宮の偽物の魔物と同じ。神授鉱の欠片でできている偽物の身体なんだもん。
憧れのお姉ちゃんがいた気がする? 生意気な妹に手を焼いていた? かわいい弟になつかれていた? ぜんぶ、ぜんぶ、フェイク。地球の誰かの記憶を、自分の記憶だと錯覚していただけ。パパとママの顔が思い出せない? それはそうだよね。そんな人、もともといないんだもん。ぜんぶ誰かの記憶だったんだもん。
あたしはそういう存在だった。
じゃあ、あたしは何のために創られたのか。
何をしなければならないのか。
それは女神を裏切ったルクスとともに消えること。
【背信者殺し】。
なーにが女子校生だっつーの。
とんだミスリードよね。
そんな真実、アルには話せるわけなかった。
話せば受け入れてくれるってことはわかってる。アルは優しいし、あたしに甘いから。
たとえ人じゃなくても、超劣化版の女神だったとしても、異世界の記憶を植え付けられた虚ろな存在だったとしても。アルはあたしを愛してくれる。それは疑ってない。
でも、全部話したら、アルはきっとルクスと戦わないって選択をしちゃう。全ての人族を見捨てて、サローナであたしと生きることを選んじゃう。
だからアルとユーゴーに嘘をついた。あたしはこの世界では生きていくことができない。神授鉱の欠片を吸収できないから、この世界に残ると死んじゃうんだって。むしろ神授鉱の欠片を吸収して偽物の身体を維持してるのにね。
本当は日本に帰りたいんだって嘘をつくつもりだった。でも、どうしても言えなかった。アルと一緒にいたい、みんなと別れたくない。そんな気持ちを偽れなかった。
偽物の身体でも。偽物の記憶でも。存在自体が偽物でも。
貴方への想いだけは、本物だから。
皆様のおかげで総合評価1万ポイント突破!!
本当にありがとうございます。
長く書いて良かった……!!
さて、今回で『第十章 永久凍土の名も無き村』は終了となります。
次回から『終章 ワールド・オブ・テラ』が始まります。
少女に振り回されるながらも成長していく騎士の物語は遂に最終局面を迎えます。
引き続き、お付き合いくださいませ。




