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騎士とJK  作者: ヨウ
第十章 永久凍土の名も無き村
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第448話 覚悟

 アスカとユーゴーはテーブル代わりの木箱にワインと蜂蜜酒を並べ、向かい合って座っていた。二人とも明日のことを考えて深酒はしないようにしているのか、コルク栓が抜かれたボトルはほとんど減っていない。


「あ、アル。こっちこっち」


「ワインでいいか?」


「ああ、ありがとう。ユーゴー」


 ユーゴーからワイングラスを受け取り、3人でグラスをチンッと軽く合わせる。


「いよいよ、明日だね」


「ああ、そうだな」


 明日は龍王ルクスとの決戦。レベルも、加護も、パーティの連携も、十分に練り上げた。可能な限りの準備を済ませたはずだ。


 未だ整っていないのは……


「アルフレッド」


「うん?」


 ユーゴーがまっすぐに俺の目を見据え、いやに真剣な声色で俺の名を呼んだ。


「全部、吐き出すといい。心を定めずして、戦える相手ではない」


「っ……お見通し、か」


 ユーゴーの言う通りだ。俺の心は、全くもって定まっていない。


 『必ずや龍王ルクスを討つ力を手に入れます』

 『やれることはやりきった。あとは全力で挑むだけだ』


 いったい、どの口が言うんだって話だ。


 龍王ルクスと対峙することを恐れているわけではない。相手はあのルクスなのだから恐くないわけじゃないが、その恐怖はもう呑み込めた。


 過度の恐怖は身体を萎縮させ、本来の実力の発揮を困難にする。だが、適度に恐れることは緊張感と集中力を高めてくれる。


 驚異的な強さを誇る海底迷宮の階層主達との戦いを何度となく繰り返したおかげで、格上の相手と戦う時も過度に恐れを抱くことは無くなった。今なら龍王ルクスと対峙しても、良い緊張感を以って自然体で戦えるだろう。


 準備は整っている。だけど俺は、ここにきて龍王ルクスと対峙する覚悟が出来ていない。


「やっぱり、言うべきじゃなかったかな」


「いや……始めから、わかってはいたんだ。アスカがニホンに帰ってしまうことは」


 ルクスに敗北した場合、俺達は命を落とすことになるだろう。逆にルクスとの戦いに勝利できたら、俺達は生き残れる。


 だが、アスカは……ニホンに帰ることになる。勝っても、負けてもアスカとは今生の別れになるのだ。


 そう。俺は龍王ルクスと対峙する覚悟が出来ていないんじゃない。アスカと二度と会えなくなる覚悟が出来ていないんだ。


「そうだね……。始めは、あたしが日本に帰る方法を探すために、一緒に旅に出たんだもんね」


 始まりの森の聖域でアスカと出会い、元の世界に戻る方法を探す手伝いをして欲しいと頼まれたことから俺達の旅は始まった。アスカは俺に加護を授け、俺はアスカを守る。最初は、いわば契約関係だった。


 それから、世界中を旅して、何度となく心と体を重ね合わせ、俺はアスカと共に生きたいと願うようになった。俺はアスカにニホンに帰らないでくれと懇願した。


 この世界に残る決断してくれれば、俺とアスカは共に生きることができる。だが、アスカはニホンに残してきた家族や友人達に二度と会えなくなる。


 俺か、家族か。俺はそんな残酷な選択をアスカに求めた。自分本位で、わがままな願いだ。


「……この世界に残ることは出来ないのか?」


 それでも俺は、アスカに問いかける。もう一度、残酷な選択をアスカに求める。この世界に残って欲しいと伝えるなら、この晩餐が最後の機会なのだから。


 俺は答えを求めてアスカの瞳を覗く。アスカは目を逸らし、力なく微笑んだ。


「あたしも残れるものなら、残りたかったんだけどね」


「それなら……!」


「でも、ダメなんだ。あたしはこの世界では、生きられないから」 


 予想外の返答に言葉に詰まる。


「……生きられ、ない?」


「うん。これ、見てくれる?」


 アスカは俺達から目を逸らしたまま、俺達の前にウィンドウを喚び出した。それは、今や見慣れたステータスメニューだった。



--------------------------------------------


名前:三谷アスカ

性別:女

年齢:17

種族:人間(ヒューマン)


■ステータス

Lv : 1

JOB: JK

VIT: 12+550

STR: 9+550

INT: 0+550

DEF: 10+550

MND: 0+550

AGL: 14+550


--------------------------------------------



「いつもと違う」


 ウィンドウを覗き込み、ユーゴーがつぶやく。


「ああ。性別に年齢、種族?」


「うん。いつもは表示オフにしてるからね。こっちがアルだよ」


 そう言って、アスカはもう一枚ステータスメニューを喚び出した。そこには俺のステータスが表示されていた。



--------------------------------------------


名前:アルフレッド

性別:男

年齢:21

種族:央人(ヒューム)


■ステータス

Lv : 93

JOB: 転移陣の守護者

VIT: 5355+550

STR: 5355+550

INT: 5355+550

DEF: 5355+550

MND: 5355+550

AGL: 5355+550


--------------------------------------------



 俺は、アスカと俺のメニューを見比べる。違いは……性別と種族か。


 アスカの種族は『人間(ヒューマン)』。『央人(ヒューム)』と似た響きだ。これがチキュウに住む人族の名前なのか。


「人間……」


「うん。人は人と共に生きる。人の間でしか生きられない。だから人間。あたしは央人じゃない」


「……種族が違うからって、それがどうしたって言うんだ?」


 種族が違うから一緒にいられないとか、そういうことを言いたいのか? 


 いや、違うか。多種族の混成パーティでずっと一緒に過ごしているんだ。今さら種族の違いを気にすることはないだろう。


 人種によって特性も違うし、文化も違う。考え方の傾向や嗜好も違う。俺達も、最初は互いに戸惑うことも多かった。


 土人族(ドワーフ)のアリスは一妻多夫の種族の生まれだけあって、性欲が強いむっつりだ。しょっちゅう俺とアスカの情事を覗き見する好き者だ。


 獣人族のユーゴーは生理前に性欲が異常に高まり、いわゆる発情状態になるらしい。魔法で抑えないと大変なことになるのだそうだ。見てみたい気もする。


 神人族と魔人族のエルサとジェシカは食欲が薄い。いつも俺の三分の一ぐらいしか食事を摂らない。代わりに水と酒はけっこう飲む。一緒のペースで飲むと、確実につぶされるぐらいの酒豪だ。


 海人族のローズは逆に健啖家だ。アスカと同じぐらいの体つきなのに、俺の倍以上は食べる。あの栄養はどこに行っているのか。残念ながら胸や尻には行ってない。


 ざっと思いつくだけでも、種族による違いはけっこう大きい。それでも俺達は互いの種族特性や考え方を尊重しあって、強い信頼で結ばれていると思う。


 例えアスカが人間という、この世界でたった一人の種族だからと言って、気にすることなんて何もない。ぱっと見も央人族と何ら違いはないわけだし。


「人間と央人って見た目は全く一緒だし、何も違いはないように見えるよね。でも全然違うんだよ。央人と違って、あたしはレベルが上がらないし、魔力もゼロなんだよ」


 ああ、そうだ。そう言えば、その違いがあったな……。


 この世界の生物なら、たとえ人族だろうが魔物だろうが共通して持っているはずの魔力が無い。なぜかレベルも上がらない。


「あたしの身体はね、魔素を吸収できない。だからレベルが上がらない。魔力(INT)も無いし、MPも無い。魔法抵抗力(MND)も無い。それはそうだよね。魔素なんてどこにも無い世界から来たんだもん」


「魔力が無いから、なんだって言うんだ? そんなことは最初から知ってる。生活魔法も使えないし、扱えない魔道具も多い。不便だろうなとは思う。だけど、それがどうした。俺が一緒にいれば全て解決できる」


 だから俺と一緒にいてくれ。この世界に残ってくれ。チキュウの家族を捨てて、俺とともに生きてくれ。


「……魔素は、目に見えないほどに小さなオリハルコンの微粒子。そう言ったの、覚えてる?」


「え? あ、ああ」


 不意に話が変わった。意図が分からずアスカの瞳を覗く。相変わらず、アスカは目を逸らしたままだ。


「世界中のいたる所に漂ってて、あらゆる物の中に在る微粒子。水の中にも、空気の中にも、食べ物の中にも。この蜂蜜酒の中にも」


 アスカがワイングラスをくるりと回す。


「飲んで、食べて、息をするだけで、魔素はあたしの体の中に入ってくる。魔物と戦って命を奪えば、もっとたくさんの魔素が入ってくる」


 アスカは蜂蜜酒をほんの少しだけ口に含み、ゆっくりと洞窟の天井を見上げた。


「でもあたしは魔素を吸収できない。魔素はあたしの身体と結び付かない。レベルアップに消費されない。魔素は少しずつ少しずつ、ワインの澱みたいにあたしの身体に溜まっていくの」


 そこまで言われて、俺は少し前にアリスが言っていたことを思い出した。


『魔素が神授鉱の欠片だとしたら、人体に悪い影響が出そうなのです。鉱山で鉱物の粉塵を吸い込み過ぎると病気になるのです』


 魔素を吸収し、身体レベルに変えられるか否か。それが人間と央人の最も大きな違いだ。


 魔素は神授鉱の欠片。鉱物の粉塵と同じ……。


「血管に詰まって脳梗塞になるか、心筋梗塞になるか。身体全体に散って石みたいに固まるか。溜まりすぎた神授鉱の欠片が、あたしの命を止めちゃうの。あたしはこの世界では生きられない」


 アスカは俺達から目を逸らし、洞窟の天井を見上げたまま、そう言った。その横顔は、諦観も絶望も映してはいない。全てを受け入れ、覚悟を固めた戦士を思わせた。




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