第446話 あと5日
翌日、冒険者ギルドへ赴いた俺達は問答無用で王族専用の豪奢な箱馬車に乗せられ、王城の謁見の間へと連れていかれた。謁見の間は王家騎士団の臨時司令所となっているようで、たくさんの机と椅子が並べられ、兵士や騎士達が慌ただしく出入りしていた。
「よく来てくれた」
「はっ」
出迎えてくれた陛下の目の下には、色濃い陰りが刻まれていた。あれからたった3日しか経っていないというのに、5年は老けたように見える。相当な心労が重なっているのだろう。
「王都民の約半数はクレイトンを出て行った。王都に残っているのは騎士団と兵士、一部の貴族とその関係者、逃れる術を持たぬ平民だけだ」
火竜の群れが押し寄せたことや王都の目と鼻の先に10キロ四方の大穴が開いたことは、都民の多くが知ることとなった。もはや隠しきれるものではないと、陛下は王都クレイトンに未曾有の危機が迫っていることを公表。王都は大混乱に陥り、多数の死者が出る騒ぎにもなったそうだ。
地方貴族は我先にと王都を発ち、王都民のうち比較的裕福な者達がそれに続いた。多くの冒険者や決闘士達も護衛として同行し、王都を離れて行ったという。俺達が宿泊した『楡の木亭』も今朝をもって営業を終了とし、経営者と従業員達は隊商とともに王都を離れる予定だと言っていた。
「マーカスと娘達は親衛隊とともにデンバー大公のもとへと向かわせた」
マーカス王子殿下やテレーゼ王女殿下もすでに避難されたようだ。クレイトンに残って王家の血を絶やしてしまうわけにはいかないという判断のようだ。
しかし、親衛隊がその護衛についているということは、隊長のエドマンドさん達も王都にはいないということか。それは大きな戦力低下だな……。
「王都を放棄されないのですか?」
「放棄して龍王から逃れられるのならそうするがな。龍王の狙いは王都ではない。人族を滅ぼすことなのだろう?」
「おそらく、そうですね。ルクスが各国の首都を滅ぼしたのは多くの人が住む地だからでしょう」
「ならば央人族の王として抗わねばならん。まだ5万人に及ぶ王都民が残っている。貴族の義務を果たさねば王は名乗れん」
避難するのも身体一つで出来るわけじゃない。長旅に耐える体力と道中の食糧を確保できる足や金が必要になる。そのどちらかを持っていなければ王都から出ることもできない。体力の無い老人や、金や足を持たない者達が王都に取り残されたということなのだろう。
そして約半数の住民が残っているからには、王族や貴族は都市を守護する義務を果たさなければならない。
「央人族の王として、龍王に挑む。手を貸せ、アルフレッド」
「御意」
俺達の返答に鷹揚に頷くと、陛下は謁見の間の中央に置かれた大きな机の上を指し示す。机の上には大きな地図が広げられていた。
アスカが新たに習得したスキル【地図】で見た形と似ているから、たぶん世界地図だろう。アスカのスキルに描かれていた地図が正しいなら、だいぶ不正確ではあるけど。
「マナ・シルヴィアは『大竜巻』で、エウレカは『大熱波』によって、レリダとマルフィは其方らの情報通り『星降り』と『大津波』で滅んだ」
地図に記された各国の都市、鉱山都市レリダ、マナ・シルヴィア、魔法都市エウレカ、王都マルフィ、そして聖都ルクセリオには大きく『×』がつけられていた。鉱山都市レリダ、マナ・シルヴィアからは王都クレイトンに向けて矢印が引かれ、その線上にある都市に小さく『×』がつけられている。
「各地から続々と報せが届いている。五百体以上の地竜の大群がナバーラ山脈を越えたそうだ」
そう言って陛下はレリダから南下する矢印を指さした。
「同様にシルヴィア大森林の上空を渡る風竜の群れが確認されている」
続けてマナ・シルヴィアから南東に向かう矢印に指を動かす。
「そして、ヴァリアハートにも再び火竜が集まりつつある。さらに、竜頭半島の南の海上を進む水竜の群れを目撃したとの情報もある」
陛下はそう言ってチェスターの南の海上と領都ヴァリアハートの上に駒を置いた。
魔物の群れが集団暴走を起こして都市に襲い掛かることは時々ある。だがそれは魔物の発生場所の近くにある都市が襲われることがほとんどで、今回のように国境を越える超長距離を魔物の群れ移動するなんてことはあまり聞いたことがない。
「此処を目指していると考えるべきであろう」
まあ、そうとしか考えられないよな。このタイミングで竜種が一斉に集団暴走を起こしたとなると、ルクスがここに呼び寄せたということだろう。
「風竜や水竜の群れも、地竜の群れと同等の規模と考えると、合計2千体もの竜種が王都に押し寄せるというわけだ」
レリダが陥落した時だって地竜は百体もいなかったと思う。その竜種が何十倍もの規模で向かってきている。
「ルクスも本気のようですね」
先日、王都を襲って火竜の群れもおおよそ2~3百体ほどだった。それでも空を埋め尽くすほどの数だったというのに、その約10倍か。しかも、最低でもBランク以上の魔物である竜種だ。まさに未曾有の危機だな。
「通常なら竜種は単体でも中隊規模の騎士団で討伐に当たる。それが2千体もいるわけだ」
Bランク魔物の脅威度は、一人前と見做されるD~Eランク冒険者2百人に相当すると言われる。練度の高い王家騎士団なら中隊規模、おおよそ百人相当というところなのだろう。1体あたり百人ということは、2千体もの竜の群れには二十万人もの戦力でないと対抗できないということだ。
ちなみに王都の人口は戦闘の加護を持たない一般人を全て含めて約十万人。約半数もの王都民はすでに避難したということだから今は5万もいない。
「騎士団の兵力は約5千、決闘士や冒険者の義勇兵が約2千。合計7千がこちらの戦力だ」
絶望的な戦力差だ。
七千か……親衛隊が王子達とともに避難、地方貴族達が撤退したとなるとこんなものか。王都が万全な状態なら2万ぐらいは搔き集められたんだろうけど、それでも焼け石に水だ。
陛下も口では勇ましく『龍王に挑む』とは言っているが、おそらく『囮を買って出た』というところなのだろう。王都に少しでもルクスと竜の群れを引き付けられれば、王子達や地方貴族が逃れられる可能性が高くなるし、一緒に避難している王都民達の安全性も増す。
「先の防衛戦と同様に、舞姫エルサ殿、ガリシア令嬢の力を借りたい」
エルサの大魔法とアリスの【人形召喚】をあてにしているということだろう。先の防衛線でも二人の活躍がなければ多くの被害が出ていただろうからな。
「もちろんです。ですが私達はルクス討伐を優先しますので、状況により助力が出来なくなることはご理解ください」
「そればかりは致し方ないな」
陛下が肩をすくめる。できれば先の防衛戦の時のようにエルサとアリスを置いて行ってもらいたいのだろうが、今回ばかりはそうもいかない。
龍王ルクスに抗うのだ。俺達も万全を期してルクスに当たる必要がある。
「ここを離れるにしても強力な召喚獣を残していくようにはします」
前回は火竜との相性から海竜や水竜、ついでに白銀人形なんかを使ったようだ。海底迷宮を周回し、A~Sランクの魔石もそこそこの数を入手している。より強力な召喚獣をそろえられるだろう。
「して、其方らはどうなのだ。龍王ルクス……討てるのか?」
陛下の言葉に周囲の騎士達に緊張感が走った。どうやら慌ただしく作業をしながらも聞き耳を立てていたようだ。
「現時点では、勝ち目はありません」
誰かが息を吞む音が聞こえ、謁見の間がざわめいた。
龍の王が二千体の竜を引き連れて襲い来るのだ。騎士たちは既にここを死地と捉えているだろう。
だが、それでも俺達の存在はせめてもの希望だったのだ。敗北宣言ともとれる言葉を聞いて、騎士達の表情に諦めの色が浮かんだ。
ああ、すまない。違うんだ。そういう意図で言ったんじゃないんだ。
「5日後、火龍イグニスの守りが解けるその日までに、必ずや龍王ルクスを討つ力を手に入れます。それまで、王都は頼みます」
俺は左胸に右拳を当て、宣言した。




