第443話 魔素
異様なまでに、ステータスが上がった。王都クレイトンで決闘士武闘会で準優勝した時のステータスに比べると、ざっくり7~8倍だ。
アリスだけは戦闘の加護じゃないから、ステータスはあまり伸びていない。それでも王都が誇るA級決闘士にしてAランク冒険者、拳聖ヘンリーを軽く凌駕するステータスだ。
さらに、防具とアクセサリーも充実した。今回のキャンプを始める前に、アリスと王都から魔人族の村に連れて来たマイヤさんが製作・付与してくれたのだ。
強化には竜の魔石をこれでもかと贅沢に使っている。前に海底迷宮の60から75階層までを攻略した時にストックしていた魔石を投入したのだ。
海底迷宮65階層の階層主である古代竜は、上級竜2体をお供に現れる。SランクとAランクの魔石が何度でも入手できるとあって、嫌になるぐらい周回したのだ。周回させられたのだ。
先の王都防衛戦の際にアリスの【人形召喚】でいくつか消費してしまったそうだが、代わりに襲来した火竜や紅玉竜の魔石を大量に追加入手できたため、まだまだストックには余裕がある。いや、むしろ増えている。
というわけで、上級竜の魔石や素材を贅沢に使って、防具全てに物理耐性と魔法耐性、全属性耐性をつけたのだ。そして各種アクセサリーには、魔石を嵌め込んで非常に高いステータス上昇効果を付与してもらった。
なお、アクセサリーが全員同じものを身に着けているのは別にお揃いにしようとしたからではない。アリスがキャンプ前の短い時間で作ったから画一で簡素な意匠になってしまっただけだ。
残念ながら鍛冶師としての経験がほぼないアリスには、凝った意匠の装飾品を作る技量が無い。『せっかく贅沢な素材を使っているのに、こんなものしか作れないなんて』と嘆いていた。俺としては簡素な意匠の方が好みだと伝えたら、一転ご機嫌になったけど。
「ねーねーアルぅ?」
「ん?」
お気に入りの蜂蜜酒を飲んでほろ酔いアスカが寄り掛かって俺の肩に頭を乗せる。ふわりと漂う汗と石鹸の匂いが甘く香る。あーそう言えば、ずいぶん禁欲生活してるよな。最後にしたのっていつだっけ。聖都に泊まった時か?
今日は久々に宿に泊まるわけだし。襲撃の渦中でガラガラだったから人数分個室取ってるし。うん、ひさびさにね。あってもいいよね。そういう時間も。
「なんで剣の名前つけてないの?」
「ん? ああ、それな。全員そろってからにしようと思って銘打ちはまだしてないんだ」
無銘の剣のことか。武器が必要だったからアリスに神授鉱の剣を作っては貰ったが、アスカがいなかったから保留にしていたのだ。『王家の武器シリーズ』よりも高品質な、神授鉱製の特別な剣だからな。せっかくなら皆で考えた名前を付けたいじゃないか。
「嬉しいけどさー、王都の作戦の前に名付けしといた方が良かったんじゃない? 名前をつけるとパワーアップするんだしさ」
「いや、それは二重詠唱の話だろ?」
アスカが神授鉱に囚われる前、海底迷宮でキャンプをしている時に俺達は、偶然にもある事実を発見した。それは二重詠唱したスキルに固有名をつけることで、スキルの効果を高めることが出来るということだ。
元々は、アスカが『必殺技の名前を決めないと!』と突然に言い始めて勝手に命名したのだが、なんだかんだとノリの良い仲間達が実際にその名前で発動してみたら明らかに強力になったのだ。
光魔法の【光の盾】と剣闘士スキルの【鉄壁】の二重詠唱、『シールド・オブ・アイギス』。
獣戦士のスキル【狂乱の戦士】と獣王スキル【明鏡止水】の二重詠唱の『フォース・オブ・オーディン』。
水魔法【氷雨】と【凍ル世界】の二重詠唱の『アブソリュート・ゼロ』。
全部アスカがつけた名前だ。それぞれ『天空の盾』『軍神の威光』『絶対零度』なんて意味があるらしい。アスカの世界の神とか、現実には起こりえない現象の名前にあやかったのだとか。
「だから、その剣にも名前つけないと」
「……だから?」
必殺技ならぬ必殺剣ってことか?
「えっと、二重詠唱に名付けすると強くなるのはさ、それだけ想いが込められるからじゃん」
「想い……ああ、結果をイメージしやすくはなるよな」
例えば『シールド・オブ・アイギス』はアスカの世界の女神が持つ、ありとあらゆる邪悪や災厄を祓う力があるという盾の名前から名付けた。俺は神が授けたどんな攻撃をも防ぐ盾ってイメージで発動している。
同様に『フォース・オブ・オーディン』はアスカの世界の軍神の名前が由来だ。狂乱状態の猛る力を制する軍神が宿る……というイメージをユーゴーは描いているらしい。
俺達は加護やスキルは神龍ルクスから授かった力だと教えられてきた。だから、異世界の神様から力を授かっていると考えればイメージし易かったのだ。
「そうそう。世界中に漂う魔素に、加護とスキルを通して想いを伝える。その想いが『名付け』でクリアになるから、強化されるわけ」
ふむ。
例えば『シールド・オブ・アイギス』の場合、導師の加護を通して【光の盾】を発動。同時に剣闘士の加護を通して【鉄壁】を発動し、それらを合わせる。
だが、そんな回りくどい行程を踏むよりも、『アイギスの盾』みたいに簡略化したイメージを描いた方が早いし、より明確だ。『名づけ』でイメージがクリアになる。確かにね。
「だからさ、神授鉱で作った剣も、名付けた方がパワーアップすると思うの」
「うーん、もうちょい詳しく」
「神授鉱の剣……神授鉱が大地と水と生物を……魔素に、想いを、伝える……精神に感応する金属……」
ふと、隣に座っていたエルサかブツブツと小声で呟き出す。聞いてたんだ?
「もしかして、魔素は……神授鉱?」
「正解!!」
アスカがにんまりと笑って手を打ち鳴らす。
「世界中のいたる所に漂ってて、森に、大地に、海に、生き物に、あらゆる物資の中に在る、目に見えないほどに小さな神授鉱の微粒子。それが魔素だよ」
「神授鉱のびりゅうし……?」
いつから会話を聞いていたのか、仲間たち全員の視線がアスカに集まっている。
魔素は、微細な神授鉱の欠片。だから想いに反応し、スキルや魔法の源となる……?
言われてみれば、魔素とは何か? 魔力とは何か? そんなことを考えたことも無かった。ただ、当たり前にそこに在り、全ての生物の生存に無くてはならないものとしか捉えていなかった。
「まさに、神は遍在するってやつだよね」
「そう、そうなのね。遥か昔から魔法学者達が追い求めていた命題の答えは……神授鉱だったのね」
エルサが感動に打ち震えた様子で、両手を組んで祈るように呟いた。
「だからさ、その神授鉱の塊で作った剣には特別な名前をつけないと。想いに応えてくれると思うよ!」
手が震える。
そうか。きっとそうだ。
魔素は神授鉱の欠片。女神の欠片。
その女神の欠片の塊、女神の御神体そのもので創られていると言っても過言ではない特別な剣。
俺の想いに応えて『不壊』なんて特性がついた剣。
それなら、より明確なイメージを込めて、『無銘の剣』に名づけをしたら……?
一筋の光が見えた気がする。
全てのスキルを修得しても、どんなにレベルが上がっても、ステータスが上がっても、それでも見えて来なかったルクスに抗うことが出来る力。それを手にすることが、もしかしたら……出来るかも知れない。
「ってことでー! 第一回、オリハルコンの剣、ネーミング大会!!」
いや、ちょっと待て。なにそのノリ……




