第440話 創世神話
ジェシカの穴倉に場所を移して、俺達は石製のテーブルを囲んだ。微笑を浮かべながらも、いつになく真剣な表情のアスカに、今からどんな話が始まるのだろうと皆が固唾を呑む。
「ごめんね、皆。心配かけちゃって。それに、肝心な時に一緒にいられなくて」
「良いのよアスカ。無事に目覚めてくれて安心したわ。貴方が眠っている間、アルったらオロオロしてばかりで見ていられなかったもの」
「お、おい、それは」
「本当よ! アスカのことが心配じゃないのかって薄情者呼ばわりされたわ!」
「いや、ローズ、その、ほんと」
「確かに女々しかったな」
「ユーゴーまで……悪かったよホントに」
こういう時、女性ばかりのパーティは居た堪れないんだよなぁ……。俺が情けなかったのは自覚してるけどさ。アスカの前で言わなくても。
「まあまあ。それだけアルさんがアスカのことを大切に想ってるってことなのです。ね、アスカ」
アリスが苦笑しつつとりなしてくれる。有難いけど、アスカに話をふられると恥ずかしいんですけど。
「ありがとね、アル。心配してくれて。それで、何から話せばいいかな」
「え、あ、そうだな。王都の出来事を見てたって、どういう意味なんだ?」
あれ……さらっと流したな。いつもなら嬉々として弄ってくるところなんだが。
まあ、いいか。
「言葉通りの意味だよ。えっと、あたしね、皆があの白い部屋から出た後も、ずっとあそこに残ってたんだ」
「白い部屋……って神授鉱を錬金した時の、あの転移陣の神殿みたいな部屋なのです?」
「うん。あそこからね、皆のこと見てたんだ」
あの白い部屋にいた? やはり、ただの魔力欠乏症じゃなかったのか。
「見てたってのは……?」
「皆が見たものが伝わって来るっていうのかな。ルクスと戦うアルとローズが見てるもの、隙を狙って隠れてたユーゴーとジェシカが見てるもの、エルサとアリスが火竜を撃退してるとこ、皆の視点を同時に見てた……共感してたって感じかな」
「驚いた……実際の作戦の通りだわ。どういうことなのかしら」
今回の作戦の詳細はアザゼルと俺達だけで詰めたので、この村にいた人達には話していない。それぞれの役割と組み合わせも合っているってことは、村の人達に聞いたわけじゃなく、本当に見ていたってことか。
「あの白い部屋って、いったい何だったんだ?」
アリスが神授鉱を錬金した時に見た、灯かりが無いのに明るく、出入り口や窓も無い白一色の異様な空間。俺達全員が同じ夢を見ていたと考えた方が、まだ納得できると思っていたんだが……。
「んーなんて言うのかなぁ。日本人なら精神だけが時の部屋に入ったって言えば伝わると思うんだけど」
「精神……時の部屋?」
「うん。最初は皆であの部屋に転移したって思ったけど、そうじゃなくてね。あの部屋には皆の精神というか魂? みたいなのだけが神授鉱を介して喚ばれたの。あれは実在する空間じゃなくて、皆と会うためだけに創られた『場』だったんだ。で、あの空間は時の流れが遅いっていうか、捻じ曲がってて、皆はほんの一瞬だけこの世界を離れたぐらいだったんだけど、あたしはけっこう長い時間あそこにいたんだよね」
「ちょっと待て。魂だけ? 創られた場? 時が、捻じ曲がる?」
過去最高に意味が分からん。アスカの言うことはいつも突拍子が無かったけど、今回は輪をかけて意味不明だ。
「それは……星辰体だけが何者かによってあの場所に喚ばれたということ?」
「知っているのか、エルサ?」
「いえ、想像でしかないのだけど……私たち人族は物質であるこの肉体『生気体』と、精神と感情を司る『星辰体』で構成されているといわれているの。私達は生気体をここに残したまま、星辰体だけあの白い部屋に喚ばれた……ということじゃないかしら」
「たぶんそれで合ってると思うよ」
「なるほど……?」
よくわからんが肉体はここに残して、精神だけあの部屋に行った。精神があの部屋に留まっていたからアスカは目覚めなかった。そういうことか?
「だとすると、あの部屋は誰が創って、アリス達は誰に招かれたのです?」
そうだ。そもそもなんであの場に俺達が喚ばれたんだ? 喚んだのはあの部屋にいたアスカによく似た紺碧の髪の女性で、招かれたのは神授鉱を錬金したから?
「あたし達を喚んだのはテラ。この星そのものだよ」
「…………はぁ?」
この星が喚んだ? あの女性じゃなくて? いや、そもそも星が喚ぶってどういう意味?
「やっぱり最初から話さないとわけがかんないよね」
そう言ってアスカは淹れたての紅茶をテーブルに並べていく。アスカお手製のスコーンも一緒だ。長い話になるってことかな。アイテムボックスってやっぱり便利だなぁ。
「ええとね、この星はもともと超巨大なオリハルコンだったの」
「この星が巨大な神授鉱……なのです?」
「うん。太陽の周りをまわるオリハルコンの塊」
「神授鉱の惑星…………『昏い空を漂う土塊』?」
エルサがはっとした顔で呟く。
それって……あの部屋で紺碧髪の女性が謳っていた言葉だよな?
「そそ。それでね、この星がある宇宙は、日本っていうか地球がある宇宙とは別の宇宙なのね。別の次元というか」
なんか話がえらく難しくなってきたぞ。というか、何の話だこれ。なんであの白い部屋に俺達が喚ばれたって話じゃなかったっけ。話の腰を折ると怒られそうだから黙っとくけど。
エルサとジェシカは話の流れを追えてるみたいだ。アリスは必死に食らいついてる感じ。ユーゴーは……俺と同じだな。混乱してる。ローズは聞いてないなコレ。わかってる風な顔してるだけだ。
「あたしも詳しく説明できないんだけど多次元宇宙っていうみたい。でね、地球がある宇宙とこの宇宙は重ね合わせになってるの」
「……正しい言い方ではないかもしれないけれど、近い宇宙ということかしら」
「さっすがエルサ。それで合ってると思うよ。それでね、この星も地球も、それぞれの宇宙の中で移動し続けてるのね」
そろそろ俺も脱落しそうだ。アスカのいた宇宙と俺達の宇宙が近くにあって、この星もアスカのいた星も、それぞれの宇宙の中を移動し続けていると。えらく壮大な話だな。
「重ね合わせの宇宙で、移動し続ける星どうしが近づいた時に、奇跡が起こったの」
「奇蹟……神意の啓示、神なるものの力の具現……?」
「ええと、ちょっと違う意味で使ってるかな。超自然的な現象って感じ?」
そこでアスカは言葉を区切って紅茶を一口飲み、スコーンをちぎって口に放り込んだ。俺達もそれにならって紅茶に口をつける。
「地球には『ワールド・オブ・テラ』ってゲームがあったの。仮想現実空間で冒険を疑似体験できるゲーム。世界中で3億人以上のプレイヤーがいた超大ヒット作」
「WOT……この世界を描いた物語の名前よね?」
エルサが眉根を寄せてアスカに尋ねる。アスカはゆっくりと頷いた。
「3億人もの地球の人達が見ていた夢と言っていいかもしれない」
核心に近づいて来た気がする。アスカから何度となく聞いた言葉。なぜかアザゼルも知っていた言葉。
「『幾千の人の想いによって作られた虚構の世界』」
「そう! それがわかりやすい表現かも! 冴えてるね、アル!」
俺はゆっくりと首を振り、答える。
「違う……これはアザゼルが言った言葉なんだ」
「『地に満ちた人々の夢 偽りの世界』」
エルサが続ける。いや、繋がったのか。
「うん。テラがそう謳っていたね」
なぜだか背筋に冷たい汗が伝う。そうだ……アスカは『この世界の成り立ち』を話すって言っていたじゃないか。
「神授鉱で『龍殺しの剣』と『王家の武器シリーズ』を鍛えたんだから皆もわかっていると思うけど、オリハルコンは人の想いを写す鉱物、精神感応金属とでも言うべきものなの」
アスカが話しているのは……星と魂、人と世界の話。創世の神話だ。
「この『昏い空を漂う土塊』が、『虚構の世界』に近づいた刹那に、『幾千の人の想い』に感応して『女神』が生まれたの」
そう言ってアスカはことりとティーカップを置いた。




