第431話 王都防衛戦
エルサが唱えた発動句とともに、火竜の群れと城壁の中間地点に直径十数メートルの巨大な魔法陣が展開される。直後、魔法陣から極寒の冷気が噴き出し、広範囲を凍てつかせていく。
草木は凍りついて自壊していき、漂う水分は氷の細晶へと昇華する。指定範囲のあらゆるものを凍らせる第九位階水魔法【凍ル世界】だ。
さらに、第七位階水魔法【氷雨】の無数の氷矢が、極寒の冷気で硬度を高めつつ、火竜の群れへと降り注ぐ。
「クキャアァァァァッッ!!!」
群れの先頭にいた火竜達は真正面から極寒の冷気を浴び、その巨体を凍らせて地表に落下していく。冷気から逃れた火竜達も、飛来する氷矢に飛膜翼を突き破られ、悲鳴を上げて堕ちていった。
氷矢と言っても、人の背丈ほどもある氷柱だ。ただでさえ水魔法への耐性が低い火竜が、あんなものに貫かれれば空に浮かんでなどいられないだろう。
宣言通り、火竜の半分は落とした。いや宣言した以上の数だな。
「は、はは……なんだ、これ。夢か?」
「現実、だな。信じらんねぇ。舞姫の……腕を上げたな」
ヘンリーさんとルトガーがそう言いたくなるのもわかる。火竜は一般の冒険者達にとって、災禍級と恐れられる魔物なのだ。
とは言え、火竜は俺達が周回討伐していた古代竜に比べれば格下も格下。エルサの大魔法をくらわせれば、半分ぐらいは撃墜することが出来るだろうとは考えていた。さすがに、群れの大半を一発の魔法で落としてしまうとまでは思っていなかったけどね。
「アルフレッドの助力が無ければ、ここまでの威力の魔法は放てません。私だけの力では無いですよ」
本当に『励起』と『接続』の組み合わせはとんでもないな。
エルサ自身の【大魔道士】の魔力に、俺の【魔道士】と【闇魔道士】の二つの加護の魔力が加われば、魔力は凡そ3倍ほどにまで膨れ上がる。その魔力を以ってエルサの『二重詠唱』で二つの大魔法を同時に発動したのだ。その威力は推して知るべしと言ったところか。
一つの都市を一瞬で滅ぼせるほどの龍王ルクスの魔法には及ばないとは思う。だが、エルサと俺が本気でやれば、この広大な都市クレイトンであっても半壊させることが出来るほどの威力はあるんじゃないだろうか。
「オオォォォッ!!!」
「すげぇっ!!」
「なんて魔法だ!」
「見ろ! 火竜がゴミのようだ!」
エルサの大魔法のあまりの威力に呆気に取られていた戦士達が我に返り歓喜の声を上げる。ついさっきまで諦観すら漂っていた城壁付近は、まるで戦勝したかのような熱気に包まれた。
「まだです!!」
エルサがその熱気に冷や水を浴びせるように、声を張り上げる。
「まだ戦いは終わっていません! 喜ぶのは竜を全滅させてからにしてください!」
群れの先頭にいた竜達はほとんどが極寒の冷気で凍りつき、落下と共に砕けた。氷矢が突き刺さり、即死もしくは致命傷を負った竜も多い。
だが、いまだ空を舞う竜も何十体もいる。飛膜翼を失い地に堕ちた竜も、死んだわけでは無い。
普通は群れにここまでの被害が出れば、竜であっても生き物なのだから我が身可愛さに逃げ出すだろう。だが、火竜達は逃げ出すどころか、いまだ獰猛な敵意を漲らせている。
龍王ルクスの眷属だからなのか、従魔術でもかけられているのかは分からないが、竜達に退くという選択肢は無いのだろう。この戦いはおそらく最後の竜が息絶えるまで終わらない。
「先ほどのような大魔法はもう撃てません。気を引き締めてください!」
エルサとアリスはこの都市防衛戦に残していく予定だが、俺はここを離れなくてはならない。俺の仕事は龍王ルクスを闘技場に誘き寄せること。そして魔王アザゼルが命を懸けた乾坤一擲の一撃を放つまで耐え抜くことだ。俺の『励起』と『接続』での強化無しで、戦線を維持してもらわなくてはならないのだ。
エルサやアリスがBランクの火竜やAランクの紅玉竜なんかに引けを取ることなどあり得ないが、この数の竜を二人だけで捌くのは困難だ。決闘士や冒険者、そして王家騎士団にも、矢面に立って戦ってもらわなければならない。
「決闘士達よ! 俺達が決闘に挑むのは何のためだ! 自分の強さを証明するためだろう!? ならば決闘士の強さをトカゲどもに見せつけてやるぞ! 己が力を証明して見せろ!」
「魔物を殺して稼ぐのは俺達の本分だ! 見ろ、獲物がうじゃうじゃいやがるぞ! 舞姫だけに稼がせるな! 稼げ、冒険者ども!!」
「おおおおぉぉぉっ!!!」
決闘士と冒険者達が拳を突き上げ、ルトガーとヘンリーさんの檄に呼応する。士気は一気に最高潮だ。
「王家騎士団に告ぐ! ミカエル騎士団は分隊単位で各個討伐にあたれ! ガブリエル騎士団は城壁にて、空を飛ぶ火竜を撃墜せよ!」
「イェス、サー!!」
おっ、あそこで騎士団を指揮しているのはエドマンドさんじゃないか。マーカス王子の親衛隊隊長に就任すると聞いていたが、この危機にあって現場指揮を任されたのか。
「開門!」
エドマンドさんの号令で閉ざされていた門が開いて行く。
「突撃!!」
「行くぞぉっ!!」
開いた門から騎士団と冒険者や決闘士達が雪崩のように飛び出していく。ついに本格的な白兵戦が始まった。
「ヘンリーさん、後は頼みます」
「ああ。あの人外とやりあうんだったな」
「ええ。エルゼム闘技場とその周辺数キロを龍王ルクスもろとも吹き飛ばします。くれぐれも魔法障壁の外には出ないように注意してください」
「ああ、わかってる。騎士達にも戦士達にも深追いしないように言い聞かせているから大丈夫だ」
魔法障壁は城壁の外側500メートルほどの地点に、王都全体を包むように展開されている。闘技場は王都南門から2キロぐらいしか離れていないので、王都の一部が『魔素崩壊』の効果範囲の中に入ってしまっている。だが、魔法障壁は龍の力を否定するため、障壁の中にさえ入っていれば崩壊は免れるはずだ。
そのため戦士達や騎士達には、障壁の中で火竜を迎え撃つようにと伝えていた。もし『魔素崩壊』の魔法陣を発動した時に、一歩でも魔法障壁の外に出ていたら消滅は避けられない。
「しかし闘技場周辺を一瞬で崩壊させて、あの人外を討伐する……か。本当にそんなことが出来るのか?」
「ええ。あの魔王アザゼルが仕込んでいるのですから、そうなるでしょう」
「はは……。まさか、魔人族に頼ることになるとはな……」
「出来なければ人族が滅ぶだけですから」
「笑えねえな」
他に選択肢はないのだから致し方ない。膨大な魔力を持ち、極大魔法をまるで火遊びのようにポンポンと放つ龍王ルクスに、真正面からぶつかって敵うわけがないのだから。
「じゃあ、エルサ、アリス、あとは頼んだ」
「ええ、ここは任せて。気を付けてね」
「アルさん、ユーゴー、ローズ、絶対に生きて帰ってくるのです! ジェシカも……」
「ああ」
「…………わかったの」
「行くぞ。【転移】」
俺はユーゴーとローズ、そしてジェシカを連れて闘技場に飛ぶ。
アリスとエルサは、多数の敵を相手どった方が本領を発揮できるので、王都防衛に回ってもらった。
闘技場の前に着地して王都西門の方に目を向けると、合わせて10数匹ほどの海竜と水竜が王都上空に出現するのが見えた。アリスが【人形召喚】を発動したのだ。
エルサとアリスがいれば、王都は大丈夫だろう。頼んだぞ。
「……遅かったな」
「ああ、待たせた。ルクスは?」
「あそこだ」
後ろから声をかけて来たアザゼルが、指し示した方を見る。ここからでは豆粒ほどにしか見えないが、確かに翼の生えたの人が王都上空に浮かんでいるのが見えた。




