第430話 守護龍の試練
王都城壁から見上げる西の空は紅いトカゲの大群で埋め尽くされていた。蝙蝠の飛膜に似た巨大な翼をはためかせて王都に迫るそれは、セントルイス王国の破滅は避けられないと思わせるほどの異様だった。
「な、な、なんだ、アレは……」
「終わりだ……クレイトンは」
「母ちゃん……」
「ああ、神龍ルクス様、お救いを……」
兵士達が絶望を吐露し、両手を組み救いを求めて膝をつく。まあ、神頼みをしたくなるのも、わからなくはない。
人族を寄せ付けない険俊な絶壁の一脈に棲む、ウルグラン山脈の絶対捕食者。その吐息は村を焼き、その尖鋭なる牙は岩をも砕き、その刃の如き爪は人族など紙切れのように斬り裂く。
稀に、山脈を離れた『はぐれ』が人里に降り立ち甚大な被害をもたらすこともあり、ウルグラン山脈の山間の村では『災禍』の象徴として恐れられるBランク魔物、火竜が群れを成しているのだ。
しかもその中には、さらに大型の竜もちらほら見える。『天災』の象徴たるAランク魔物、火竜の上級種である『紅玉竜』だ。
兵士や騎士達が絶望するには十分すぎる光景だろう。
「とは言っても」
「一年前なら神龍に祈りを捧げていたところでしょうけど……」
「だからなんだって感じなのです」
竜種の最上位である古代竜を周回討伐し、さらにSSSランクの『神狼』やら『鬼神』やらも屠ってきた俺達からすれば、絶望には程遠い。
「疑ってたワケじゃねえが、想像の斜め上……いや斜め下だな。こりゃぁちっとばかし、やべえな」
「白旗でもあげますか?」
「はっ、冗談じゃねえ」
そう嘯くヘンリーさんだが、その顔は青ざめ、指先が僅かに震えている。いかに精強たる王家騎士団であっても苦戦は必至。甚大な被害を被って、撃退できるかどうかと分析したのだろう。
まあ確かに、その分析は正しい。俺達の先制攻撃が無ければ、だけど。
「やれるのか?」
「ああ。魔法障壁あたりまで引き付けたら、どでかいのぶっぱなす。半分は落とせると思うぞ。その後は任せた」
「ははっ、楽しみだ」
Aランク決闘士ルトガーがニヤリと笑い、聖剣『劫火ノ大剣』の柄を握り締める。相変わらずの戦闘狂いっぷりだ。こんな時は頼りになるな。
「信じてるぞ、エルサ」
「はい。お任せください、ヘンリー卿」
エルサがヘンリーさんにニコリと微笑みかける。
まあ、俄かには信じ難いよな。ヘンリーさんにとって俺は、1年前に冒険者ギルドの訓練所でボコボコにした相手なんだ。隣にいるエルサだってヘンリーさんからしたら、特例でAランク決闘士になった優秀な後輩ってところだろうし。
「さて、やるか」
「はあ、あんまり得意じゃないのだけど……」
「五英雄のうち四人が揃っているんだから、戦意高揚のためにはやっておくべきだって話だろ。諦めな」
「わかってるわ。でもアルフレッドがやってもいいじゃない」
「俺よりエルサとルトガーの方が知名度高いだろ? 俺も決闘士武闘会でそれなりに名は売れたけど、しょせん準優勝者だからな」
「それを言うなら私は三位じゃない」
エルサが珍しく拗ねるように唇を突き出す。パーティの中で姉のような立ち位置にいるエルサとしては珍しい態度だ。なんか、かわいい。
ちらりと目線を送って合図すると、ヘンリーさんはゆっくりと頷き、表情を引き締めた。
ヘンリーさんが城壁の上に設けられた演台に飛び乗る。続けてルトガー、エルサ、俺も演台に上ると、王都の西門にかき集められた決闘士や冒険者の目線が一斉に俺達に集まった。騎士や兵士達も俺達に注目している。
「おおっ! 『拳聖』ヘンリーだぞ!」
「『重剣』のルトガーもいるじゃないか!」
「あっ! 隣にいるのは『舞姫』のエルサじゃないか!?」
「ほんとだ! 決闘士は引退したって聞いてたけど、王都の危機に駆けつけてくれたんだ!!」
さすが、王都の有名人達だ。舞うように戦うことで人気だった花形決闘士エルサ、前年の決闘士武闘会の優勝者のルトガー、同じく優勝経験者で現冒険者ギルド王都支部ギルドマスターのヘンリーさん。この3人が並び立てば、味方としては心強いだろう。
「おい、あれって『魔法剣士』のアルフレッドだよな?」
「ああ。アイツが王都を襲ったって噂があったけど……」
「誰だよ、翼と角が生えた化け物なんて言ってたやつ」
「でも『処女信仰者』とか『泥試合』なんて言われてたしなぁ」
「だから言ったろ? あの人は先陣切って魔人族と戦った勇敢な決闘士だぞ? 王都を攻撃するなんてありえないって」
うーん。俺もそこそこ顔は割れてるから注目を浴びてるみたいだ。五英雄とか魔法剣士とかもてはやされたりもしたしね。
その前の悪評もあったからイマイチ人気は無さそうだけど。ギルバードの身体を乗っ取ったルクスが現れたことで、また悪い噂が立ったみたいだし……。やはり俺は王都と相性が悪いみたいだ。
「総員傾聴!!」
ルトガーが戦士達に大声で呼びかける。辺りは一瞬で静まり返り、衣擦れや押し殺した息遣い以外は聞こえなくなった。さすがはカリスマ決闘士だ。
「お前達、頭上を見ろ。あの魔法障壁は火龍イグニス様の守護だ。あれがある限り、我らが王都クレイトンが凶悪な魔法に晒されることは無い!」
戦士達が頭上の紅い魔法障壁を見上げ、指さして騒めく。あの魔法障壁が王都を極大魔法から守ったことは知っていても、守護龍イグニスによるものとまでは知られてはいなかったのだ。守護龍が王都を守ってくれていると知ったことで戦士達の目に希望の火が宿る。
「だが『龍の守り』が防ぐのは、先日王都に現れた有翼有角の人外のみ。あのトカゲどもは障壁を素通りして王都を襲うだろう」
ヘンリーさんの言葉に戦士たちが再び騒めく。希望の火が灯ったかに見えた戦士たちの目に陰りがさしたように見える。
おいおい……大丈夫なのかコレ。なんかむしろ士気が落ちてないか?
「どういう事かわかるか、お前ら! 人の手が届かぬ者からは守護しよう。だが、日々技を鍛え、魔物どもを屠り、戦いに明け暮れた戦士達がいるのなら、助けがなくとも王都を守ることは出来るだろう。我ら央人族の守護龍、火龍イグニス様はそう仰せなのだ!」
ゴクリと生唾を飲み込む音すら響くほどに、戦士達は再び静まり返った。
「トカゲの群れがなんだというのだ! 恐れるな、戦士達! 俺達ならこの程度の試練、容易く乗り越えられる!!」
おおぉぉぉっ!!!
ヘンリーさんの檄に呼応して戦士達が雄たけびを上げる。騎士や兵士達もそれに合わせて槍や剣を突き上げる。
すごいな、ヘンリーさん。あっという間に空気を持っていったな。
うーん役者だ。じゃあ、俺達も続こうか。
「王都クレイトンの戦士達に告げます!」
エルサが声を張り上げ、銀色の美しい髪が風になびく。神授鉱で強化した『アストゥリアの短杖』を掲げたエルサの姿はまさに戦乙女だ。
「露払いは舞姫エルサと魔法剣士アルフレッドが務めます! 【大魔導士】の大魔法、とくとご覧あれ!!」
くるりと反転しエルサが火竜の群れに短杖を向ける。
さあ、ぶっぱなしますか。
……【魔導士】と【闇魔道士】を『励起』
……【魔装】を『二重詠唱』、エルサと俺の魔力を強化
……【接続】、エルサの魔力を超強化
放つのはエルサの第七位階水魔法と第九位階水魔法の二重詠唱――
「【氷雨・凍ル世界】!」




