第41話 再出発
「気をつけてね!」
「またオークヴィルにいらしてくださいね!」
翌日の朝、オークヴィルを出発する俺たちを、デール達とセシリーさんが見送りに来てくれた。
「じゃあね! みんな元気でねー!!」
「みんなも、気をつけてな。また会おう」
俺たちは手を振って町を出る。オークヴィルには思っていたよりも長く滞在することになった。デール達やセシリーさんとはずいぶん仲良くなったから、どうしても後ろ髪を引かれる思いにとらわれてしまうな。
また、ここに戻って来ることはあるのだろうか。その時、俺の隣にアスカはいるのだろうか。もうニホンに帰っているのだろうか。
そんな風に思ってアスカを見ると、特に何も感じていないみたいに平気な顔をしている。もしかしたら今生の別れになるかもしれないのに、あっさりしたものだ。
「ん、なに? あたしのこと見つめてた? さては惚れたな?」
「いや、ずいぶんあっさりしてるなって思ってさ。もう会えないかもしれないのに」
そう言うとアスカは「何を言ってるのこの人?」とでも言うような目で俺を見る。
「また会いにくればいいだけじゃない。王都に着くまでは無理だけど、始まりの森の転移陣があるんだから、一日もあれば戻ってこれるでしょ?」
「え? いや、それはそうだけど、転移石なんてそうそう買える物でも、手に入る物でも無いじゃないか……」
「王都の転移陣に行った後なら、転移石はわりと簡単に手に入れる方法があるよ。デール達はそのうち拠点を移すかもしれないけど、セシリーはオークヴィルにいるでしょ? 王都の転移陣についたら、また会いに来ればいいじゃん」
「そう……なのか?」
転移石は迷宮や遺跡で発見される魔石の一種で、転移陣の利用に必要になる消耗品だ。めったに見つからないため高値で取引されている物なのだが……簡単に手に入れる方法がある?
「うん。ストーリーが進むとほとんど使わなくなって、アイテムボックスの肥やしになっちゃうアイテムだしね。手に入れたらじゃんじゃん使っちゃえばいいと思うよ」
「……普通は貴族か豪商でもないと手に入れられない物なんだけどな」
まあそれなら、あんなにあっさり別れていたのも頷ける。あれ、でも……?
「王都の転移陣辺りで転移石を手に入れたら、ニホンに帰れるかも知れないんじゃなかったのか?」
「うーーん。それねぇ。可能性が無いわけじゃないけど……転移石作戦はあんまり期待してないんだよねぇ」
「へっ? 帰れないのか?」
「うーん。日本に帰れるかも知れないけど……そう上手くいくとも思えないんだよねぇ。私の予想では世界中の転移陣を一回りしないと無理なんじゃないかなぁって……」
「世界中の!?」
世界中ってことは王都だけじゃなく、聖ルクス教国とかジブラルタ王国とかにも行くって事か? そう言えば初めて会った時に魔法都市エウレカがどうとかって言ってたな。もしかして大陸を渡るつもりなのか?
「うん。ドワーフの自治区とかシルヴィア大森林にも行くことになるかなぁ」
「本気かよ……」
いったい何年がかりの旅になるんだ、それは。王都まで行くのも数か月はかかるって言うのに……。
「……うん。それでも、ついて来てくれる? 無理にとは言わないけど……」
アスカが不安そうな顔をして目をそらす。いや、今さらアスカを見放すつもりなんてさらさら無い。あまりにも壮大な話に驚いただけだって。
「……元々、世界中を旅してまわるって言ってたじゃないか。ついて行くに決まってるだろ?」
そう言うとアスカは、目にうっすら涙をためてにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、アル。よろしくね!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちはオークヴィルの北側を流れるローレンス川に沿って歩みを進める。この川沿いに丸1日歩けば城下町チェスターに辿り着く。
今日は城下町チェスターまで移動し、翌日から王都クレイトンに行く準備をするつもりだ。野宿用のテントや食料を買い込めば準備は整う。
アスカのアイテムボックスのおかげで、どれだけたくさんの荷物があっても身軽に移動できるし、荷馬車を手配する必要も無い。さほど時間はかからないだろう。
昨日のレスリー先生の件もあったし、加護のことを探られたり、面倒ごとに巻き込まれたりする前に、とっととチェスターを出たいものだ。
「レスリーさんはどうやって誤魔化したの?」
「加護のことはさすがに誤魔化しきれなかったよ」
「なんて説明したの? もしかして、あたしのメニューの事を話した?」
「いや、アスカの事は話してないよ」
レスリー先生にはアスカの事を一切話さずに、説明をした。
ある日、転移陣に行ったら目が眩むほどの真っ白な光に包まれた。気付いたら【剣闘士】の加護を授かっていた。何が起こったのかは自分にもわからないが、神龍ルクス様の思し召しではないか。神の意思を確かめるために、王都クレイトンの大聖堂を訪れるつもりだ。
……といった感じだ。嘘は言ってない。色々と黙っていただけだ。
アスカが突然現れた時に、真っ白な光に包まれたのは本当だ。『転移陣の神殿で不思議な武具を手に入れて、アスカのメニューで【盗賊】の加護を得て、【盗賊】の加護を修得した後に』と言う長い経緯は端折ったが『気づいたら剣闘士の加護を授かった』のは間違いない。
そして、俺にはメニューというアスカのスキルの正体が全くわからない。だから、『何が起こったのかは自分にもわからない』のだ。
それに『良いことは神龍様や他人のおかげで、悪いことは自分のせいと思いなさい』ってよく言うじゃないか。アスカのメニューで加護を得たわけだけど『神龍ルクス様の思し召し』でもあるよな。王都クレイトンに行ったら、せっかくだから大聖堂にも行ってみたいし。
……うん。嘘ハ言ッテナイ。
「あはははっ。適当すぎる!」
「しょうがないじゃないか。すべてを話すわけにもいかないんだから。」
俺を【森番】だと思っている知り合いに、今の加護がバレるようなことがあったら、この言い訳で通すつもりだ。アスカのメニューは神龍の奇跡みたいな反則級のスキルなんだ。神龍の思し召しって言ってもおかしくないだろ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ゴブリンの群れが襲ってくるかもしれない?」
「うん……WOTの通りなら、そうなるかもしれないの」
「どういう事だよ?」
城下町チェスターへの道すがら、アスカは急に変なことを言い始めた。アスカ曰く、俺たちが町に着く日の夜、つまり今日の夜にゴブリンの群れが町全体を襲うかもしれないという事だった。
「WOTだと、チェスターで宿に泊まる最初の夜に、ゴブリンの群れが町に襲いかかって来て、町を兵士や冒険者達と一緒に防衛するってイベントが起こるの」
城下町チェスターは人口1万人を超えるそれなりに大きな都市だ。数百人の領兵が町や周辺の農地を巡回しているため、治安は悪くない。それに多くの冒険者が周囲の魔物を討伐してまわっているため、町に魔物の被害が出ることもあまりない。
だが、稀に魔物が大挙して町に押し寄せるようなことが起こることもある。原因はわかっていないが、周囲の森に棲む魔物が集団暴走を起こすことが数十年に一度は起こるのだ。
チェスターの中心部の貴族街は高い壁に囲まれているが、周囲の平民が住む城下町に魔物の侵攻を遮る壁など無い。せいぜい数メートルの木製の柵が取り囲んでいる程度だ。ゴブリンの身体能力があれば、破壊して進行するのはわけがないだろう。
「絶対にそうなるってことじゃないんだけどね。これまでもWOTとは違う展開がいろいろ起こってるから、同じイベントが必ず起こるわけじゃないと思うんだけど……」
「違う展開?」
「うん。例えばね、こんな序盤に火喰い狼みたいな強い魔物は本来なら出てこないはずなの。あれは王都に着いた後に出現するようになる賞金首だったはずだし。それに、製薬道具が手に入るのも、チェスターの防衛戦が終わった後だったしね」
「……ふぅん。よくわからないけど、襲われる可能性があるかもしれないってことか。身を守るためにも注意と準備だけは怠らないようにしないとな」
それと、気になるのは襲って来るのがゴブリンだけということだ。
集団暴走は周辺の魔物の異常行動だ。だとしたら、町の近くにある始まりの森やシエラ樹海などの魔物が現れるはずだ。
マッドボアやワイルドスタッグ、ホーンラビットにレッドウルフといった周辺の森に棲む魔物に加えて、ゴブリンも現れると言うのならまだわかる。数が多いわけではないが、ゴブリンやオークのような亜人種の魔物がいないわけではないからな。
実際に、父が騎士団の一員として討伐にあたった20年前の集団暴走では、前述の魔物達が大挙して押し寄せたらしい。だが、今回はゴブリンだけが現れるという。アスカを疑うわけではないが、そんな事は起こりうるのだろうか。
「ゴブリンだけなのは、率いているヤツがいるからだよ」
……亜人を率いている? あの知能が低く、暴れまわる事しか頭に無い粗暴な亜人を?
「魔人族が率いているの……」
アスカが風に揺れる広大な牧草地を背に、静かな声でそう言った。




