第423話 不安
大変遅くなりました
「昨日、ルクスがクレイトン上空に現れた」
「そう……ついに現れたのね」
「クレイトンは大丈夫なのです!?」
アスカが目を覚まさない。他の皆は直ぐに目覚めたのに、アスカだけは眠ったままだ。
何度声をかけても、体を揺すっても反応しない。仲間たちは眠っているだけだと言うけれど、そうとは思えない。
アスカはそんなに寝覚めの悪い方じゃないんだ。どんなに深く眠っていたとしても、耳元で名を呼ばれ肩を揺すられれば、普通は目を覚ます。もう一年以上も一緒に寝起きしているんだ。それぐらいわかる。
これは普通の眠りじゃない。何かしら別の理由があるんだ。
「ルクスはクレイトンに火の雨を降らせた……が、火龍の守りが火の粉一つも都市に降らせはしなかった」
「すごいわね! 火龍イグニスの守護は!」
「あの街にはたくさんの思い出があるし、知り合いも多いの。無事で良かったわ」
「……今のところは、だがな」
何らかの魔法効果で眠っているのだろうか。でも、ローズに【解呪】をかけてもらっても、万能薬を口に含ませても効果は無かった。
呼吸も心拍も安定はしているけれど、顔色は少し青褪めているし、時おり目元や口元が苦し気に歪む。眼球が動いているところを見ると、悪夢にとらわれているようにも見える。
アスカが苦しんでいる。それなのに、俺は何をしてあげることも出来ない。
「どのぐらい持ちそうなの?」
「あと10日ほどはもつだろう」
「10日!? それだけしかもたないの!?」
「お前達も、レリダを壊滅させた魔法を目にしたのだろう? 火龍の魔力を何百年も蓄えたとはいえ、あれほどの魔法を防いでいるのだ。そう長くはもたん」
「そう……」
「それに、ルクスも火龍の守りに手をこまねいているだけではないだろう」
転移陣の神殿に似た不思議な部屋で邂逅した碧い髪の女性は、アスカと何か関係があるのだろうか。髪色の違いがなければ、姉妹だと言われても疑わないぐらいに声と容姿が似ていた。アスカはわからないと言っていたが、あの女性はアスカの姉なのだろうか。
だからWOTという言葉を知っていたのだろうか。
「龍王ルクスが何か仕掛けてくるってこと?」
「だろうな」
「何をしてくるというのです?」
「少なくとも10日間だけは、火龍イグニス様の守りでルクスの攻撃を防げるのでしょう?」
「ルクスはな。おそらく、ルクスは眷属をけしかけてくるだろう」
「眷属……もしかして竜を?」
碧髪の女性は俺達の前に唐突に現れ、意味不明な詩を謡って消えていった。彼女はいったい何をしに現れたのだろう。そもそも、あの部屋は何だったのだろう。
アスカが眠りから覚めないのも、あの不思議な部屋とあの女性が原因なのか? まさか……あの女性に囚われているってことも考えられる?
「火龍の守りの本質は『龍の否定』だ。守りが解けるまでは、ルクスはクレイトンに近づけない。奴が放った魔法も防ぐことができる。だが、その眷属たる竜は別だ」
「龍の否定……」
「かつてルクスは数多の竜を引き連れて人々を襲った。今回はウルグラン山脈に棲む火竜とその上位種を引き連れてくるだろう」
「でも、竜ならなんとかできるわよね!」
「ルクスは山脈中の竜を従えるだろう。何百、何千もの竜だ」
「何千……ですって」
ああ、アスカ。目を……覚ましてくれよ。
いつもみたいに明るい声を聞かせてくれよ。
いつもみたいに笑ってくれよ。
いつもみたいに悪戯をしかけてくれよ。
いつもみたいに甘えてくれよ。
「私達だけで対抗するのは不可能ね。幸いクレイトンには決闘士をはじめとした優秀な戦士や騎士たちがいる。彼らと高い城壁があれば、ある程度は耐えられるでしょう」
「それなら、竜の大群が襲ってくるかもしれないってクレイトンの人達に伝えないといけないのです」
「そうね。出来るだけ早く、王家と冒険者ギルドに伝えないと……ちょっと、アル! 聞いているの!?」
「え? あ、ああ」
「アスカが心配なのもわかるけど、クレイトンのことなのよ?」
「もう半日も目を覚まさないんだ。解呪も万能薬も効かない。どうすればいいんだ……」
「冷たいようだけど、どうすることも出来ないことを考え続けても仕方がないでしょう? 今は見守るしかないわ」
「そうは言っても……エルサは心配じゃないのか?」
「心配に決まってるでしょう。でも今、優先すべきはクレイトンでしょう? 世界で一つだけ残っている人族の砦なのよ。貴方の友人や守りたい人だっているのでしょう?」
「それは、そうだけど……」
なんで皆、平気でいられるんだ。アスカが昏睡してるんだぞ? 原因もわからず、どうすることも出来ないんだぞ?
「しっかりしなさい、アルフレッド!」
エルサが大声で怒鳴る。
「アスカは命に関わる状態というわけではないわ。症状は魔力欠乏症に酷似してる。知っているでしょう? 限界以上に魔力を使いすぎると、魔力回復薬でも回復できなくなるから、自然に回復するのを待たなければならない。普通なら数時間もあれば回復できるけど、アスカの加護は特殊だから魔力が少ない。だから回復するにも時間がかかる。そういうことだと思うわ」
「でもアスカは魔力を扱うことすらできないんだ。魔力を限界まで使うなんて……」
「神授鉱よ。アリスが神授鉱を鍛えた時、貴方が【接続】して大半の魔力を受け持ったでしょう? あの時、私も繋がった感覚があったの。僅かだけど神授鉱に魔力を吸われていく感覚もあったわ。おそらく、あれは私だけではなくて、皆も貴方と繋がっていたのよ」
【接続】がアリスだけでなく皆とも繋がっていた? アリスを支援するのに集中していたから気づかなかったけど、そんなこと起こっていたのか。
「神授鉱を介して繋がったのでしょうね。だから私たちは、あの不思議な部屋に一緒に転移したのよ」
そうか……。あの不思議な部屋への転移は、神授鉱を鍛えようとしたことがきっかけだった。
神授鉱が転移の鍵だったとしたら、アリスと接続した俺が転移するのはわかる。だけど、あの部屋には仲間全員が一緒に転移した。もしかしたら、皆を巻き込んだのは俺の【接続】の影響だったのかもしれない。
「アスカは加護を持たない子供と同じぐらいの魔力しかないのでしょう? アスカも魔力を吸われただろうから、回復に時間がかかっているだけだと思うわ」
そう、なのかな。だとしたら時間が解決してくれると安心できるのだけど……。
「いずれにしても、今アスカのために私達が出来ることはないわ。アスカは回復する、そう信じることぐらいよ。だから、今出来ることを考えましょう」
「そう、だな……」
アスカは今すぐ命に別条があるってわけではない。心配ではあるけれど、今やるべきことをやらないとな。いつまでも呆けている場合じゃない。
「龍王ルクスがクレイトンに竜を連れてくる前に、私達がすべきことは?」
「カーティス陛下との謁見を願い出よう。ギルドのヘンリーさんとも会わないと。それと……」
言葉を区切り、アザゼルを見やる。
アザゼルは組んでいた腕を解き、軽くうなずいた。
「ルクスをエルゼム闘技場に誘い込む。決戦だ」




